第117話 理想(3)
ため息と共にベッドの倒れ込み、シェリルは枕を涙で濡らす。
冷静に話すはずだったのに、できなかった自分を不甲斐なくも思うが、それよりもやはりアーマンディの発言に苛立ってしまう。
「信じられない……」
頭にくるのは事実だ。でもそれでも愛している気持ちを抑えることができない。
ヴルカン公爵家の一目惚れを呪いだという者もいる。確かにそうだ。思いが届かなくても、裏切られても、それでも好きだという気持ちが抑えれらない。他の人は愛せない。
「最悪……」
受け入れれば良かったのではと思う気持ちも確かにある。彼の思惑はどうあれ、自分が望んでいる事でもあったのだから。
アーマンディの気持ちはシェリルにも良く分かっている。男でありながら聖女である役割を持つアーマンディはシェリルと現時点では正式に思い合っている事を、声高に言うことはできない。だからこそあのような発言が出たのだろう、だからこそ体の結びつきを求めてきたのだ。だがそれでは何かが違うと思い、シェリルは受け入れることができなかった。
純粋に自分を求めてくれたのではない。ただの子供の独占欲と同じ。そこにシェリルを思いやる気持ちはなかった。
「謝ってくれていたのに、許せなかった……」
子供だと自分でも思う。本来だったら冷静に受け止めて、交渉すべきだったのに。これが他人だったらできるのに……。
くるっと体を回して天井を見上げると、涙が自然と頬を伝わった。
こんな風に彼の言葉ひとつで泣いたり、喜んだりして、心が揺れてしまい自分を律する事ができず、相手に感情のまま言葉を発してしまうのは、思いが通じているからだろう。これが他人なら一歩引けるし、片思いなら嫌われたくなくて言葉を飲み込んでしまう。
シェリルはアーマンディの消えた壁を見る。
まだクローゼットの中にいる様だ。アーマンディの部屋にはルーベンスがいる。泣いたままでは戻れないのだろう。
惚れた弱みだと思いながら、シェリルは起き上がり迎えに行こうとする。するとアーマンディの気配が下へと降りて行く。
「ああ、避難路に行くのか……確かジェシカ様が聖属性の魔力を使った術を教えていたな……」
それを使えば簡単に降りれる。ましてや地下に今は敵はいない。危険はない。あそこは人間には毒となるほど聖属性の魔力が満ちている。心配はないはずだ。
「――――――、くそ!」
勢いよくベッドから降りて、アーマンディの部屋へと繋がる隠し扉に向かおうとした時、声が聞こえた。耳に心地良い美しい声。
振り向いたシェリルは、そこに立つ何かを見た。
「…………え?」
◇◇◇
避難路の床に軽い足音を立てて降りたアーマンディは、そのまま座り込み、膝を濡らす。
いつだってこうして自分の発言に後悔してしまう。特にシェリルが絡むと心の抑制が効かなくなり、心のままに言ってしまう。
「嫌われたくないのに……」
そう思ってるのに、わがままを言ってしまう理由が自分にも分からない。だけど、例え兄であってもシェリルをエスコートするなんて許せない。
アーマンディは兄であるカエンに聞いた。
ウンディーネ一族は嫉妬深い人間だと。自分の愛した人が他の人に触れられるのは我慢できない。他人に見られることすら嫌うと言う。それだけ執着心が強いのだと。
現に父のカイゼルは公の場であっても、母とは最低限しか出席しないと言う。それ以外は籠の中の鳥の様に屋敷に閉じ込めている。
メイリーンを殺す決心をした父は、本当は母に焼き殺してもらうつもりだったと言っていた。だが母が拒否したので一緒に焼かれるつもりだったと、兄から聞いた。
そしてそれこそがウンディーネの特徴だと言うことも。
愛する人に殺されるのは、喜ばしいことで、一緒に死ねるなら更に歓喜の声をあげる、それこそがウンディーネらしい性質だ、だから無意識で父は誰よりも喜んでいたはずだと……。
それを兄に聞いたときに、怖いと思った。でも今は分かる気がする。シェリルに殺されるなら喜んで受け入れるし、一緒に死のうと言われたら喜んでこの身を投げ出すだろう。
そしてシェリルが他の男性の元に行ってしまったら、彼女を殺して自分も死ぬだろう。
なんてことを考えてしまったのだろうと、アーマンディは首を振る。
これだから自分はシェリルに相応しくないのだ。だけどもう彼女のいない生活は考えられない。シェリルなしでは生きられない。
「我慢……できるかな?」
兄がシェリルをエスコートしている姿を想像しただけで、心臓がギュッと掴まれた様な気持ちになる。そんなものは見れないと、心が悲鳴を上げる。
ひとに……触られるのが嫌で、女性との行為を考えたら吐き気がしていた自分が、シェリルにはいつも触れたいと思っている。
一緒のベッドに寝たあの日、どれだけ欲望を抑えるのが大変だったか、きっとシェリルは知らないはずだ。
さっきの言葉だって、大義名分で……本当はいつだって抱きしめて、結ばれたいと思っているのだから。
「だめだめ……まだ僕達には、しっかりとした名目がないもの……シェリルに子供ができたら、未婚の母になっちゃう」
涙をぐいっと拭って、アーマンディは立ち上がる。
フェランに対する対応策を見つけなければ、シェリルを止めることはできない。つまり対応策さえ有れば良い。
「つまり……僕とシェリルの仲が疑われているのなら、僕が相手を探したって良いわけだよね」
問題は相手を誰にするかだ……眉を顰めて考えていると、上から魔法の気配がした。
シェリルは自分がここにいることを気づいている筈だ……そう思いながらアーマンディが上を見上げると、まさにシェリルが降りてくる。
「……もう怒ってないかな?」
立ち上がって場所を移動すると、いつもと違ってシェリルがふわりと降りてきた。
「……アーマンディ」
柔らかく微笑むシェリルが両手を広げる。その姿にアーマンディは違和感を感じる。
先ほどまで泣きながら怒っていた。なのに今は何もなかったかの様に笑っている。
しかもシェリルはこんな笑い方をしただろうか。こんな全てを包み込む様な微笑みを見せたことがあっただろうか。
「さっきは悪かった。あんな事を言ってしまって……でも本当は私もカエンにエスコートされるのは嫌だ。あなた以外に触られるかと思うと、身震いがする」
「……本当に?」
「ああ、あなた以外に触られたくない。だけどあなたにはもっと私を触って欲しいと思っている。愛して欲しいと」
これがシェリルの言葉だろうかと思うが、これは言って欲しかった……一番望んでいた言葉だと、アーマンディは思う。なぜなら自分はシェリル以外に触れない。触られたくない。なのにシェリルは誰でも触る。抱きしめる。額や頬に口付けまで落とす。それがいつも嫌だった。例えネリー相手だったとしても。自分だけの、自分しか見ないシェリルでいて欲しいと願っていた。
「……シェリル、抱きしめて……」
懇願すると、包み込むように抱きしめてくれる。
シェリルの匂いがする……つまり身体はシェリルなんだ、と思いながらアーマンディもシェリルを抱きしめる。
このシェリルは僕の思った通りに動いてくれる。
―それで良いのかい?―
このシェリルは僕だけを見つめてくれる。
―それで満足かい?―
このシェリルは僕だけのものだ。
―それが君の本当の望みかな?―
「本当の……のぞみ……」
「アーマンディ、誰と話をしているんだ?私だけを見て……」
「だれと……誰だろう。シェリルには聞こえないの?」
「聞こえないわ……ねぇ、他の人を見ないで、私だけを……見て……」
そんな言葉シェリルは使わないよ?
アーマンディはクスリと笑う。自分の耳に言葉を伝える彼のことが誰か、それは分からない。でも彼の言う事が間違っていない事は分かる。そう、間違っているのは自分。
「ねぇ、シェリル、本当にずっと僕だけを見てくれる?僕だけのシェリルでいてくれる?僕とずっと永遠にふたりだけでいてくれる?僕以外は誰もいらない?」
「…………もちろんよ。私とあなただけがいれば他に何もいらないわ」
「――嬉しい、僕は幸せだよ」
強く全てを独占するように愛おしい人の身体を抱き締めると、更に強い力で返される。それで満足だとアーマンディは安堵の笑みを漏らす。
―君が必要なのは器だけで、本当の彼女は必要がないんだね?―
この質問には答えない。答えたくない!ふたりきりの世界の何が悪いのだろう、これこそ自分が望む世界なのに!
そのとき、アーマンディの頬に何かが触れた。温かい何かはアーマンディの頬をつたい、そのまま口元へ降りてきた。
「…………え?」
口元に手を当てると、それが液体だと気がつく。しかも手にもポタポタと落ちてくる。
「……シェリル……泣いて……いるの?」
「ええ、うれしくて……」
その言葉が嘘だと言う事は良く分かる。言葉とは裏腹に苦しそうに歪む凛々しい眉毛。長いまつ毛をつたい涙が次々とこぼれ落ちてくる。赤い魅惑的な唇は悔しそうに歪んでいる。まるでアーマンディを責めるように。
「……し……シェリル……」
「なに?アーマンディ――」
「……あ、シェリル、僕はどうして……」
アーマンディに後悔の波が押し寄せる。どうしていつもこうなるのか!
シェリルの身体を強く跳ね除け、アーマンディは懇願するようにそのひとを見る。
「お願いします、どうか、シェリルの身体を返して……」
「どうしてかしら?私はただ――――
伸びてくる腕から逃れようとアーマンディが後ずさった時、天井から声が聞こえた。
「アーマンディ様!シェリル!」
言葉と同時に魔法が展開される気配がした。そしてその声の主は、床に足を付けたと同時に魔法を放つ。
「シェリル!正気に戻りなさい‼︎」
ジェシカの声が響き渡り、魔法がシェリルに直撃する。その魔法はジェシカがメイリーンに使った魔法。取り憑いていたものを倒す時に使った魔法。魔物を消し去る魔法。
「――――っ……お前――よくも‼︎」
シェリルが声を上げたと同時に体から、何か黒いものが出ていく。倒れるシェリルの身体。アーマンディは駆け寄り、浄化の魔法と回復魔法を同時にかける。
黒い何かは円形状の空間を彷徨う。逃げ場のない空間にジェシカが放つ魔法が広がり、そのまま煙が消えるようにふわりと消えた。
消えたことを確認し、ジェシカはアーマンディに近付く。
「アーマンディ様、大丈夫ですか?」
アーマンディは首を振る。大丈夫ではない。このまま自分がシェリルの近くにいると、誰よりも愛おしい人を殺してしまうと気がついたのだから。
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