第12話 食事会(3)
「アーマンディ様より伝言を賜っております。シェリル様を聖女の騎士とするにはあたわずと」
予想通りの発言をするアジタートに対し、シェリルは子供を諭すようにわざと馬鹿にした態度をとる。
「本当にシルヴェストル公爵家の教育はどうなっているのか。まさか口頭で終わらせようとするとは。これではアーマンディ様への教育がきちんとなされているか不安になってしまいます」
「確かに、かくも愚かだとは……。これではアーマンディ様の教育をこちらで考え直さなければなりませんね。一度、聖女の館からお出になって頂き、教育の機会を授けた方が良いかも知れません」
「まぁ、それはわたくし共にご協力させて頂けますか?全てを大聖堂でまかなうの難しいでしょうし……」
「それは助かります。大聖堂だけでは市政のことまでお教えすることはできません。ぜひ、そうして頂けますか?」
「な――アーマンディの教育はわたくしがきちんと行いました!今後もわたくしに一任すると仰ています!」
憤るアジタートは自身の発言が更に深みにはまることが分かっていないようだ。
これにはさすがのシェリルも呆れて物が言えない。今までどうやって聖女の任を全うしていたのか知りたいほどだと思い始めた。
「まだ分からないのか?言葉だけですむわけがないだろう。必要なのは書類だ。書面なくして全てを終わらせようと思うな」
「――――っ‼︎」
顔を真っ赤に染め、アジタートは言葉を詰まらせた。
アジタートは知らなかった。これまで自分が発した命令や正式な発言は全て聖女の館に仕える者達が文書にし、届け出ていたことを。聖女の力を持って産まれた事で甘やかされて育ったアジタートには、教える者も、嗜める者もいなかった。
「では……聖女も館に帰ってから文書をしたためて……
「まだ言うの!したためるのはあなたの仕事ではないわ!必要なのはアーマンディ様の意志よ。アーマンディ様が公式に発言したのちに、文書が用意されるのよ」
殊更強く発することで、アジタートの言葉を止めたアリアンナは思った以上に稚拙なアジタートに歯噛みする。
これでは舌線まで持っていきようがない。子供をいじめる大人のようだ……。
アリアンナが軽くため息をついたところで、食前酒が出てきた。
こんな状態では乾杯をする気にもならない……そう思いながらシェリルを見ると、桃色に染まるグラスと美しい気泡をじっと見ている。表情には表さないが苦々しく思っているのだろう。顔に出さないだけ大人になった……アリアンナは娘を頼もしく思いながら寂しく思う。そしてこの愛する娘のために、尽力しようと決意する。
「アーマンディ様がいらっしゃらないので、乾杯は必要ないですね」
「承知いたしました。ですが、今日はわたくしの娘が聖女の騎士への希望を公式に発言した日。頼もしくも思いつつ、寂しくもありますわ。ですから一人前になった娘に祝福を」
「では私は優しい母に祝福を――」
シェリルとアリアンナはグラスを交わす。キンという軽やかな音が鳴り響き、ふたりは微笑みも交わす。
大神官とアジタートは無言でグラスに口をつける。
「アーマンディ様はもうお目覚めかしら?」
先ほどまでの言い合いなどなかったかのような笑みをアリアンナはアジタートに向けた。
「いえ……私が最後に見た時には眠って……お休みになっていました」
「そう……普通に考えれば2時間もすればお目覚めになるはずなのに、そう思わない?」
「……ええ、ですからアーマンディ様は半人前なのです!」
アジタートはアリアンナの言葉を、アーマンディを貶める言葉として受け取った。つまり力不足だから、中々目覚めないのだと、そう暗に言われてると曲解する。それはアリアンナとしては都合が良い。
「あら?スピカ神のお力を頂く事のできる稀有なお方を半人前とは……わたくしは知らないのだけど、アジタートもスピカ神のお力を頂いていたの?そうでなければ、その様な事は言えないわよね?」
「――――‼︎」
アジタートは口を真一文字に結んで黙った。実はアジタートはスピカ神のお力を頂いてはいない。公爵家出身で、聖属性を持つだけの女性といっても過言ではない、アリアンナはそれを分かっていて言っているのだ。
「アジタートはスピカ神のお力を頂いてはいません。アジタートの前のジェシカ様は頂いておりましたが……」
わざとらしく『様』付けする事により、その差を言葉で表したのは大神官だ。スピカ神のお力を頂いた聖女は別格だ。その地位は降りたとしても、尊敬の意を持って様付けされることは多い。それほどスピカ神のお力を頂けることは稀である。
「そうですか。ではアジタートには分からないですね。スピカ神のお力をお借りする方法が。となるとやはりアーマンディ様の教育はアジタートには任せられませんわ。幸いなことに夫の母はジェシカ様の聖女の騎士をしておりました。もしよろしければ、アーマンディ様に色々とお話しすることが可能かと思われますが……」
「おお、それは重畳です。是非ともお願いしたい」
アジタートを無視して、アリアンナと大神官の会話は弾む。その様子に苛立ちを隠せないアジタートは肩を震わせ怒りをあらわにしている。
今にも頭から湯気が出そうだな……シェリルは冷静にアジタートを観察する。
57年間に渡り、聖女として君臨した女は想像よりずっと浅はかだ。これに育てられたとすれば、アーマンディの教育はいかほどのものだろう。すぐにでも聖女の館に飛び込んで助けられたらと思うが、それは現状では難しいことは分かっている。聖女の騎士に任命されれば可能なのに……。そのためには今はするべきことをしようと、シェリルは決心する。
「このままアジタートがアーマンディ様の代わりに発言しようとするのならば、あらぬ疑いも持ってしまいますね」
「どういう意味⁉︎ヴルカン公爵家といえど許さないわよ!」
とうとうキレたアジタートが立ち上がってテーブルを強く叩く。たたいた勢いでグラスが落ち、床に散らばり、ピンク色の発泡酒が床を染める。
「その勢いをアーマンディ様に向けていないだろうな?」
シェリルが睨むと、アジタートはワナワナと震え、更に目の前の食器を手で払い、床に落とす。まるで子供の癇癪だ。その所業にさすがのアリアンナも表情を崩す。
「わたくしを誰だと思っているの!わたくしは聖女よ!この国のためにどれだけ尽力してきたと思っているの?!」
「それが聖女の態度か?いや、そもそも間違っているな。お前は聖女ではない。かつて聖女だったもの……そうだろう?」
「――っつ!生意気な小娘が――‼︎」
キイキイと甲高い金切り声をあげるアジタートを止めたは、この中で一番階位が高い大神官ではなく、今にも殺しそうな勢いで睨みつけるシェリルでもなく、アリアンナがグラスのおかわりを要求する仕草だった。美しい所作で給仕に目を向ける姿はまさに4大公爵婦人の名にふさわしい。
あまりにも場違いな要求に一同は静まり返る。腹を立てて怒鳴るアジタートですらも。
給仕がそっとグラスに注いでいる発泡酒を見ながら、アリアンナはアジタートに節目がちに視線を送る。
「かつて聖女であったならばふさわしい行動を取りなさい。あなたが今すべきことはアーマンディ様を夜会に出席させること。もしそれができないのであれば、これから大神官様を伴い、聖女の館に行くのみよ。あなたに選択肢はないの。それが分かったのであれば、さっさと引き払うべき館に行き、アーマンディ様を美しく装わせることね。もし傷一つでもついていてご覧なさい。その場であなたには極刑がくだされるのみよ」
「わたくしは――」
「さっさとこの場違いな場から出て行きなさい。かつての聖女様?」
「――――市井の出のくせに!」
アジタートの母をなじる言葉にシェリルは思わず立ち上がる。だが、その動きはアリアンナの手によって止められた。
「その市井の出の女にも劣るのが、あなたの現在の地位よ?でも理解できないなら仕方ないわね。大神官様――申し訳ございませんがご足労願いますか?確か聖女の危機の際には大神官様を伴えば、階位4位までなら聖女の館に同行できる聞いております」
「その通りです。では早速ですが、行きましょう」
立ち上がる大神官に、アジタートは慌てる。今、聖女の館に行かせるわけにはいかないのだ。
「アーマンディは夜会に出席させるわ!それで良いんでしょ⁉︎」
「様をつけろ、不敬だぞ?」
テーブルに手を付け、今にも飛びかからん勢いで睨みつけるシェリルに怯え、アジタートは立ち上がる。
「アーマンディ様にあなたを断らせるわ!今に見てなさい‼︎」
そして負け犬の遠吠えの如き発言を残し、部屋から飛び出す。その子供のような行動に、部屋にいた給仕係もがあきれて口を開いたままだ。
「子供ね、いつもこのような感じですか?」
アリアンナは扉が閉められたのを確認して、大神官を見る。
「ここまでひどいのは初めてですが――まぁこのようなものですよ」
「ご立派すぎる聖女を頂点に戴いていたのですね。若輩者としては皆様に頭が下がるばかりです」
「そうですね――アーマンディ様の治世が平和であることを祈るばかりです。邪魔者が消えましたので、改めて乾杯をしませんか?アーマンディ様の御世の安寧と、シェリルの聖女の騎士就任を願って」
穏やかに笑う大神官にシェリルは着座し、アリアンナは微笑むを漏らす。
グラスが3つ交わされる音が部屋に響き、口につけた発泡酒の味は美味しかった。




