第123話 溺愛(5)
演習場で待つシェリルとカエンは聖女の館から飛んでくるギネを目で捉えた。
「カエン……本気ですか?」
「もちろんですよ。あなたの翼竜です。私が認められないわけには行きません」
カエンが微笑むと、周囲から女性の悲鳴にも似た歓喜の声が上がった。白い壁に囲まれた演習場に集まった野次馬たちは老若男女、様々な人々が集まっている。その中にはフェランまでいる。レオニダスまでいるから、シェリルは驚きを隠せない。
「カエン……周囲に結界を張りましょうか?」
「シェリルはギネと戦った時に結界はどうしたんですか?」
「私はひとりで戦いましたから、自分で結界を作りました」
竜騎士になるためには資格を取るわけではない。翼竜を探し、見つけ、屈服させ、認められた者が竜騎士になれる。
見つけることはそれほど困難ではないが、屈服させることは難しく、認められる事は更に難しい。
シェリルはギネを見つけた時に、半日戦い続けた。その際、ギネに逃げられない様に、更に周囲に被害が出ない様に結界を張り続けた。ギネとの戦いは凄まじく、近隣の街からもシェリルが立ち上げた炎の柱が確認できたほどだ。
「では、私も自分で……ああ、それとシェリル?」
カエンが手を差し出してきたので、シェリルはそのまま手を取る。するとぐいっと引き寄せられて、そのまま抱きしめられた。
「…………?何ですか?」
カエンがため息をついた同時に、周囲から悲鳴と歓喜の声と、揶揄する声まで上がった。
「少しは動揺しませんか?アーマンディが嫉妬するわけが分かりました」
「はぁ⁉︎」
心外だとシェリルが憤慨した時、空から暴風が吹き荒れる。と同時にギネの声が聞こえた。
《シェリルの伴侶はアーマンディだよ!その男は何をしてるの‼︎》
「ああ、ギネを怒らせたかったのですね」
「まったく……まぁ、良いでしょう。それがあなたの良いところです」
呆れた表情をしながら、カエンの顔がシェリルに近づく。
「……カエン?」
《シェリルに何するの‼︎》
ギネの怒りの声が空に響き渡る。逆に地上には静寂が訪れた。恋人同士の抱擁に目が釘付けになる。
「ここまでする必要が?」
「初めてのキスですね」
フッと笑ったと同時にカエンは剣を抜いた。カエンを中心に魔法陣が次々と浮かび上がる。
「勝利の女神の口付けを頂いたんだ。負けるわけにはいかないな!」
カエンが声を張り上げたのを合図に、ギネとカエンの戦いが始まった。
ギネは土属性と風属性の魔法が得意だ。土属性はシェリルが持っていないもの。風属性はシェリルが炎の魔法を使う際に追い風になる。ギネとシェリルの相性はとても良い。
そして今、その風がカエンに襲いかかる。
岩をも切り裂く様な風がカエンを狙って、次々と繰り出される。カエンはそれを同じ属性で相殺する。更に鋭く尖った氷の槍を作り出し、空飛ぶギネに飛ばして行く。ギネは空に円を描きながら避けて行く。身体目掛けて飛んできた氷の槍は、手や羽を使って弾き落としている。
《シェリル、そいつを殺すから退いて!》
「ギネ……」
どうしようとシェリルは悩む。恋人同士ならば一緒にいるのだろうか。これがアーマンディだったとしたら一緒にいて守ろうとする。だけどここでの恋人はカエンだ。となると、カエンを信用してここから離れるべきなのだろうか。普通の恋人だったらどうすべきかを悩んでしまう。
《アーマンディより、その男が良いの⁉︎浮気者ー!!》
「…………うわき」
「そんなことをギネは言ってるんですか?」
カエンには余裕があるようだ。氷の槍でギネに攻撃しながらも、シェリルの言葉に反応する。更に、周囲に被害が出ない様に結界も張っている。それだけではない、ギネは徐々に高度を落としている。これはカエンが結界によってギネが徐々に追い詰められているからだ。
「余裕ですね……」
「あなたが私の隣にいるからギネは本気を出せない様ですね」
それはあるだろうと思い、シェリルはギネを見上げる。ギネは野次馬とシェリルに気を使って本気をだしていない。でもそれだけではない。カエンがシェリルに近づいたのを見て、頭に血が昇っている。でも本気で攻撃できない。そのジレンマからパニックになって、本来あるべき実力を出せていないようだ。
もっと強いのに……だがこれもカエンの作戦なのだろうとシェリルは思う。翼竜との戦いだ。普通に考えれば、野次馬は断るはずだ。だが当たり前にように受け入れていた。そして……。
「意地が悪いですね」
「勝つためには、手段は選びませんよ」
カエンの結界がギネの体を地面へと落とす。
《もう、やだ!なんなのこの結界――壊れないよう、シェリル、助けて――‼︎》
ギネの身体が地面に縫い付けられるように沈んでいく。まさか結界の使い方にこんなやり方があるとは――シェリルはカエンの戦い方に感心してしまう。同時に卑怯だとも思うけれど。
「ギネ………シェリルは俺の奥さんになるんだよ」
《嘘だもん!アーマンディがシェリルの伴侶だもん‼︎》
「ふふ、随分とギネはかわいい声だね。ギネ、シェリルの伴侶は俺だよ。文句があるなら、君を殺さなければいけない……なぜなら俺はシェリルを手放す気はないからね」
《……死にたくないよぅ、シェリル――助けて……》
「……ギネ」
地面に這いつくばった姿でギネはシェリルをジッと見つめる。その瞳には涙がいっぱい溜まっている。
「おまえ……カエンと心話を……」
翼竜が心話を結ぶのは主人と主人の伴侶だけ。もしそれ以外にいるとしたら、自分を屈服させたものだ。
「俺を認めてくれた様だね……ギネ」
《……シェリル》
「ギネはどう思うんだ?」
《良いよ。負けたから……カエンを認めるよ》
「そうか……ありがとう、ギネ。シェリルを幸せにするよ」
《じゃあ、背中に乗せてあげる!》
カエンがギネにかけた結界を解除すると、周囲から大きな歓声が上がった。歓声を受けてギネは大きな翼を広げる。すると更におおきな声が上がった。
シェリルは周囲を見回す。誰ひとり疑っていない。それは相手がカエンだからだ。男性であり、同じ公爵家の直系同士だ。誰しもが当たり前にようにふたりを受け入れ、祝福する。
きっとアーマンディとの恋を発表していたら、こうはならなかった。自分はともかく、男性でありながら聖女の館で育ち、更に聖女の騎士を恋人にしたと非難を受けることだろう。そう考えると、自分の恋は随分と困難な道なのだと思える。それでも、彼を求めてしまう。ヴルカン一族の呪い。一目惚れの効果は恐ろしい。
「シェリル」
少し低い、優しい声が聞こえて顔をあげると、そこにはレオニダスがいた。どうやら戦いの決着がついたのを見計らい、近づいてきたようだ。
「兄上……いいえ、兄様。ごめんなさい、私はわがままを」
「何も言わないで大丈夫だよ。私は結果的にシェリルが幸せになれば、良いと思っているから」
「もちろん、シェリルは我がウンディーネ公爵家が責任を持って幸せにしますよ。だから安心して下さい。レオニダス……義理兄上?」
カエンが差し出した右手を、レオニダスは受け止め、強く握り締める。
「その言葉、絶対でしょうね?」
「もちろんですよ……シェリルは私の初恋の相手ですから」
「それはそれは、初耳ですね。ですが、それならば幸せにしてくれるでしょう。本当に……初恋ならば……」
レオニダスが強く握っても、カエンは涼しい顔で微笑んでいる。だが遠くにいる人々にはその緊迫した姿は見えないのだろう。ヴルカン公爵家とウンディーネ公爵家の小公爵が、手を取り合うことで妹を祝福しているのだと思い、更に祝福の言葉が加えられる。
今日いきなり恋人宣言したふたりに違和感を持つ姿は見えない。
《シェリル、カエン、早く乗りなよ!》
ギネに急かされて二人が乗り込むと、ギネは途端に飛び出した。
「はは、これが翼竜、流石に早いな」
「その割には余裕そうですね。初めてギネに乗った人間は恐怖が先に立つものです。アディなんて身体が強張って、ガチガチになってました」
「……アーマンディらしいですね。さて、これで私とあなたの仲も世間に認めれらました。あなたは私の妻となる……良いですね?」
「もちろんです。ここまで来てしまえば、断ることもできない。なにか不測の事態が起こらない限りは……ね」
「ええ、その通りです」
ふたりを背に乗せたギネは大きく宙返りした。
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