第119話 溺愛(1)
アーマンディ達は余程のことがない限り、朝、昼、晩と皆で一緒に食事を摂る。
朝食の際に5階にある食堂に一番初めに入るのは、ノワールだ。朝イチの鍛錬を欠かさないノワールは、いつもお腹が空いたと駄々を捏ねながら皆を待つ。
次にシェリル、次にジェシカ、最後はアーマンディだが、今朝はシェリルが来ず、ジェシカの次に目を真っ赤に腫らしたアーマンディが、女装したルーベンスと共に入ってきた。
「シェリルは実家に戻ったのか?」
ノワールの質問にアーマンディは頷くことで返事をする。
シェリルと別れた後、アーマンディはルーベンスに慰められながら一晩を過ごした。
ルーベンスは部屋を出ていくシェリルから『あとは頼む』と念話を受けた。だから極力明るく声を上げ、雰囲気を変えようとルーベンスは試みる。
「シェリル姉は1ヶ月は帰ってこないよ。だから、それまで俺らで頑張ろうよ!」
だが現実は簡単にはいかない。ジェシカが重くため息をついた。
「シェリルには幻滅したわ」
「そうだな、何があっても聖女の騎士として誇りを持って職務を果たすべきだな。期待はずれだ」
「……ああ――」
年長者ふたりにそう言われてしまったら、若輩者のルーベンスは言葉が止まってしまう。そしてアーマンディは地面を縫い付けるように下を向く。
「シェリルは……悪くありません。悪いのは僕です。だからシェリルを責めないでください」
ジェシカとノワールはお互いの顔を見合わせる。
「たしか公国王選挙の間だけだったな。シェリルが公国王城にいられるのは……」
「そうね。シェリルが結婚するか死なない限りは、戻ってくるしかないわね」
「………………」
「ジェシカ様……いま、結婚って言いましたか?」
「そうよ、ルーベスンス。あなたは知らないだろうけど法令に寄ると結婚すれば、聖女の騎士から契約を破棄することは可能よ」
ルーベンスはジェシカの言葉の事実を確かめるように、ノワールを見る。するとノワールは頷いた。
「アーマンディは知っていたのか?」
アーマンディは小さく頷いた。その姿にルーベンスは愕然とする。
「待って、だってシェリル姉の一目惚れの相手はアディ兄だよ。アディ兄以外に恋する事はできないんじゃないの?」
「……僕もそれを知りたいです。シェリルは……僕以外を夫にすることはできるんですか?」
アーマンディの覚悟の視線を受け止め、ノワールは優しく頷いた。
「……ヴルカン公爵家直系の誰もが一目惚れの相手と思いが通じ合うとは限らない。だから想いが通じない場合は、一目惚れの相手の恋心を契約書で封印すれば、他の誰かと結ばれるんだ。だから問題ない……」
「じゃあ……シェリル姉は……」
ルーベンスの言葉に、あえて誰も返事はしなかった。
◇◇◇
聖女の館を出たシェリルは一度ヴルカン公爵家に戻り、そして着替えて朝一番にウンディーネ公爵邸に向かった。名目は聖女の館で働く執事の面接だ。
そしてシェリルを出迎えたのは、公爵であるカイゼルではなく、小公爵のカエンだった。ヴルカン公爵家の紋章が描かれた黒い馬車から降りるシェリルに手を伸ばし、エスコートをするカエンにシェリルはとろけるような笑みを漏らした。
「久しぶりですね……カエン」
「ええ、久しぶりですね、シェリル嬢」
聖女の騎士であるシェリルは序列第二位、小公爵であるカエンは第四位だ。普通であればこのような会話はマナー違反だが、それを咎めるものはいない。
そもそもシェリルの今日の衣装は真紅のドレスだ。咲き誇る薔薇のように華やかなシェリルに、真紅のドレスは良く似合う。降ろした艶のある黒い髪には、煌びやかなヘッドドレスが光る。ふんだんにダイヤとルビーが散りばめられたヘッドドレスは豊かさの証だ。いつもとは違い、メイクしたシェリルはため息が出るほどに美しい。
「どうかしましたか?目に疲れが見えますよ?」
長いまつ毛にカエンが触れるのを、シェリルはそのまま拒否することなく受け入れる。
「あなたは彼の方に似ていますね……」
「そうですか?」
「ええ、だから触れられると……勘違いしそうになる」
「勘違いしてくださっても、良いのですよ?」
「は?意味わかんね――」
シェリルとカエンは声の主を見る。するとそこには、使いこなせるようになった転移の魔法で姿を現したテシオがいた。
◇◇◇
テシオが合流し、シェリルとカエンはウンディーネ公爵邸の応接間で話をすることになった。
当初の目的である、聖女の館の執事の面接はあっさり決まり、公国王代理の権限をシェリルが持った段階で、入館させることも決まった。
そして今はメイリーンが加わり、4人で話をしている状況だ。
「詳しい話は言えないけど、シェリル様はねーさんに愛想を尽かしたってこと?」
「そうだ。もうアーマンディ様の元に戻る気はない」
「そうなん……ですね」
メイリーンとテシオは顔を見合わせる。ふたりはアーマンディがどれだけシェリルを深く愛しているか知っている。この話をアーマンディが聞いたら、どうなるか想像するのが怖いくらいに。
「確か、聖女の騎士から一方的に解約する方法は、結婚か死ですね」
そしてアーマンディの想いを知っているはずのカエンは、シェリルに真剣な眼差しを向ける。それを正面から受け止め、シェリルは頷くことで返事をした。
「だから私だと言うことですね。確かに私はアーマンディと良く似ている。しかもウンディーネ小公爵であり、シェリル嬢より1歳年上だから年齢的にも合いますね」
「いやいや――何言ってんの⁉︎ねーさんの恋人だぜ?」
「そうよ、兄様、姉様がお可哀想だわ。姉様はシェリル様を深く愛しているのよ」
弟妹の訴えを兄は冷笑することで、受け止めた。
「だから?恋は始まる時もあるが、終わってしまう時もある。私にとってシェリル嬢は都合の良い相手だ。そしてシェリル嬢にとっても私は都合が良い相手だ。お互いに利がある結婚こそ公爵家らしくて良いだろう」
「いや……いつの時代の話だよ」
テシオがチラッとシェリルと見ると、納得した顔でカエンと視線を交わしている。
「都合が良いって……そんなのおかしいと思うの。そもそもシェリル様はそんな理由でカエン兄様と結婚して良いの?」
「公爵家の人間として、私は結婚し、子供を残す義務がある。そう言う意味ではアーマンディ様よりカエンの方が良いのかもしれない」
「「え――――」」
声を合わせて非難する弟妹は、続けて兄を見ると、カエンもシェリルと同じ目をしている。
「お前たちも知っているだろうが、ウンディーネ公爵家の愛し方は粘着質だ。私はアーマンディや父の様に、相手に執着するような恋愛をしたくない。シェリル嬢が私をアーマンディの身代わりとして結婚したいと言うなら、私も公爵家の義務として一歩引いた気持ちで娶ることが可能だろう。しかもシェリル嬢はヴルカン公爵家の人間だ。ヴルカン公爵家は女児が産まれる率が極端に低い。そういった意味では、安心して妻にできる」
「「そういうもんだい……か?」しら?」
双子なだけはあるのか、息ぴったりにシェリルとカエンを見比べる。するとお互いが納得しあっていることが分かる。
「今朝一番に先ぶれの手紙と共に、結婚の内容が書かれていたことには驚きましたが、しかし私からすれば受けない手はない。ですがアーマンディはあなたに執着するでしょう。結婚してもあなたは聖女が出席する会には参加しない方向で行きましょう。公爵家直系の結婚式も通例では聖女の祝福をもって行われますが、あなたがアーマンディ様の騎士を叙任することになるので、今回は聖女抜きで内々で質素に行う方向で執り行いましょう」
「そうですね、それが良いでしょう。突然結婚するんです。面目が立たず申し訳ないとでも言っておけば良いと思います」
「ああ、それとシェリル嬢……いや、もうシェリルと呼びますよ」
「ええ、そうしてください」
「ちょっと待ってよ!それで本当に良いわけ?」
「気に入らない様だな……テシオは」
「気に入るわけないだろう?兄上もシェリル様も最低だ」
「最低なのは、彼です。今回は私も心底呆れ果てました。彼とは添い遂げることはないでしょう」
言い切るシェリルを見る限り、これはアーマンディが余程のことをしたのだと、テシオとメイリーンは顔を見合わせる。
「テシオのせいで話が途切れましたね。ところでシェリル、あなたのこれからのご予定は?」
「そうですね。今日の私の予定は聖女の館で政務の仕事でした。ですがそれは今後、アーマンディ様にお任せします。だから……予定はないですね」
「それは良いですね。私は午後から公国王フェランの元へ中央都市での業務着任の挨拶に向かいます。一緒に参りましょう」
「それは早計では?一緒にフェランの元へ向かえば、私達が恋仲になったように誤解されると思いますよ?私は昨日、フェランにカエンに恋をしていたと嘘をついたのに、その舌の根も乾かないうちにふたりで行くのはどうかと思います。私が公国王代理の職についてからでも良いのでは?」
眉間に皺を寄せるシェリルに、カエンは冷笑する。
「シェリル……あなたはまだアーマンディに未練があるのですか?」
「そんなことは――」
「未練があるから先延ばしにするのですよ。あなたは1ヶ月以内に私と結ばれなければいけない。時間が経てば経つほど不利になります。そのくらいは分かっている筈でしょう?」
「確かに、そう……ですね」
「では少々お待ち下さい。私も準備します」
カエンは立ち上がり、扉へと向かう。これから着替えようと言うのだ。その後ろをテシオが足早についていく。
メイリーンは悲しそうに顔を歪めるシェリルの横にそっと座った。
「……シェリル様……本当に良いんですか?私が聖女として就任すれば、姉様は引退して、シェリル様と結婚するって聞いていたわ。それなのに……」
「良いんだ。確かに私はアーマンディ様を愛している。だけどそれでもどうしても許せないこともあるんだ」
「……シェリル様」
シェリルの決意は固く、メイリーンはこれ以上何もいうことができなかった。
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