第120話 溺愛(2)
「兄上!本気で言ってるのかよ!」
テシオは兄の真意を聞くために、部屋まで押しかけて行った。
カエンは部屋にあるクローゼットに入り、騎士服を探す。どうやら公国王の元へいく手筈を整えているようだ。
「アーマンディには悪いが俺は本気だよ」
「なんでさ!そんなに公爵家の後継に固執するなんて……兄上らしくないよ」
「俺らしい……か、テシオの中の俺はどんな人物なんだ?」
「それは……」
テシオは言葉を止める。自分が知っている兄はアーマンディやメイリーンを救うべく、必死に奔走していた。それこそ自分の矜持もかなぐり捨てて。その兄しか知らない。
「兄上は、弟妹思いで、ずっと頑張ってくれたよ。自分の幸せをなんて二の次みたいだった」
「そうか……ではその兄の初恋を叶える手伝いをしてくれるよな?」
「は?」
カエンの笑みを受け、テシオの背中に悪寒が走る。こんな不気味な笑みをする兄は初めてだ。だけどこの笑みは見たことがある。母に執着する父の顔。シェリルに固執するアーマンディの顔だ。
「俺はね、シェリルのことが子供の頃から好きだったよ。妻にしたいと思っていた。だが我が家の負の連鎖を知って、彼女を巻き込むわけにはいけないと思って諦めたんだ」
「そんなの……初耳だよ」
「アーマンディの恋人と聞いたからね。言うわけにはいかないだろう?一生心のうちに秘めるつもりだったのに、彼女から妻にして欲しいと手紙が来た。どうやらアーマンディに耐えきれなくなったらしい」
テシオは思いだす。確かにアーマンディの嫉妬は激しかった。例えばテシオが冗談でシェリルに近づいたとしても、睨みつけるぐらいに。
「こんな千載一遇なチャンスを俺が見逃すわけがないだろう。さっさと結婚してアーマンディを理由に社交界には出さず、家にいてもらうつもりだ」
「そんなの……そんなの……兄上らしくないだろ!」
「どうしてだ?実にウンディーネ公爵家らしいだろう?」
「俺がシェリル様に言ったら……どうするつもりだよ」
「構わないよ。お前がシェリルに何を言おうと無駄だ。俺はアーマンディと違って、嘘が上手いからな」
カッと頭に血が上る。その勢いのままテシオがカエンを睨みつけると、まるで気にしないように受け止める兄がいた。
よくよく考え得ると、カエンも今まで苦労しているのだ。アーマンディだけでなく、カエンにも幸せになって欲しいと考えるのは弟であるテシオだからだ。
「ごめん……俺にはどっちが良いと言えないや。最後に決めるのはシェリル様だから」
「そうだな、その言葉が聞ければ十分だ」
尊敬する兄に頭を撫でられ、テシオは部屋を出ていく。すると廊下を歩くメイリーンと目が合った。兄の部屋の扉をそっと閉めて、テシオは駆け足でメイリーンの元へ向かう。
「メイリーン……シェリル様は?」
「兄様と一緒に公国王の元へ行くって。覚悟を決めたって言うからもう何も言えなくて……」
「そうか……これってどうなの?アリなの?」
「分からないけど、ねぇ、テシオ。ジェシカ様と避難路で待ち合わせしない?姉様とシェリル様に何があったか聞きたいわ」
「いいね、俺もちょうど避難路について分かったことがあったから、一緒に行こう!」
ふたりは、避難路へと向かう決意をした。
◇◇◇◇
ウンディーネ公爵邸から伸びる避難路を使い聖女の館の下にたどり着いたふたりはジェシカと合流した。
「ジェシカ様!いったい何があってこんなことになってるんですか⁉︎」
挨拶もせず、声をかけるテシオの様子に、ジェシカは真っ直ぐな目で答える。
「アーマンディ様のスピカ神への願い事は、『誰かひとりにでも愛されたいし、愛したい』よ」
「あ…………」
テシオはそこで全てを理解した。メイリーンも想像通りだったと目を見張る。
「スピカ神はアーマンディ様の願いを叶えるべく、人の器を探しているわ。そして昨日、聖属性の力を持ち、最もアーマンディ様に近しい場所にいるシェリルの身体を乗っ取ったの」
「まじか……やっぱりじゃあ、メイリーンの中にいたのも……」
「ええ、スピカ神が聖女の願いを届けるために使った力の破片よ」
テシオはため息と共に、床を見る。
「俺さ、魔塔で発見された本を解読したんだ。昔は男性だったら聖人、女性だったら聖女って言ってたらしいんだけど、そこに書いてあった。建国王ザヴィヤヴァの息子シュルマが母の跡を継いで聖人として立ったって」
「願いは『誰かを愛したい』?」
「さすがジェシカ様だよ……その通り。誰かは具体的には書いてなかったし詳細は分からないけど……スピカ神はシュルマ様の願いを叶えるために、妹のウンディーネ様に取り憑いたんだな……」
「つまりウンディーネ様の夫は……」
メイリーンは口を噤む。あまりにも禁忌なことだ。これ以上は言いたくない。
ジェシカも察したのだろう。空気を変えるために話を逸らす。
「伝承に寄ると神は太陽と共に動くとされているわ。神の信仰のもとである大聖堂が東向きで、中心に聖女の館があり、人の象徴である公国王城が西にあるのはそのためよ。つまり西にある公国王城は出口のため、シェリルの身の安全は保証される可能性が高いわ」
「ああ、だからシェリル様は公国王城へ?だったら何もねーさんと別れる必要はないじゃないの?」
ジェシカはため息をつく。
「私はシェリルに事情を話して、公国王城へ行くように説得して欲しいとアーマンディ様に言ったの。でもアーマンディ様は自分といるとシェリルが不幸になると言って、シェリルを怒らせる方向に動いたわ。その話を聞いた時に、私は正直できるわけないと思ったのだけど、アーマンディ様は見事に成功させたわ」
「なんでそこまでする必要があったんだよ?ジェシカ様の言う通り、シェリル様に事情を話せば良かっただけだろ?」
「アーマンディ様はスピカ神に乗り移られたシェリルを受け入れたわ。しかも分かっていながら……ね」
「「あ……」」
テシオとメイリーンは事情を察し、口を開いた。
「それは……ねーさんが悪いな」
「私もそう思うわ。シェリル様のために、姉様がとった行動は間違ってないわ」
「ノワールは聖女の騎士なのだから何があろうとも職務を全うすべきだと言っているわ。名誉ある職務を放棄するなどあり得ないと……。でも私はそう思わない。シェリルはアーマンディ様の恋人だわ。恋人が自分以外の女性を受け入れるなんて、許せないんじゃないかと思ったの」
ふたりは視線を交わす。今回のことは何が正解か判らない。
「あなた達は無関係ではないから話したけれど、これは他の誰にも言ってはだめよ」
頷くふたりを見て、ジェシカはさらに言葉を紡ぐ。
「とは言えど現状では根本的な解決策にはならないわ。シェリルを公国王城にいつまでもいさせることはできないし、なんとかしないと、いつまで狙われてしまうわ」
「いや……って言うか、シェリル様はカエン兄上と結婚するって話になってんだけど?」
ジェシカは上を仰ぎ見てため息をつく。
「……さすがシェリル、行動力が私の想像をはるかに超えているわ」
「今、ふたりで公国王城へ向かっているわ。止めないとふたりの婚約の噂があっという間に広まってしまうわ!」
「そう……ね、でも良いんじゃないかしら?」
ふたりはジェシカをじっと見る。
「結婚は神の名のもとに誓われる聖なる契約よ。シェリルがカエンと結ばれてしまえば、少なくともシェリルはスピカ神に体を狙われなくなるもの」
「それだとシェリル様は良くても、ねーさんの問題が解決しないよね?」
「そうね……そのためにもこの下の封印を解かないと……」
ジェシカの視線をふたりも追う。床には淡く光る魔法陣が浮かび上がっている。ここまではジェシカとメイリーンの力で発掘できた。
「テシオの解読した本には他には何か載っていた?」
「うーん、後は推測していた情報だけだった。地下はスピカ神の耳が届かないとか、初代大神官様の名前とか……」
「そう……それでは仕方ないわね」
「ただ、違和感がある文体なんだよ。おそらく別の意味も含まれて書かれた本だと思う。俺は読めるけど解読が苦手だから、そこは誰かに頼まないと……」
「私は苦手よ」
ジェシカは首を振る。
「私もだめよ!」
メイリーンも勢い良く首を振る。
「俺が知っている中で一番得意なのがシェリル様なんだけど……これって頼って良いのかな?ねーさんの決意を無駄にすることにならない?」
「そう……ね、そう言えば今は聖女の館にルーベンスがいるわ。ルーベンスならできるんじゃないかしら?」
「ルーベンスが!?マジで、あいつ女装してんの?」
これは楽しそうだとテシオはイキイキし始めた。
「ジェシカ様!俺も聖女の館に行って良い?」
「だめよ!」
「えー、なんで?」
ジェシカはメイリーンをじっと見つめる。それだけで聡いメイリーンは気がついた。
「……シェリル姉様がだめなら、次に私が狙われる可能性があると言うことですね?」
「え⁉︎まさかメイリーンはまだ成人前だぜ?」
「実の兄妹が結ばれた……それを起こした方よ?成人前なんて、そんな常識が通じるのかしら?」
ふたりは黙る。そして手をそっと繋いだ。
「ええ、そうやってずっと一緒にいなさい。今の所、彼の方が現れたのは、アーマンディ様がひとりになった時と、シェリルが一人になった時よ。だからシェリルにも伝えておいて。常に誰かと一緒にいなさいと」
頷くふたりを見て、ジェシカはため息をついた。
さて、アーマンディにシェリルのことをなんと言うか、そう思いながら。
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