第121話 溺愛(3)
カエンとシェリルは同じ馬車に乗り公国王城へと向かう。公国王城への先触れの手紙は、シェリルから出した。ふたりを歓迎するとフェランから返事が戻った時に、シェリルは覚悟を決めた。
「シェリルには翼竜がいるね?」
「そうですね、私は竜騎士の資格を持っていますから……ですがギネは、アーマンディを私の伴侶と認めています。カエンを受け入れることはありませんよ?」
「どうしてそう断言するんですか?翼竜は強者に従う。つまり私がギネに勝てば良いのでしょう?後で公国王城内にある演習場を借りましょう。ギネを呼び出してください」
訝しげに見るシェリルを無視し、カエンはやるべき事は徹底的にやろうと心の中で決意した。
◇◇◇
公国王城に着いたふたりはカエンのエスコートで城内へと向かう。
氷の貴公子と言われ、誰もが見惚れる精悍な顔の持ち主であるウンディーネ公爵家の小公爵であるカエンが、誰も触れることすらできない孤高の華と言われる、妖艶な美貌の持ち主であるシェリルをエスコートしているとあって、その注目度は凄まじかった。
そもそも序列第二位であるシェリルは誰からも話しかけられることはない。いつもなら誰もが彼女が通り過ぎるのを深くお辞儀をして待つのだが、今回は好奇の眼差しを向けている。好奇の眼差しを向ける者たちの中には、礼をすることさえ忘れている者もいる。それほど、あり得ない光景であり、見惚れてしまうほど似合いのふたりだということだ。
「随分と見られていますね。それだけカエンが人気だと言う事ですか……これは女性に恨まれそうですね」
「…………シェリルは相変わらずですね。私は男性のやっかみの視線を受けていますよ。それだけ貴女の美しさに見惚れてしまうものがいると言う事です」
「ああ、そうですか……」
シェリルはまた社交辞令だと、遠い目をする。この手の言葉は聞き飽きた。
シェリルの心中を察したのだろう。カエンが足を止める。すると、シェリルも自然に足を止める。シェリルはカエンにエスコートされているのだから、当然だ。
「……なにか?」
真っ直ぐにカエンの目を見るとアーマンディとは違う宵闇色の瞳が目に入った。カエンとシェリルの身長は頭一個分違う。エスコートされるにはちょうど良い高さだと、シェリルは今日知った。
その宵闇の瞳が近づいてきて、シェリルの髪に口付けを落とす。
「――――‼︎」
「これからは私だけのシェリルになると思うと、見せつけたくなるものですね」
「――――は⁈」
怒りと共に周囲を見回すと、女性の何人かが悔しそうな顔をしている。そして同じくらいの数の男性も、憎々しい表情だ。
公国王城の真ん中で何をするんだとシェリルは怒るが、どうも効果てきめんらしい。ふたりの仲を祝福する声も耳に入ってくる。怨嗟の呟きも聞こえてくる。そうなるとシェリルも合わせるしかない。
「……こんな大勢の人の前で辞めてください。恥ずかしいです」
指を口元に当てて頬を赤らませることは、シェリルにとって容易のことだ。例え心の中で馬鹿馬鹿しいと思っていてもだ。
シェリルのそんな心の中を見透かすように、カエンはシェリルの腰に手を回す。
「――っ、カエン!」
「静かに――見られていますよ?」
カエンの視線の先には、公国王フェランの側近がいた。やりすぎだと思わなくもないが、自分の両親もこうやって歩いている。子供の頃見たカエンの両親も公国王城でこうやって仲良く歩いていた。アーマンディだってふたりきりの時はこうやっていた。つまり熱愛を表現するために必要な事柄なんだと、シェリル納得する。そうなったらやる事は決まっている。
覚悟を決めたシェリルはカエンの胸に頭を寄せる。右手は自身の腰を支えるカエンの手の上に、左手はカエンにエスコートされながら、歩くことにした。
やってみたら思った以上に歩きにくいと思いながら。
◇◇◇
「お二人の仲睦まじい様子が私の耳にも届きました。あなた方のご両親も良く寄り添って歩いていましたね。実に微笑ましいものです」
シェリルはにっこりと笑って見せる。
公国王フェランが用意した部屋には、一人がけのソファが2つと、長ソファがひとつあった。まるで試されているようだとシェリルは思ったが、カエンは何も言わずシェリルを長ソファへと案内した。そして横に座ったあとは、ずっと恋人繋ぎでいる。更にその姿をフェランに揶揄われてもやめる気は無いらしい。それで良いのかとシェリルは思ったが、どうも誰も気にしないらしい。
「私の初恋はシェリルです。子供の頃からずっと彼女のことを想っていました。ですがシェリルは聖女の騎士となる存在……この恋心はずっと秘めておくべきだと思いましたが、昨夜シェリルから手紙で想いを打ち明けられました。これもフェラン公国王が後押ししてくださったお陰とか……ありがとうございます」
つらつらと良く嘘がつけるとシェリルは思うが、それを気取られるわけいにはいかない。頬を染めて、カエンを見ると、目が合った。随分と熱っぽい視線だ。カエンは演技が上手いらしい。
そんなふたりを見てフェランは本気で想いあっているのだと納得した。本気でなければあの様に視線を交わすことなど出来るはずがない。ましてや病的に恋に鈍感だと言われていたシェリルがとろける様な幸せそうな表情をし、頬を染めているのだ。間違うはずがない。
そうなればふたりの縁を結んだのは自分ということになる。負け戦だと思われていた公国王選挙に光明が見えて来たとフェランはほくそ笑む。なぜならシェリルもカエンも公国王選挙でポイントを有するものだ。しかもシェリルは序列第2位。聖女であるアーマンディを除けば一番ポイントを有するものだ。
心のうちの野心を隠し、フェランは穏やかな笑みでふたりを見つめる。お互いの温もりを確かめ合うようにぎゅっと結ばれた手は、離れ難いふたりの気持ちを表しているようだ。
「私の様なものがお役に立てて良かった……婚約発表も近そうですね」
「できるだけ速やかに――そうですね。1ヶ月後には結婚したいと思っています」
「はぁ⁉︎」
カエンのあり得ない発言に、さすがのフェランも仮面を外す。慌てて横にいるシェリルを見ると、カエンに視線を向けたのちに、フェランを真っ直ぐに見据える。その瞳には決意が宿っている。
「驚くのも無理はありません。ですが、お互いの気持ちが判った以上、もう離れたくないのです。今の私は公国王代理としてある程度自由が許されますが、聖女の騎士に戻ってしまうと、聖女の館に篭りカエンと会えなくなってしまいます。それはとても辛いことです……」
シェリルが瞳が潤み、俯いたところでカエンがそっと抱き寄せた。自分は何を見せられているのだろうと、フェランは一瞬思ったが、心当たりがあることから得心するに至る。
ヴルカン公爵家の一目惚れは有名だ。現公爵イリオスは街中でアイスを食べていたアリアンナに一目惚れして、その場で土下座し、更に噴水に飛び込んだという。しかも結婚を反対したアリアンナの両親に門前払いされても、怒鳴られても、水をかけられても、それでも通い詰め、結婚にこぎつけた。
そしてウンディーネ公爵家の粘着質な愛も有名だ。カイゼルは見合い結婚だが、アントノーマを深く愛している事は誰でも知っていることだ。その証拠にお互いが結婚できる歳になったと同時に結婚した。そして、社交の場ではカイゼルはアントノーマから離れない。ふとした拍子に離れたとしたら、ずっとアントノーマを探しているの。まるで迷子の子供のように。
今回、フェランがアーマンディとシェリルが想い合っているのではないかと思い至ったのも、カイゼルのこの粘着質な視線を知っているからだ。
アーマンディがシェリルに送っていた視線はカイゼルのものとよく似ていると思ったのだが、違うらしいと思いフェランはカエンを見る。カエンがシェリルに送る視線は父親のカイゼルそっくりだ。自分の相思相愛の相手を一刻も早く囲い込みたいのだろうと思うと、協力することが得策だと思い始めた。
「おふたりの気持ちは良く分かりました。聖女の騎士は、スピカ公国を繁栄に導くと言われておりますが、たったひとりの人間にその責任を負わせるのもおかしい話です。人は皆、協力し合って、努力しながら国を繁栄へと持っていくものでしょうから。そう言った意味ではシェリル様はやはり一個人として、幸せを掴むべきでしょう。私ができることなら、なんでも協力を……と言いたい所ですが、私も明後日には公国王を降りる身です。実に残念です。公国王であったなら、あなた方に惜しみなくお力添えできたのに」
フェランは、はぁっと大きくため息をつき、ちらっとカエンを見る。
「まだ分かりませんよ?選挙ですから」
「そうですね……これから、選挙は始まるのですから」
狐と狸の化かしあいのような様相を呈してきたと思いながら、シェリルはカエンの握った手の力を強めることで合図を送る。もう帰ろうという合図だ。だがカエンはシェリルの思惑を無視する。
「協力ついでと言っては何ですが、演習場を貸してください」
「カエン……本気ですか?」
「なにを……するんですかな?」
「シェリルの翼竜ギネと戦います。私をシェリルの夫と認めてもらわなけらばいけませんから」
瞳をまんまるに見開くフェランを他所目に、シェリルはやりすぎではないかだろうかと、頭の中でため息をついた。
毎日18時に投稿します。
面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!




