第14話 聖女就任祝いの夜会(2)
公国王城の2階、中央に位置するところで、その夜会は開かれた。夜会の名目は聖女アーマンディの就任祝いだ。誰しもが奇跡を見せたアーマンディの到着を待ち侘びている。
日中のように明るい部屋には、煌めくシャンデリア。そして蝶のようにヒラヒラとドレスを翻し踊る、着飾った女性たち。女性をエスコートする男性たちは爵位にふさわしい衣装を誇らし気に着ている。楽団が彼らの踊りに彩りを与え、アーマンディの登場を待ち侘びる人々の心を癒している。
そんな中、誰よりもアーマンディの到着を待ち侘びているのはシェリルだ。現在のところ、スピカ公国第3位の資格を持つ彼女に話しかけられるものはわずかだ。それでなくとも、ここで聖女の騎士候補であるシェリルと聖女アーマンディが顔合わせをすることは知られている。誰しもがふたりの出会いの邪魔はしたくないと思っているので、シェリルに声をかけるものはいない。それこそ家族以外は。
「シェリル、打ち合わせ通り……大丈夫ね?」
「私は大丈夫です。母上こそ、よろしくお願いしますね」
「シェリル――父も頼ってくれ」
「私だっているんだぞ?シェリル」
シェリルは殊更声をかけてくる父と兄にも、笑顔で会話をする。ここでの失敗が許されないことなど、シェリルが一番分かっている。
アジタートの食事会で、アーマンディの夜会への出席を確信したシェリルは大神官と話し、自らの足場を強固にした。
『おそらくアーマンディ様は何も知らされず、聖女就任の儀に参加されたはずです。それでも私の視線ひとつであそこまで立派にこなしてくださいました。聡い方です』
哀しそうに言っていた、大神官の言葉がシェリルの耳に残っている。
やるべきことは沢山あるが、まずは自分がアーマンディに近づくことだ!シェリルが決意した時、夜会会場の中央扉が恭しく開き、誰もが待ち構えていた貴人が入ってきたことが分かった。
冬の空色のような水色のホルターネックのドレスに身を包んだアーマンディは、まるで雲の上を歩いているかの様な現実とは思えないほど美しい歩みで、愛の神であるスピカ神ですら嫉妬しそうな美貌を隠すことなく姿を現した。
誰しもがその美しさに見惚れ、時を忘れてしまいそうになる。
ドレスの後ろの裾が歩くたびに、ゆらゆらと揺れ、名残り惜しげに影を残す。更に長く伸びた髪が床にまっすぐに向かい、アーマンディの背後を彩る宝石のようだ。胸に光る大粒のダイヤすら恥いるほどの美貌に、男性のみならず女性すら目を離すことができない。
会場の注目を集めるアーマンディの少し後ろにはアジタート。そしてその後ろにはシルヴェストル公爵家に連なる侍女たちが従っている。
家族に目配せし、シェリルはアーマンディの前に歩みを進める。
本来であれば第3位であるシェリルが、第1位であるアーマンディに話しかけることは許されない。だが、聖女の騎士候補となれば別だ。古来からの慣習で、正式に決着がつくまでは話しかけることができる権利がシェリルにはある。
一方、アーマンディは自分に向かってくるシェリルの姿に目を止めた。真紅の騎士服姿はヴルカン公爵家の人間だけが着用を許されたものだ。だが、彼女のために染められた色に見える。それほどまでに美しい。後ろに高く結ばれた黒い長い髪が歩くたびに揺れるところまで、計算されているようだ。自身に満ち溢れた自分とは真逆な姿に、羨望の視線すら送ってしまう。
「いいわね?アーマンディ……断りなさい」
後ろからアジタートの指示が飛ぶ。
アーマンディの頭はズキズキと痛み、返事を返すことも難しい。更に背中の傷が中から熱を発し、体を動かすことすら辛い。頭の中にあるのは、ネリーのこと。そしてこれから訪れる地獄の日々だ。
先ほど、救ってくれた様に、彼女が自分を救ってくれたら……そんな淡い期待すら夢見てしまう。
「一曲、踊って頂けますか?」
差し出されたその手は、指先まで美しい。
「……え?」
断るべきはダンスの事なのかが分からず、アーマンディはつい声が漏れた。
「それとも、やはりアーマンディ様は聖女にふさわしい教育をアジタートから受けていらっしゃらないのですか?それは由々しき事態ですね?」
チラリと居丈高にシェリルがアジタートを見ると、憎々しげにシェリルを睨み返す。だが、それも一瞬で、アジタートは柔らかく微笑んだ。まるでアーマンディが踊ることを承諾するように。
アーマンディは確かにダンスは習った。だが、それは教本を読まされただけだ。音楽も分からない。そもそも実践したこともない。
どうしたら良いか悩んでいると、少し強引に、だが優しく手を引かれた。そしてその手は、シェリルの腕に持っていかれる。
「大丈夫ですよ、先ほど同様教えて差し上げます」
シェリルが小さな声で話すと、アーマンディも小さく頷く。
背中の傷は痛いけれど、頭もぼうっとするけれど、今日の1日は全て現実味がない。ふわふわした足元が揺らぐ前に、支えてくれる人がいたことにアーマンディは安堵する。
手を引いたシェリルはアーマンディの手の熱さに驚いていた。あからさまに熱がある。よく見ると頬が蒸気しているように赤いわりに、顔色は良くない。更に怯えきった様に泳ぐ視線。昼間に見たときにはここまで悪くなかった。聖女の館で何があったか想像したくない……そう思えるほど、アーマンディは弱っている様に見えた。
会場の人々の注目を浴びながら、シェリルは中央までエスコートする。そして踊るために背中に手をまわすとアーマンディの顔が一瞬、歪んだ。違和感を感じたシェリルが、アーマンディの背中を走査すると、表皮の奥にある数々の傷が見てとれた。頭に血が上り、身体中が沸騰しそうなほどの怒りに、歯を食いしばることで耐えるシェリルは、気づかないふりをして微笑んだ。
「この曲はメヌエットです。ご存知ですか?」
「あ……はい。本で読みました」
「……そうですか。では実践でお教えしましょう」
本で読む?と疑問に思いつつも、そこは無視してシェリルがステップを伝えると、アーマンディはたどたどしく、だがなんとか言葉通りに動いていく。
筋が良い、それに理解も早い……そう思いつつ、そっと背中に癒しの力を送る。
背中に温かい力を感じ、アーマンディは驚いてシェリルを見る。シェリルとアーマンディの身長は同じくらいだ。近い距離で、シェリルは敵意を見せないために、微笑む。
「ひどい傷ですね。どうされましたか?」
「………それは」
言葉を紡げないアーマンディは目を泳がせる。アジタートに鞭打たれたとは、とても言えない。
「私のことも聞いていますか?」
「え?」
アーマンディはそれも聞いていない。ただ、断れと命じられただけだ。何を断れというのか分からない、それだけが分かる。
「私の名はシェリル・ヴルカン。現ヴルカン公爵イリオスの娘です」
「シェリル様……わたくしはアーマンディ・ウンディーネと申します。ウンディーネ公爵の娘でございます」
この国の第1位となったアーマンディが謙った言葉を使うのはおかしい。ましてや現在のところはアーマンディは聖女だ、にも関わらずウンディーネ公爵の名を出すのもおかしい。現公爵の子でありながら、そこを強調しないところも問題だ。
あまりにものおかしさに、シェリルは怒りしか湧いてこない。アジタートの教育のレベルが知れるとはこのことだ!憤っているが、顔には出さない。その程度のことができなければ、騎士の資格を取る事などできない。
「私があなたと踊っている理由もご存知ですか?」
「……あ、申し訳ございません」
「謝罪の言葉は必要ありません。そうですね……色々お話ししたいですが、まずは取り急ぎ聖女の騎士についてお話ししましょうか?」
「聖女の……騎士ですか?」
「ええ、ヴルカン公爵家に連なる家系に女児が産まれた場合、聖女の騎士になることができます。つまり現在の私はその資格を有するものです。そして私はそれを望んでいます」
「シェリル様が…わたくしの、騎士になってくださるのですか?」
アーマンディはシェリルの言葉に希望を見出した。先ほどまで絶望で痛んでいた頭が晴れていき、更にズキズキと痛んでいた心臓が、期待に満ちた音に変わる。
「ええ、あなたが望んでくだされば、昼間の様なことはもちろん、この背中の傷も今後一切ないことを誓いましょう」
「わたくしを守ってくださるの?た……例えば…その…今晩、からでも?」
アーマンディの助けを求める様な視線を感じ、シェリルは期待に答えようと余裕の笑みを見せる。
「もちろん、あなたが厭う全ての事柄からお守りします。今晩からなど、まどろっこしい。今からお守りしますよ」
「本当に?本当に……今から守ってくださるの?」
「ええ、もちろんです」
今から、今日の夜から、などの言葉にも疑問は残るが、そこも無視してシェリルは話を進める。あまりに必死すぎる様子から、何かがアーマンディに起こっていることは想像に容易い。
「あ、あの、わたくしの侍女も守ってくださる?その……」
言葉の途中で、アーマンディがチラりと見た先はアジタートだ。それを見逃すほど無能ではないシェリルは、自身の兄に視線を送る。兄のレオニダスはその意味を察し、会場をそっと後にした。
「ええ、あなたが望むなら守りますよ」
「でも、わたくしにはシェリル様に払うべき対価がないわ……」
「ありますよ、聖女の騎士は誉ある役職です。私の来歴に更なる輝きをもたらせてくれます。逆に断られたら傷がついてしまう。そういう意味では私も必死です」
シェリルは実はアーマンディ自身を好ましく思っている。だが今はそれをいうべきではないことは分かっている。
まずは、守ることが第一歩だと、感情のコントロールをしている。
一方、シェリルの言葉を聞いたアーマンディは納得する。名誉という対価であれば払うことが可能だと。自分は出来損ないではあるが聖女の資格を有した。だが、出来損ないである事を隠して守ってもらうのは気がひける。だけどこれから襲いくる危機に対して、対抗できる手段を手に入れる唯一のチャンスかも知れない。
しかもネリーを託せる可能性も出て来た。ネリーさえ無事ならば自分は命を絶っててしまえば良い。スピカ神のお声を聞いた気がするが、それは都合の良い夢だとすら思えている。
それほどまでにアーマンディの心の内は暗い。
「あ……あの実は……わたくしは
「存じています……実は次男だということは」
「――――‼︎」
「私には関係ありません。あなたはスピカ神よりお力頂いた聖女です。この素晴らしい機会を逃したくありません」
「スピカ神のお力?」
「それも教えて差し上げます。私を聖女の騎士にして頂ければ……」
メヌエットに終わりが近付いている。シェリルは結論を急かす。
「……よろしくお願い致します。わたくしはできる限りの事をいたします。ですから、どうか――、っ‼︎」
アーマンディが言葉を止めた理由は明白だ。シェリルが一歩踏むこむ事により、アーマンディの体勢が崩れ、のけぞる形になったからだ。
そしてそれを合図に曲が終わった。会場には大きな拍手が鳴り響いた。
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