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聖女なのに、男です。  作者: 清水柚木
公国王選挙編
117/204

第117話 理想(3)

ため息と共にベッドの倒れ込み、シェリルは枕を涙で濡らす。

冷静に話すはずだったのに、できなかった自分を不甲斐なくも思うが、それよりもやはりアーマンディの発言に苛立ってしまう。


「信じられない……」


頭にくるのは事実だ。でもそれでも愛している気持ちを抑えることができない。


ヴルカン公爵家の一目惚れを呪いだという者もいる。確かにそうだ。思いが届かなくても、裏切られても、それでも好きだという気持ちが抑えれらない。他の人は愛せない。


「最悪……」


受け入れれば良かったのではと思う気持ちも確かにある。彼の思惑はどうあれ、自分が望んでいる事でもあったのだから。


アーマンディの気持ちはシェリルにも良く分かっている。男でありながら聖女である役割を持つアーマンディはシェリルと現時点では正式に思い合っている事を、声高に言うことはできない。だからこそあのような発言が出たのだろう、だからこそ体の結びつきを求めてきたのだ。だがそれでは何かが違うと思い、シェリルは受け入れることができなかった。


純粋に自分を求めてくれたのではない。ただの子供の独占欲と同じ。そこにシェリルを思いやる気持ちはなかった。


「謝ってくれていたのに、許せなかった……」


子供だと自分でも思う。本来だったら冷静に受け止めて、交渉すべきだったのに。これが他人だったらできるのに……。


くるっと体を回して天井を見上げると、涙が自然と頬を伝わった。


こんな風に彼の言葉ひとつで泣いたり、喜んだりして、心が揺れてしまい自分を律する事ができず、相手に感情のまま言葉を発してしまうのは、思いが通じているからだろう。これが他人なら一歩引けるし、片思いなら嫌われたくなくて言葉を飲み込んでしまう。


シェリルはアーマンディの消えた壁を見る。

まだクローゼットの中にいる様だ。アーマンディの部屋にはルーベンスがいる。泣いたままでは戻れないのだろう。


惚れた弱みだと思いながら、シェリルは起き上がり迎えに行こうとする。するとアーマンディの気配が下へと降りて行く。


「ああ、避難路に行くのか……確かジェシカ様が聖属性の魔力を使った術を教えていたな……」


それを使えば簡単に降りれる。ましてや地下に今は敵はいない。危険はない。あそこは人間には毒となるほど聖属性の魔力が満ちている。心配はないはずだ。


「――――――、くそ!」


勢いよくベッドから降りて、アーマンディの部屋へと繋がる隠し扉に向かおうとした時、声が聞こえた。耳に心地良い美しい声。


振り向いたシェリルは、そこに立つ何かを見た。


「…………え?」






◇◇◇






避難路の床に軽い足音を立てて降りたアーマンディは、そのまま座り込み、膝を濡らす。


いつだってこうして自分の発言に後悔してしまう。特にシェリルが絡むと心の抑制が効かなくなり、心のままに言ってしまう。


「嫌われたくないのに……」


そう思ってるのに、わがままを言ってしまう理由が自分にも分からない。だけど、例え兄であってもシェリルをエスコートするなんて許せない。


アーマンディは兄であるカエンに聞いた。


ウンディーネ一族は嫉妬深い人間だと。自分の愛した人が他の人に触れられるのは我慢できない。他人に見られることすら嫌うと言う。それだけ執着心が強いのだと。


現に父のカイゼルは公の場であっても、母とは最低限しか出席しないと言う。それ以外は籠の中の鳥の様に屋敷に閉じ込めている。


メイリーンを殺す決心をした父は、本当は母に焼き殺してもらうつもりだったと言っていた。だが母が拒否したので一緒に焼かれるつもりだったと、兄から聞いた。


そしてそれこそがウンディーネの特徴だと言うことも。


愛する人に殺されるのは、喜ばしいことで、一緒に死ねるなら更に歓喜の声をあげる、それこそがウンディーネらしい性質だ、だから無意識で父は誰よりも喜んでいたはずだと……。


それを兄に聞いたときに、怖いと思った。でも今は分かる気がする。シェリルに殺されるなら喜んで受け入れるし、一緒に死のうと言われたら喜んでこの身を投げ出すだろう。


そしてシェリルが他の男性の元に行ってしまったら、彼女を殺して自分も死ぬだろう。


なんてことを考えてしまったのだろうと、アーマンディは首を振る。


これだから自分はシェリルに相応しくないのだ。だけどもう彼女のいない生活は考えられない。シェリルなしでは生きられない。


「我慢……できるかな?」

兄がシェリルをエスコートしている姿を想像しただけで、心臓がギュッと掴まれた様な気持ちになる。そんなものは見れないと、心が悲鳴を上げる。


ひとに……触られるのが嫌で、女性との行為を考えたら吐き気がしていた自分が、シェリルにはいつも触れたいと思っている。


一緒のベッドに寝たあの日、どれだけ欲望を抑えるのが大変だったか、きっとシェリルは知らないはずだ。

さっきの言葉だって、大義名分で……本当はいつだって抱きしめて、結ばれたいと思っているのだから。


「だめだめ……まだ僕達には、しっかりとした名目がないもの……シェリルに子供ができたら、未婚の母になっちゃう」


涙をぐいっと拭って、アーマンディは立ち上がる。

フェランに対する対応策を見つけなければ、シェリルを止めることはできない。つまり対応策さえ有れば良い。


「つまり……僕とシェリルの仲が疑われているのなら、僕が相手を探したって良いわけだよね」


問題は相手を誰にするかだ……眉を(ひそ)めて考えていると、上から魔法の気配がした。


シェリルは自分がここにいることを気づいている筈だ……そう思いながらアーマンディが上を見上げると、まさにシェリルが降りてくる。


「……もう怒ってないかな?」


立ち上がって場所を移動すると、いつもと違ってシェリルがふわりと降りてきた。


「……アーマンディ」


柔らかく微笑むシェリルが両手を広げる。その姿にアーマンディは違和感を感じる。


先ほどまで泣きながら怒っていた。なのに今は何もなかったかの様に笑っている。

しかもシェリルはこんな笑い方をしただろうか。こんな全てを包み込む様な微笑みを見せたことがあっただろうか。


「さっきは悪かった。あんな事を言ってしまって……でも本当は私もカエンにエスコートされるのは嫌だ。あなた以外に触られるかと思うと、身震いがする」


「……本当に?」


「ああ、あなた以外に触られたくない。だけどあなたにはもっと私を触って欲しいと思っている。愛して欲しいと」


これがシェリルの言葉だろうかと思うが、これは言って欲しかった……一番望んでいた言葉だと、アーマンディは思う。なぜなら自分はシェリル以外に触れない。触られたくない。なのにシェリルは誰でも触る。抱きしめる。額や頬に口付けまで落とす。それがいつも嫌だった。例えネリー相手だったとしても。自分だけの、自分しか見ないシェリルでいて欲しいと願っていた。


「……シェリル、抱きしめて……」


懇願すると、包み込むように抱きしめてくれる。

シェリルの匂いがする……つまり身体はシェリルなんだ、と思いながらアーマンディもシェリルを抱きしめる。


このシェリルは僕の思った通りに動いてくれる。


―それで良いのかい?―


このシェリルは僕だけを見つめてくれる。


―それで満足かい?―


このシェリルは僕だけのものだ。


―それが君の本当の望みかな?―


「本当の……のぞみ……」


「アーマンディ、誰と話をしているんだ?私だけを見て……」


「だれと……誰だろう。シェリルには聞こえないの?」


「聞こえないわ……ねぇ、他の人を見ないで、私だけを……見て……」


そんな言葉シェリルは使わないよ?


アーマンディはクスリと笑う。自分の耳に言葉を伝える彼のことが誰か、それは分からない。でも彼の言う事が間違っていない事は分かる。そう、間違っているのは自分。


「ねぇ、シェリル、本当にずっと僕だけを見てくれる?僕だけのシェリルでいてくれる?僕とずっと永遠にふたりだけでいてくれる?僕以外は誰もいらない?」


「…………もちろんよ。私とあなただけがいれば他に何もいらないわ」


「――嬉しい、僕は幸せだよ」


強く全てを独占するように愛おしい人の身体を抱き締めると、更に強い力で返される。それで満足だとアーマンディは安堵の笑みを漏らす。


―君が必要なのは器だけで、本当の彼女は必要がないんだね?―


この質問には答えない。答えたくない!ふたりきりの世界の何が悪いのだろう、これこそ自分が望む世界なのに!


そのとき、アーマンディの頬に何かが触れた。温かい何かはアーマンディの頬をつたい、そのまま口元へ降りてきた。


「…………え?」


口元に手を当てると、それが液体だと気がつく。しかも手にもポタポタと落ちてくる。


「……シェリル……泣いて……いるの?」


「ええ、うれしくて……」


その言葉が嘘だと言う事は良く分かる。言葉とは裏腹に苦しそうに歪む凛々しい眉毛。長いまつ毛をつたい涙が次々とこぼれ落ちてくる。赤い魅惑的な唇は悔しそうに歪んでいる。まるでアーマンディを責めるように。


「……し……シェリル……」


「なに?アーマンディ――」


「……あ、シェリル、僕はどうして……」


アーマンディに後悔の波が押し寄せる。どうしていつもこうなるのか!


シェリルの身体を強く跳ね除け、アーマンディは懇願するようにその()()を見る。


「お願いします、どうか、シェリルの身体を返して……」


「どうしてかしら?私はただ――――


伸びてくる腕から逃れようとアーマンディが後ずさった時、天井から声が聞こえた。


「アーマンディ様!シェリル!」


言葉と同時に魔法が展開される気配がした。そしてその声の主は、床に足を付けたと同時に魔法を放つ。


「シェリル!正気に戻りなさい‼︎」


ジェシカの声が響き渡り、魔法がシェリルに直撃する。その魔法はジェシカがメイリーンに使った魔法。取り憑いていたものを倒す時に使った魔法。魔物を消し去る魔法。


「――――っ……お前――よくも‼︎」


シェリルが声を上げたと同時に体から、何か黒いものが出ていく。倒れるシェリルの身体。アーマンディは駆け寄り、浄化の魔法と回復魔法を同時にかける。


黒い何かは円形状の空間を彷徨う。逃げ場のない空間にジェシカが放つ魔法が広がり、そのまま煙が消えるようにふわりと消えた。


消えたことを確認し、ジェシカはアーマンディに近付く。


「アーマンディ様、大丈夫ですか?」


アーマンディは首を振る。大丈夫ではない。このまま自分がシェリルの近くにいると、誰よりも愛おしい人を殺してしまうと気がついたのだから。

毎日18時に投稿します。

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