第115話 理想(1)
「終わった!」
「終わったね、ありがとう、ルーベンス」
アーマンディとルーベンスは決済書を終わらせ、ふたりで手を取り合って喜んでいた。ルーベンスには触られてもなんとも思わない。それが嬉しくてアーマンディは思いっきり手を握り返す。
「そろそろシェリル姉が帰ってくるかな?スケジュール管理はシェリル姉が帰ってからにしようよ。アディ兄も疲れたでしょう?」
「疲れたけど、シェリルの助けになったかと思うと嬉しいから問題ないよ。ルーベンスには付き合ってもらって申し訳ないけど……」
「シェリル姉を助けようとするアディ兄の助けになれて、俺は幸せだよ」
人の心をほぐすような言葉を紡ぐルーベンスは、シェリルとは姉弟なのに随分と違うとアーマンディは思う。だからついつい弱音を吐いてしまう。
「僕はいつも不安なんだ……シェリルが僕を捨てるんじゃないかって……だから、いつも必死で……から回りしちゃて……迷惑をかけてばかりなんだよ」
アーマンディが視線を床に落とすと、ルーベンスはその顔を更に下から覗き込む。
「なんで?シェリル姉が他に行くわけないでしょう?アディ兄はシェリル姉の一目惚れの相手なのに……」
「……そんなの関係ない事くらい、世間知らずの僕だって知ってるよ。人の心は変わっていくものだって本に書いてるもの」
「もしかしてアディ兄は、ヴルカン一族の一目惚れを知らない?」
アーマンディが目を瞬くことで、ルーベンスはアーマンディが『一目惚れ』の事を知らない事が分かった。
説明不足にも程があると思ったが、相手はシェリルだ。仕方ないとも思った。それに恋は盲目だ。あの何もかもそつなくこなす姉が、アーマンディの事だけはうまくできていない事も知っている。
だからルーベンスはアーマンディにヴルカン一族の『一目惚れ』について詳しく話をした。
◇◇◇
「じゃあ、ヴルカン一族は本能で相手を選んで……更にその人と結ばれる事で、契約書の魔法を行使できる様になるの⁉︎」
「そうだよ。まぁこれはヴルカン一族の機密だけどね。だからね、父上もお祖父様も契約書の魔法が発動できる。兄上は一目惚れしたけど思いが通じてなかったから発動できなかった。でもデルフィに告白して、一年後の婚約が決まったら少しだけ使える様になったって。シェリル姉は想いは通じ合えたけど、体はまだでしょう。それに婚約も結婚もしてないから、まだ初歩の契約魔法しか発動できないって聞いたよ」
「……ぅつ、か、からだ……」
真っ赤になるウブなアーマンディに、説明に夢中なルーベンスは気が付かず、指を折る。
「ノヴァーリスおじ上は一目惚れの相手を見つけたけど、振られちゃったから契約の魔法は使えないって。でもネリーっていうふたりが結ばれた愛の証があるから、今後使える様になるかもって父上が言ってた」
「あ……愛の……あかし」
「アディ兄は会った事ないけど、父上の次の弟……つまり叔父だけど、その人は一目惚れの相手が見つからないまま30歳を超えたから、一目惚れできない様に契約書で魂を縛ってから結婚したんだよ。そうしないと結婚した後に一目惚れの相手が見つかったら不幸だからね」
「え……だってノヴァーリス様は……」
「叔父上はひとりの女に囚われるのは嫌だって言って家を飛び出したから、魂を縛ってないんだよ。実際、あちらこちらに彼女がいたよ。里帰りして侍女に手をつけて、逃げるように出ていったこともあるし……でも、そんな叔父上も一目惚れの相手ができたら他の女性に見向きできなくなったって言ってたよ。ヴルカン公爵家の一目惚れは恐ろしいって。だからね、シェリル姉がアディ兄を捨てるなんてあり得ないんだよ。それこそアディ兄が浮気したって、シェリル姉は許すだろうし、アディ兄が先に死んでもシェリル姉が誰かと結婚するなんてあり得ないよ。そのくらいヴルカンの一目惚れは絶対なんだから、安心してよ」
「そう……なんだ」
「嬉しそうだね?」
「うん……そうだね、嬉しい。シェリルが本能で僕を選んでくれたんだと思うと、とても嬉しいよ」
「それに、ギネもアディ兄以外は認めないから大丈夫だよ」
両手で頬を覆いながら、アーマンディはトクトクと強くなる心臓を感じ、こんなに嬉しいことがあるのかと、幸せを噛み締めている。ルーベンスから教えてもらった事実で、アーマンディは自信を持てた。シェリルから捨てられることはないという自信を。
「あ――シェリル姉が帰ってきたみたいだよ」
「ええ?ど……どうしよう、ルーベンス、なんだか恥ずかしいし、それに、照れくさいし」
「いや、意味同じだし、それにもう遅いよ、ほら……」
ルーベンスが扉を指差したと同時にシェリルが部屋に入ってきた。
「お帰り!シェリル姉……ってノックは?」
「私の部屋に入るのにどうしてノックが必要なんだ……アーマンディ様は顔が赤いですが……どうして?」
シェリルが近付いき、アーマンディの頬に手を当てようとしたら、さっと逃げられた。
「……え?」
「あ……ご、ごめんなさい!お……お帰りなさい。えっと公国王との話し合いはどう……でした」
「……ただいま戻りました」
視線を合わせようとしないアーマンディに戸惑いを感じ、シェリルはルーベンスを見る。するとルーベンスは、俺は悪くないというように首を振る。
「あの……し、書類はルーベンスに手伝ってもらって進めました。確認をお願いします。それで次は、その……スケジュール管理をしようと思って、それで、その……えっと……それはシェリルと一緒じゃなきゃって、ルーベンスが言うんです。だから一緒にやりましょう。僕、頑張ります!」
辿々しく、更にかわいらしさが増したアーマンディの姿に、ルーベンスは困惑しながらシェリルを見るが、シェリルはいつものことと言うような表情だ。
姉の鈍感力がすごいのか、スルースキルが高いのか分からないが、ふたりの間にとてつもない温度差を感じ、ルーベンスは顔を引きつらせる。これではアーマンディがシェリルの愛を疑っても仕方ない。
そしてルーベンスの感情も、アーマンディの照れにも気がつく事なく、シェリルは通常運転だ。
「ありがとうございます。その前に話があるのですが、そうですね……落ち着いて話したいので、ルーベンスは……」
「え⁉︎大事な話ならルーベンスも一緒が良いです!」
「ええ、嫌だよ――大事な話ならふたりで話してよ!俺はこれ以上巻き込まれるのは嫌だよ」
「そんな……だって、ふたりきりはちょっと」
ちらっと上目遣いでアーマンディに見られると、嫌だとは言いにくい。ルーベンスはなんとかしてよと、シェリルを見る。だがシェリルは仕方ないと言ったふうな表情だ。
万事休す、ルーベンスは恋人同士に囲まれて、話を聞くことになった。
◇◇◇
「ええ⁉︎ではフェラン様は、シェリルが一目惚れした所を見てたんですか」
「その様です。あの時の私はあなたの姿しか見えなくて、周囲に気を配る余裕がなかった……情けないことです」
また熱烈な告白を受けた!と思うとアーマンディは喜びから、真っ赤になる。
「……ぼ……僕……僕も、あの時はシェリルを見てました!な、なんて綺麗な人だろうと……そ、そう思って見てました!」
何この空気……俺、お邪魔虫じゃない?とルーベンスは思うが、逃げられない。しかもその言い方だと姉は言われ慣れてるので、社交辞令と取るはずだと思っていると、まさにその通りの回答がシェリルからもたらされる。
「……ありがとうございます」
ああ、やっぱりね、とルーベンスは思うが、真っ赤になって俯いているアーマンディは気がついていない。
「アディ兄、その言い方はシェリル姉の心に響かないよ。せめて、『あなただけしか見えなかった』とか、『他の人に目が映るわけがない』とか言わないと……」
「ええ⁉︎そ……そんな、そうなの?」
「そうだよ!シェリル姉はめちゃくちゃ鈍感なんだよ!俺が言った言葉もアディ兄が言えば別かもだけど、他の人に言われたら社交辞令だと思ってそのままスルーだよ。シェリル姉とパーティーに出て、それで撃沈する男の人を俺は何人も見てきたんだよ!とにかく酷いんだ」
「そ……それは良かったんだけど……じゃあなんて言えば良いの?」
ふたりの会話にシェリルは苛立ちを隠せず、その怒りをルーベンスの頭を殴ることで解消しようとする。だがルーベンスは分かっているかの様に避けて、アーマンディの背中に隠れる。
「とにかく愛の言葉だけじゃ足りないんだよ!行動で示さないと!アディ兄の相手はシェリル姉だよ。パーティーで男の視線を釘付けにしてる癖に、『私が来ると静かになる……嫌われているのだろうか』とか平気で言ってる人だよ。アホほど鈍感なんだ!」
「ルーベンス‼︎」
シェリルの鉄拳を更に逃れ、ルーベンスは隠し扉の前に逃げる。
「じゃあ、アディ兄、あとでね!」その言葉を捨て台詞とし、ルーベンスは脱兎のごとく逃げて行く。
残ったのは苦虫を噛み潰した様な顔のシェリルと、真っ赤になったアーマンディ。ふたりは視線を合わせてそして、笑った。
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