第116話 理想(2)
「ルーベンスのせいですっかり話が逸れてしまいましたね……」
「そうですね、でもシェリルの話がたくさん聞けて、僕は嬉しかったです」
「鈍感とか……そういう話ですか?」
「それもそうですが……シェリルが良く言っている一目惚れの本当の意味が判りました。僕は今まで言葉通りの意味にとっていたので……」
「言って……なかったでしょうか?」
気不味そうにアーマンディを見るシェリル。その姿にアーマンディは呆れるを通り越して笑ってしまう。政務においては卒なくこなす彼女がこうも人の心の機微には鈍感なのかと。
「言ってくれていたら、僕はもう少し嫉妬を抑えられていたかもしれません。だってシェリル様は僕以外は愛せなくなったんでしょう?」
「そうですね。それがヴルカンの本能です。あなたに会えて、そして想いが通じた私は幸せ者ですよ」
「――っ、あ……はい、そう…あの、ありがとうございます」
そうかこういう言葉を照れずに言わなければシェリルには想いが届かないのだと、アーマンディは学習する。つまり真っ赤になっている場合ではない!と思うが、顔は勝手に赤くなる。
「……あ、あの、それで、確か、なんだっけ?あ、フェラン公国王にシェリルが僕に一目惚れをしたところを見られていたって、話でしたね」
結果、こうやって話を戻すことしかできなかったと、アーマンディは涙目になる。なんて情けないのだろう。と思うが、自分の性格は変えられない。
「そうです。幸いなことにアディが男性であることは気がついていません。フェランは私が女性に恋をし、聖女と恋仲であることをネタに私を脅迫しようとしたのでしょう。実に浅はかではありますが、的確な脅しでしょう。もちろん私が女性の聖女と恋仲であるのならば……ですが」
「どうしてそんなことをしたんでしょうか?」
「現在のところ公国王出馬に名乗りをあげているのは、フェランと叔父のノヴァーリスのふたりのみです。ヴルカンの票はすべて叔父に入るでしょう。そして今はヴルカン公爵家とウンディーネ公爵家は、アディを通じて仲が良くなっています。そうなるとウンディーネの票も叔父に流れます。シルヴェストル公爵家はフェランと仲が良くありません。そもそも世間ではアジタートを聖女から追い落とす立役者としてフェランの名が挙げられるくらいですからね。そうなると、シルヴェストルの票も叔父に流れるでしょう。今のままでは完全に負け戦です。そのため、私と聖女であるあなたを脅して票を獲得しようとしたのでしょう」
「そうなんですね。確か前に聞きました。僕が一番ポイントを多く持つと……次は序列第2位である聖女の騎士であるシェリルと……あ、大神官様は?」
「彼の方は政治とは無縁ですからね。公国王であったアジタートの父親が罷免をする時と、あなたを聖女にする時には協力したそうですが、それ以外では基本的に政治に関わろうとはしません」
「アジタート様のお父様が公国王であった時には、増税をし、失策が続いたと聞きました。シルヴェストル公爵家以外の公爵で罷免したと」
「ええ、公国王を罷免するには、4公爵のうち、3公爵のサインと大神官のサインが必要です。もしくは聖女のサインですが、当時はアジタートが聖女でしたから無理だったのでしょう」
「そうなんですね。アジタート様のお父様が公国王だったと言うことは、公爵ではなかったのですか?」
「アジタートの父は公国王になりたかったため、公爵位を息子に譲りました。公国王に年齢制限はありませんからね。今回がたまたま、公爵の兄弟というだけです。叔父が見つからなかった場合は、我が家は祖父を出す予定でした」
「なんとなく、判りました。でもどうしてフェラン様は女性である聖女と聖女の騎士が恋仲だと思ったんでしょうね?」
「どうして……それはあなたのせいでもあります」
「僕ですか?なぜ?僕はそんなに人目に触れる機会はないですよ?」
「メイリーンの誕生日会であなたは私をチラチラ見てましたよね?先日の建築士との打ち合わせでもそうです。あなたは顔にすぐ表情が出る。まずはそこを直してください」
アーマンディはシュンとなり下を向く。
思い起こせば、妹の誕生日会の時もシェリルが男性に話しかけられる度に気になって見ていた。仲良く談笑しているのを見ると嫉妬の炎が燃え上がった。その炎はテシオとメイリーンが消そうと努力してくれたけど、やっぱり無理だった。だけど……今は違う。自分はシェリルに捨てられないと言う自信がついた!
「判りました。がんばります、シェリルのために、嫉妬を見せない男になってみせます」
空回りしそうだが、大丈夫だろうかと不安になるシェリルだが、良い傾向だとも思っている。
これでカエンとの事も言うことができそうだ。
「そうですか、それは頼もしいですね。ではこれから私がフェランの気を逸らす作戦を話すので、そこであなたの頑張りを見せてください」
「判りました、具体的に何をすれば良いのですか?」
シェリルは姿勢を正す。これから話すことでアーマンディが動揺しても、自分が揺るがないように。
「私はフェランに、私が愛しているのはカエンで、見た目が似ていたアディと間違えてしまったと言いました。これから私はカエンに恋をするふりをします。カイゼルが協力してくれると言ったので、ふたりで出かけることもあるでしょう。その際に温かい目で見守ってください」
「い――嫌です!それは無理です!」
即座に否定するアーマンディに、シェリルは鋭い視線を送る。
「アディ、今、その口で頑張ると言ったじゃないですか。嫉妬を見せない男になって見せると……そもそもこれは作戦です。本当に恋人なるわけではない。演技です!」
「だとしても……いやです。だって僕はシェリルとデートした事もないのに、兄様から先を越されるなんて――」
「デート?聖女の騎士である私と小公爵のカエンが街中でデートはあり得ません。非公式の夜会に出たり……あとは、そうですね、公国王選挙の際にガーデンパーティを催すので、そこでエスコートしてもらおうかと……」
「エスコート……つまり……シェリルはドレスですか?」
「聖女の騎士就任前は公式行事は、私は全てドレスで出席でしたよ?あなたの聖女就任式は、聖女の騎士の可能性があったので騎士の礼装でしたが……」
「僕は……ドレス姿のシェリルを見た事はありません……いつも騎士服ばかりで……エスコートだってした事ないのに……なのに兄様に先を越されるなんて……そんなの耐えられません」
思った以上にうまくいかないとシェリルは天井を見上げる。
「だから、これは演技だと……あなたも頑張ると言ったじゃないですか」
「撤回します!振りであっても、他の人と恋人になるシェリルは見たくありません!」
「ではフェランへの対策はどうするんですか?」
「……それは……」
わがままなことはアーマンディも分かっている。だけど、認めるわけには行かない。そしてフェランへの対策を言わなければ、この話が進まないことも。
「私と会った時、あなたは自分の意見を言うことなどなかった。ですからそうやって自分の思いのままに私に意見を言ってくれるのは、実はとても嬉しいことではあります。私にだけ見せてくれる我儘も、とても愛らしいと思っています。ですが今回は違います。そして今後もあなたは聖女として、私は聖女の騎士として感情を律する事が必要になります。その予行練習として、今回のことは飲み込んでください」
「…………はい」
返事はしたものの認めたくない。アーマンディは膝の上の手をギュッと握りしめる。俯いた顔からは涙がこぼれそうだ。
「ルーベンスに聞いたでしょう?私はあなた以外は見えません。興味もありません。私が生涯を捧げるのはあなただけです。それだけは信じて下さい」
シェリルの言葉は間違いなく真実だと分かっている。だけど、それでも嫉妬の気持ちは抑えられない。抑えられそうにない。シェリルが自分のものだけと言う証拠が残せれば良いのに……でも婚約することも、結婚することも聖女であり女性とされている自分にはできないと思うと、やはりアーマンディは苦しくなる。いつだって最終的には、思ってしまう。なぜ自分は男なのに、聖女なんかやっているのかと!
「……シェリルが僕だけのものだと、それを証明できますか?」
「証明ですか?言葉以外になにを?」
「――る、ルーベンスが言ってました。か……体も結ばれれば、契約の魔法の力は強まると……僕の物だと言うなら……僕と……ッ……」
言ったと同時に後悔が押し寄せた。これではまるで引き換え条件だ。こんな形で関係を求めるのは間違っている。
後悔と共にシェリルを見ると、シェリルはアディに鋭い視線を向けている。その視線には侮蔑と怒りが見える。
「そうですね……あなたが私を心から求めてくれているのであれば、私はいつでも受け入れますよ」
「あ……あの……シェリル……」
「ですが、今のあなたは私を抱いて、それで満足ですか?そうする事であなたが嫉妬もしなくなり、私とカエンが恋人同士のフリをするのを穏やかに見ていられると言うのであれば、それも良いかもしれません」
「ち――違うの……、し、シェリル、ごめんなさい」
「まさかこんな風に求められるとは思っていなかったです。引き換え条件だなんて……それであなたが満足するなら、そうすれば良いじゃないですか!」
「シェリル――ごめんなさい、あの……あ……」
アーマンディは言葉を止める。シェリルの目に光る涙が、言葉を紡ぐことを許さないように流れる。
「出ていってください!」
何も言えずアーマンディは部屋を出る。言ってしまった言葉は、戻すことができないと分かっていたのに、またやってしまった。その後悔の心と共に。
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