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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
聖女の館編
15/204

第15話 聖女就任祝いの夜会(3)

「私が跪いて剣を渡しますので、アーマンディ様は剣を抜き、口づけをして返して下さい」

 アーマンディはシェリルが離れる前に言った言葉を頭の中で復唱する。無言を貫くことで重みが増すという彼女の言葉を信じるしかない。なぜなら聖女の騎士のことは知らされていなかった。その存在すら知らなかった。いつものアジタートのやり方だと思うと納得せざるを得ない。


 衆人が静かに見守る中、シェリルは跪き、自身の剣を捧げる。その結末を皆は固唾を呑んで見守る。楽団も音を奏でるのを止め、世紀の一瞬を汚すまいと楽器を鳴らさないように心がける。


 そんな中、アーマンディに射殺さんばかりの視線を送るのはアジタートだ。更にその背後に控える侍女たちも睨みを効かせる。アジタートの鋭い視線がアーマンディの心を折ろうとする、がその視線はシェリルの母アリアンナが移動し、ふたりの間を遮ることによって隠された。


 アーマンディは安堵し、シェリルの剣を受け取る。初めて触った剣は思ったよりずしりと重い。剣の柄は黒く、真っ赤な宝石が埋め込まれている。そして房飾りにはシェリルの瞳と同じ様な血の様に赤い宝石が煌めいている。柄と同じ黒色の鞘を抜くと、白銀の美しい剣が姿を表した。剣にはアーマンディの顔が映し出されている。これが全てを変える第一歩になればと思いながら、剣に口づけを落とすと、会場に揺れるような歓喜の声が響いた。


 あちらこちらで乾杯を交わすグラスの音が鳴り響き、まるで楽器のようだ。楽団は祝福の音楽を奏で、一斉に踊り出した男女は満面の笑顔を送りあう。一番多く聴こえるのは、アーマンディとシェリルへの賛辞と祝福の声だ。さすがのアーマンディも人々の明るい声に笑顔が漏れる。


「アーマンディ様、あちらへ行きましょう」

 シェリルに手を取られると、腕に絡まされる。

「これは?」

「これはエスコートと言って、一般的に貴族の女性が歩く際はこの形を取ります。私も女ですが、騎士の称号を持っていますし、そもそもあなたの騎士ですから問題ありません。今後、あなたのエスコートは私だけにして頂きたいですね」

「そうなんですね、承知致しました。あの、それでシェリル様、わたくしの侍女を……」

「それは大丈夫です。兄に聖女の館に戻るものを止めるよう指示しました。聖女の館と公国王城は近い様で遠い。伝令が行かなければ、侍女が害されることはないでしょう」


 いつの間にそんなことまで……アーマンディは驚いてシェリルを見る。こんなに堂々として美しい方が自身の騎士になってくれるとは、今だに信じられない。


「それよりも今から聖女の騎士の手続きをしなければいけません。足元をできるかぎり盤石にしないと危険です。それに夜会に来てすぐに帰るのは国政的に体裁が悪いです」


 更に本当に今すぐにでも自分の騎士になってくれようとしている。アーマンディの不出来さもいびつさも飲み込んで。高鳴る胸の音をアーマンディは、喜びと共に受け入れる。


「そしてこれが一番大事ですが、誰に対しても敬語を使ってはいけません。名前は呼び捨てでお願いします。例え公国王であってもです。私もシェリルと呼び捨てにする様にお願いします。この世には読唇術を使える者もいます。なるたけあなたの口元を隠す様にはしていますが、念のために気をつけて」

「――分かったわ、シェリル。よろしくね」


 やはり聡い――アーマンディの受け答えに満足したシェリルは、周囲の人の位置を横目で把握しながら、ウエイターを呼ぶ。


「踊ったので喉が乾いたでしょう?何をお好みですか?」


 シェリルの言葉に応えられるだけの、知識がアーマンディにはない。なぜなら自身が作り出す水以外を飲んだことがない。アーマンディは視線をシェリルから移動させる事なく、小さく首を振った。


 まさか知らないとでも?アーマンディの解は得たが、理解ができないシェリルは内心の動揺を隠しつつ、様々な飲み物を持ち、近付いてきたウェイターからオレンジ色のグラスを受け取る。


「これはヴルカン公爵家が今日のために献上した、極上のオレンジを使ったジュースです。アーマンディ様のお気に召せば幸いです」

「ありがとう」


 ニコリと笑ったアーマンディは受け取り、その美しいオレンジ色のグラスを見つめる。見た事もない飲み物だ。シェリルが説明してくれたオレンジは果物で、ヴルカン公爵領の特産物だという事は本で学んだ。


 シェリルは起泡酒を受け取り、アーマンディに視線を移す。するとアーマンディは、まるで知っているかの様にシェリルのグラスにグラスを打ちつけた。


「スピカ国の繁栄に……」

「アーマンディ様の御代の安泰を」

 

 アーマンディは一度見たことは忘れない。以前、マナー教育の際にアジタートがこうしていた事を思い出しながら、生まれて初めて飲む飲み物に口をつける。


「――っ、おい……しい……」

「……ありがとうございます」


 自分の予想が当たったことが哀しいとシェリルは思う。確かにアーマンディに渡したオレンジジュースは極上品ではあるが、普通の貴族であれば飲み慣れたものだ。なのに、この人はこんな飲み物を産まれて初めて飲んだ様な表情をする。


「……食事はいかがですか?行事が続いていて満足に召し上がっていないでしょう?」

「食事も……あるの?」

「ええ、別室ですが……あちらに」


 シェリルが指差す先には広間から繋がる別の部屋が見える。開かれた扉から行き交う人々がこちらを見ているのが分かる。


「騎士になる手続きがあるのでしょう?」

「そうですね。ですが軽く召し上がって頂いた後でも問題ありません。気に入ったものがあれば持ち帰ることも可能です」

 

 持って帰って良いのであれば、ネリーに食べさせてあげたい。アーマンディの顔色は一気に明るくなる。この産まれてから一度も飲んだことがない美味しい飲み物もネリーに飲ませてあげたい!


「あの……わたくしの侍女は5歳なの。あの子が好む様なものはあるかしら?」

「……もちろんですよ。では行きましょう、今日はアーマンディ様の為の夜会です。ぜひあなた様の侍女にも召し上がって頂きましょう」


 実のところ、シェリルはアーマンディの口から侍女が出た時から気になっていた。アーマンディに一目惚れしたシェリルからしたら当然のことだ。その侍女が5歳と知ると、美味しい物でも持って帰ってあげたいと更に強く思う。


 シェリルは周囲を確認するがアジタートの視線は、アリアンナが巧妙に隠している。その横にいる父に視線を送ると、周囲に気付かれない程度に頷いた。これで大丈夫だと思い、アーマンディに視線を移すと、その視線が軽く瞬いているに気が付いた。


 アーマンディの視線の先には銀色に輝く髪を持つ男性が見えた。深い海の様な蒼い色の公爵服。月の光を溶かした様な銀色の髪に、真昼の空の様な青い瞳。眼光鋭く、油断できない目をしたその人は、お世辞抜きにしても精悍な顔つきをしている。バランスの良い体格で、女性達の視線を当然の様に集めている。


「あの方はどなた?」

「____‼︎」

 さすがのシェリルもこの言葉には戸惑ってしまい表情に出そうになる。

 あり得ない……まさか知らないはずがない。聖女であったとしても、親に会う機会はいくらでもあるはずだ!

 驚きながらもシェリルは答える。


「あの方は、現ウンディーネ公爵カイゼルです」

「カイゼル……」


 鋭い視線はアーマンディを真っ直ぐ貫くようだ。その意味をアーマンディは理解する。


 男でありながら聖女の資格を持ってしまった、出来損ないの自分を殺そうとしたのは両親だと聞いた。その自分が女性の姿でこのような華やかな夜会に出席しているのだ。恥晒しな子供を今すぐにでも殺したいのだろう。

 でも、もう少し待って欲しい。ネリーをシェリルに託すことができれば、自分は今すぐにでも死ぬから。それが一番の良策。この世界で自分の意志で唯一できること。アーマンディは心の中で初めて会う父に深く謝罪し、シェリルの方を向く。


「シェリル……食事は必要ないわ。ネリーの分だけ持って帰ることはできる?」

 アーマンディの言葉はシェリルにとっての好奇だった。

 他人の家庭に口を出す権利はない。家庭それぞれ事情がある。そう思い心に残った棘のような感情をシェリルは無視する。


「では、私の母にネリーの分を頼んでも良いですか?母は私を含め3人の子供を育てました。きっとネリーにとって良いものを選んでくれるでしょう」

「お母様?ご挨拶したいわ」

 軽く頷くことで返事をし、両親に目配せすると、シェリルの両親は心得たように近づいてきた。

毎日12時に投稿します。

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