第122話 溺愛(4)
ジェシカは避難路から、シェリルの部屋に向かった。
部屋に入ったジェシカが見たものは、仲良さそうにふたりで仕事をするアーマンディとルーベンスだ。どうやらルーベンスはアーマンディにとって良い教師らしい。
ジェシカの姿を見たアーマンディは申し訳なさそうな表情をする。アーマンディはジェシカの提案を断った。そのため、ずっと罪悪感を持っているようだ。気にしないで良いのにとジェシカは思うが、アーマンディの性格を考えると、それは仕方がないことだ。
ジェシカはアーマンディにシェリルとカエンのことを告げた。ジェシカはアーマンディが泣くと想像していた。だけど実際は違った。
「そうなんですね……シェリルは兄様を……」
「アディ兄……」
「僕は大丈夫だよ。それはとても哀しいけれど、これも覚悟の上だから。きっと僕より兄様の方がシェリルを幸せにしてくれるよ」
「アーマンディ様……本当にそれで良いの?今ならシェリルとも戻れるかも知れないわよ?」
アーマンディは首を振る。もう戻る気はないらしい。
「アディ兄、シェリル姉も意固地になっているだけかも知れないよ?アディ兄が頼ってくれないから、それで自暴自棄になってるのかもしれない。シェリル姉はやると決めたらとことんやるから、止めるなら今だと思うよ。一緒に戦ってって言おうよ。それが嫌なら俺が言うよ」
ルーベンスの言葉にもアーマンディは首を振る。
「……僕といるとシェリルは不幸になってしまうもの。僕はシェリルの幸せを考えたい」
「シェリル姉の幸せは、アディ兄と一緒にいることだよ?」
アーマンディは悲しげに微笑んだ。どうしても譲る気はないようだ。
これ以上は言えないとルーベンスは思考を切り替える。
「アディ兄、俺はシェリル姉とアディ兄が別れても、それでもアディ兄と一緒にいるよ」
「……ありがとう、ルーベンス。自分で……決めたことになのに、やっぱり辛いね……」
「うん、そうだと思うよ。でも恋人の幸せを考えて、身をひけるアディ兄はすごいと思うよ」
「ううん、きっと僕は弱虫なんだよ。……シェリルにこれ以上嫌われたくないから……」
その後の言葉をアーマンディは飲み込んだ。これ以上言うわけにはいかない。ここは地上だ。聞かれている恐れがある。
ルーベンスもジェシカもそれは分かっている。だから沈黙を守る。
「一番辛いのはアディ兄がひとりで抱え込むことだよ。俺も……そしてシェリル姉もそう思ってるよ。だから何でも言ってね」
「そうね、私もノワールもいるわ。できることから解決しましょう」
それぞれが視線を交わしたところで、ルーベンスが机から手帳を取り出した。雰囲気を変えようと大きく声を張り上げる。
「じゃあ、まずは3日後に行われる『公国王選挙の公示式』に出席することから始めよう!」
「懐かしいわね。そう言えばアーマンディ様のスケジュール管理はシェリルがやっていたのよね?今までどうやっていたの?」
「今までは、当日の朝に予定を教えてもらってました。詳しい内容や、すべきこと、注意することは朝の準備中に教わってました。時間が足りないときは馬車の中で……。僕があまり早く予定を聞いてしまうと緊張して寝れなくなってしまうので、当日にしてもらったんです。だからシェリルがいないと全く予定が分からなくて……」
ジェシカは驚きを隠せず、ルーベンスを見る。アーマンディが公国王選挙についての知識が、何もないことだけは、ジェシカでも分かった。
「公国王選挙が5年毎に行われるのは知ってるわね?」
アーマンディは頷く。
「選挙は1ヶ月にかけて行われるわ。まず最初に現公国王が公国王城を出るわ。そして通常なら聖女が代わりに入城するわ。これを『公国王城譲り渡しの儀』と言うの。今回は聖女の騎士がいるから、聖女の騎士であるシェリルと現公国王フェランの間で行われるわ」
「うん、シェリル姉のスケジュール帳にもそう書いてある。あ、その3日後の『公国王選挙の公示式』にはアディ兄が出席ってなってるよ」
ルーベンスが持つスケジュール帳をアーマンディも覗く。丁寧な文字でぎっしり書かれてあるスケジュール帳には、ドレスの種類や、やるべき事も載っている。
公示式の際のドレスの色は白。クローゼットの左奥3着目。アクセサリーはクローゼットの奥の白い宝石箱。靴まで記入されている。いつもここまで考えてくれていたのかと思うと、アーマンディの心はズキリと痛んだ。
「公国王の選挙開始の宣言は、この国の第一位である聖女の役目よ。公国王城に入城して広間で宣言するのが仕事よ」
アーマンディは緊張から声が出ない。こうなると判っているのから、全て当日に教えてもらっていたのだ。
「大丈夫よ。私も一度だけど経験したわ。それにその行事は何度も見ているもの、だから大船に乗ったつもりでいてちょうだい」
「……ありがとうございます」
良かったとアーマンディは胸を撫で下ろす。とは言えど終わるまでは緊張で眠れなさそうだ。
「『公国王選挙の公示式』の後は、各公爵の推薦状を待つ期間が一週間あるわ」
「え?もう決まっているんじゃないんですか?だってノヴァーリス様と現公国王フェラン様の一騎打ちって聞いています」
「まぁ、そうなんだけど……これは建前という感じね。その間に聖女、もしくは聖女の騎士は公国王城で選挙の準備をするのよ」
「あ!スケジュール帳にあるよ。公示式から一週間後、『公国王選挙決起式』が公国王候補者を集めて行われる。『公国王選挙決起式』とその夜に行われる夜会にアディ兄は出席するみたい」
そんな先まで自分の予定が決まっていたことにアーマンディは驚いている。シェリルが残したスケジュール帳には、その先のシェリル予定がぎっしり書かれている。だが、自分の予定は僅かだ。これを見ると、面倒毎は全てシェリルが引き受けていて、自分は必要最低限しか外出しないことになっている。
「『公国王選挙決起式』の翌日から、選挙活動が始まるわ。候補者がポイントを持っている序列第4位までの人間に挨拶に回るの。アーマンディ様ももちろん挨拶はうけることになるわ。場所は公国王城よ」
「スピカ公国は広いし、小公爵は中央都市に、公爵は各領地にいるから選挙活動は三週間たっぷりあるんだよ。移転装置を使うのは禁止されてるからね」
「そうなんですね。その後は選挙ですか?」
「そうよ。公国王城に集まって公開選挙をするわ。選挙はポイント制よ。序列1位の聖女は5点、第2位の大神官と聖女の騎士は4点、第3位の公爵が3点、第4位の公爵伴侶、小公爵が2点、合計41点のうち、多く保有した者が公国王になるわ」
「ポイントは分けても良いんですか?例えば、ノヴァーリス様に3点、フェラン様に2点とかいうように」
「ええ、構わないわ。投票しなくても良いし、例えばノヴァーリス様に2点、フェラン様に2点でも良いのよ」
「分かりました……その……思ったよりシェリルに会う機会があるんですね」
「大丈夫?」
「大丈夫だとは言い切れませんが、頑張ります」
そうしないとスピカ神がシェリルを執拗に狙ってしまう。それでは自分がこの張り裂けそうに痛む心を抱えて生きる意味がないと、アーマンディは思う。
「アーマンディ様がシェリルを想っていても、その姿は見せてはだめよ。聖女としてカエンとシェリルに適切に対応するのよ」
ジェシカの言葉は残酷だが、聖女として大事なことだとアーマンディは思う。
「ところでルーベンスは暗号とか、文章に書かれた隠れた意味とかを探るのは得意かしら?シェリルは得意だったけど」
「俺もできますよ。ヴルカン公爵家は契約書の魔法を使うから、その辺は必須です」
「では問題ないわね。実は解読してほしい書物があるの。テシオから預かってきたからやってくれる?」
ルーベンスが本を受け取ろとした時、アーマンディが声を上げた。
「え?」
「アディ兄、どうしたの?」
アーマンディは窓に走り寄る。そして慌てた様子でも窓を開ける。
「ギネ!どういうこと⁉︎」
《シェリルが呼んでるから行ってくるねー》
ギネはその言葉を残して、空へと羽ばたいていった。向かった先は西。公国王城だ。
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