第13話 聖女就任祝いの夜会(1)
苛立ちが分かるほど激しく響き渡る猛々しいヒールの音に怯え、聖女の館で働く女性達は首をすくめ、頭を深く下げる。そんな彼女達を一瞥もすることなく、アジタートは、声をあらげた。
「アーマンディはどうしてるの⁉︎」
「まだ、作業部屋で気絶してます」
答えるのはガーネットだ。
ヒステリー状態のアジタートに返事を返せるものは限られている。アジタートはこの聖女の館の王だ。しかも暴君。気に入らない者は鞭うたれ、あらぬ罪を着せられ投獄される。その被害者の最たる者がアーマンディだ。ここにいる者達は我が身可愛さにアーマンディに同情すらしない。そういう者たちだ。
「まだ?あれからどれだけ経ったと思っているの」
「久しぶりに気絶するまで打ち据えましたから」
愉悦に満ちた顔で笑うガーネットは、ひと仕事終えたかのように満足げだ。
実のところ、アーマンデはシェリル達の読み通り、2時間後には目覚めた。だが、目覚めた彼に待っていたのは、棘のある細い鞭での鞭打ちだった。散々打たれ、息も絶え絶えになったところで回復させ、回復したと同時にまた責め続けられた彼は魔力が付き、そして気絶してしまった。背中に苛烈な傷跡を残したまま。
「死んでいないでしょうね?」
「先ほど確認したところ、生きています」
アジタートがアーマンディを打った理由は簡単だ。自分とは違いアーマンディがスピカ神のお力を頂けたから。それに対して貴族や公国民のみならず、他国の主要人物達までもがアーマンディの名を讃えたからだ。更にそこにはアジタートを揶揄するような視線や、言葉も混ざっていたから堪らない。
感情のままにガーネットにアーマンディを打ち続けるように命じた。自分の方が立場が上である思いたかった。痛みで苦しむあの美しい姿も見たかった。
そして打ち据えられ、倒れた姿のアーマンディを見て勝利を確信したのちに行った食事会が先ほどの結果である。
こうなるとアーマンディをなんとしても夜会に出席させなければならない。何よりも大神官とあの母娘に目に物を見せてやらなければ気が済まない。
そう思うとアジタートは地下にあるアーマンディの部屋に目を向け、そして降り始めた。配下のひとりには手招きし、アジタートの部屋にあるドレスを持ってくるよう指示する。
カツンカツンと音を鳴らして歩いて行くと、いつものようにガーネットが背後をついてくる。
当然のように付き従うガーネットをアジタートはそっと見る。
子供のアーマンディにも平気な顔をして鞭を振るっていた女。下劣な女。だがそこが気に入っている。そして、歳の頃も27歳。少し遅すぎるがそこが丁度良い。アーマンディを更に絶望に突き落とすための算段を考えていると、嫌なことも全て忘れてしまう。この国では自分が正義。アジタートはそう思っている。
「ガーネット……そろそろあなたが言っていたことを実行しましょう」
「本当ですか?アジタート様!」
「ええ、今晩早速実行しましょう。これからアーマンディを夜会に出席させるために、着飾らせるわ。夜会から帰ってきたら、着飾ったあの子をあなたの好きにしなさい。それと、何人か候補を出しておいて。多いに越したことはないわ。仲良く回すのよ?」
「はい!候補はおります。5人ほど!」
「さすがね――ガーネット」
フフ……と含み笑いを漏らしながらアジタートは全面の扉が開くのを待つ。女王様は扉を開くことすら厭う。
重く開いた扉の先には、銀色の髪を床に散らばし、背中から真っ赤な血を流したアーマンディがいる。目を背けたくなるような痛々しい姿にこそ、アジタートの背中はゾクリとする。この姿を更に見たいと思うアジタートの精神は狂気に、侵されている。
「起きなさい、アーマンディ」
アジタートが声をかけても、アーマンディはピクリとも動かない。その倒錯的に美しい髪の毛の一本すらも。
「アジタート様が起きろって仰ってるんだから、起きろ!」
常人であればアーマンディの痛々しい姿は見ていられないのだが、狂気に犯されたふたりには罪の意識すら見えない。
「水でもかけなさい」
アジタートの指示で、ガーネットは荒々しくアーマンディに水をかける。アーマンディにかけられた水が床に、壁に、飛び散り、その姿を残すと同時に、指がぴくりと動いて、息も絶え絶えにアーマンディは目を覚ました。
「んっ‼︎」
あまりにもの痛みについつい声が漏れた。燃えるように熱く、引き裂かれるように痛い背中を自覚しながら、アーマンディはアジタートを見る。
「起きたわね?はやく回復しなさい?本当にグズね」
「も、もうしわけ……あり…ません」
慌てて回復魔法をかけるが、痛みは一向にひかない。皮膚の下にある肉が、強烈な叫びをあげ、無くなったはずの傷跡周辺に強い熱をもたらす。
「これから出かけるわ。準備をしなさい」
「……は、はい」
疑問を言葉にすることはアーマンディには許されていない。ただ従うことのみを子供の頃から言われ続けて生きてきた。故にアーマンディは肯定しかしない。
「これから公国城にある広間に行くわ。そこであなたに女騎士が声をかけてくるわ。あなたは女騎士が何と言おうと、断りなさい。良いわね?」
「――――」
女騎士というのは彼女だろうか?アーマンディの頭をめぐるのは真紅の騎士服を着た、猛り立つ炎のような美しい女性の姿だ。
スピカ神から頂いた、暴風のような強烈な力から助けてくれた女性。普通の聖女なら、スピカ神からお力を頂いてもなんともない。だが、アーマンディが半人前で、更に男であったから、気絶してしまったのだと、アジタートになじられた。お前を助けた騎士の女は、お前が聖女だから助けたのであって、男であったと分かってしまえば直ちに殺そうとするだろう……とも言われた。
その女性が自分に何を求めるのだろう……それが分からず、アーマンディの体は震える。
「覚えているわね?男だとバレるわけには行かないわ。何を言われても断りなさい」
「は――はい」
背中の痛みよりも強い痛みを与えるアジタートの言葉に、アーマンディは即座に返事をした。その返事を満足気に聞いたアジタートが微笑むと同時に、重い扉が開き、アジタートが待っていた物が用意される。
「これに着替えなさい。ガーネット……手伝ってあげなさい」
「――っつ!だ、大丈夫です!ひ―ひとりで、できます!」
「あら?手伝ってあげますよ?今晩から照れることなんて、なくなるんでしょうから……」
「嫌だわ、ガーネットったら気が早いわ」
ふたりの会話と視線の卑しさにアーマンディの顔が青ざめていく。大きく目を見開いたアーマンディは、いつもなら絶対に口にしない言葉を出す。
「何を……わたくしに何をさせるつもりですか?まさか――」
「あら?出来損ないの聖属性を持つ男ができることなんて、知れているでしょう?光栄に思いなさい。聖女の父になれる機会をあげるのだから」
「お前なんかのために、私を含め5人もの女を用意してあげるんだ。感謝して欲しいくらいだ。ただ、今晩は私だ。初めは私にってアジタート様が仰ってくださったから、ありがたく思うことだね」
自分の想像通りのことが行われると思った瞬間、アーマンディの頭にカッと血が上った。そんなことはありえないと声をかぎりに叫ぶ。
「い――いやです!そんな愛のない行為はしたくありません!それはスピカ神の教義に背く行為です!聖女であるアジタート様がそのような下劣な行為をお許しになるのですか⁉︎そのようなことは間違っています!」
こんなにはっきりとアジタートを否定したことはない……なけなしの勇気を振り絞り、アーマンディが出した言葉は、アジタートの一言で崩れ去る。
「嫌なら良いのよ?かわいい女の子の死体を目の前に見せるだけ……。ああ、それでは一瞬で終わってしまうわね?まずはあなたの目の前で鞭打ちしましょう。そうすれば、あの閉じた目が開いて、目の色が分かるかも知れなくてよ?」
とても聖女とは思えないアジタートの言葉がアーマンディの頭に鳴り響く。それは熱をもった背中の傷よりもひどく頭を打ち付ける。ズキズキと痛みが増していき、もう何も聞こえない。
自分が連れてきてしまったばかりに寂しい思いをし、食事すら満足に食べられないにも関わらず、いつも癒してくれるあの少女に、痛く苦しい思いをさせることなんてできない。
溢れる涙を拭うこともできず、痛む頭と心を守るようにアーマンディは膝を折る。
彼の中にあるのは絶望の二文字だ。それ以上の言葉を持つことができない。
そんな彼を嘲笑うようにアジタートは箱を投げ捨てる。箱の中に入ったドレスの裾がふわりと宙を舞って、床に音を立てて落ちる。
「そう泣かなくても良いでしょう?やるべきことをやるなら、あの子は生かしてあげるわ。なんだったらこれからは食事もふたり分だすわよ?」
「今晩を楽しみにしてますよ?アーマンディ様」
残酷な音を立てて閉まる扉の向こうに、アジタートとガーネットが姿が消え、と同時にアーマンディは声をあげて泣いた。自分とネリーの運命に絶望するように。
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