第114話 ルーベンス到着&公国王フェランの策略(3)
一方その頃、シェリルは公国王フェランと共に優雅に紅茶を飲んでいる。
公国王フェランと聖女の騎士であるシェリルは序列第2位。同列であるが故に打ち合わせは公国王城にある一室で、ふたりのみで行われている。
ゆったりとした椅子は座り心地がとても良い、だが問題は目の前に座る公国王フェランだと思い、シェリルは改めてティカップを置く。
フェランの髪色は太い樹木のような焦茶色で、同じ色をした髭で口元を隠している。濃い紫色の瞳は鷲のように鋭く、獲物を逃すまいとしているようだ。温和な雰囲気の兄とは違い、公国王フェランは油断ならない雰囲気を漂わせている。
「引き継ぎのはここまでですな」
「ええ、分かりやすくて助かりました」
お互いが思惑を隠してニコリと笑う。
どうやら兄のアトスよりフェランの方が慎重に扱わなければいけない相手だと、シェリルはフェランをじっと見つめる。
元々兄より優秀だとは聞いていた。だが公爵家は基本的に第一子が継ぐ。その結果、二番目の子供の方が優秀だという話がでるのは良くあることだ。それで確執が生まれることがあることも。
「そう言えば、今朝は兄がアーマンディ様に失礼なことをしてしまったとか……。兄は昔からトゥールに甘かったので、ついつい我儘を聞き入れてしまったのでしょう」
「トゥール?アーマンディ様はシャルロット公爵夫人の件で怒られたのですが?」
「おや……そのように仰いますか……兄の真意などお分かりだと思っておりましたが……」
「それを表沙汰にする気ですか?お互いの為に秘密にしておいた方が良いのでは?」
「恋があそこまで人を愚かにするとは思わなかったのですよ。普通に考えれば判りそうなものになのに……」
嫌な流れだとシェリルは思う。今朝の件は表沙汰にするべきものではない。なぜならグノーム公爵家が不利になるからだ。そして公国王であっても、家には縛られる故にグノーム公爵家の恥をここで晒すのは悪手だ。だがフェランは他人事のように話している。
……真意を探るつもりはない。シェリルは話を流そうと決意する。
「恋は盲目と言います。そのせいで見えていた物も見えなくなってしまったのでしょう」
「確かにそれはありますね。恋はするものではなく、落ちるもの……恋に落ちる女性の美しさは格別です」
「……詩人の様な事を言うんですね」
「見たことがあるのですよ。恋に落ちる瞬間の女性を。彼女のご家族は気が付きませんでしたが、私は通路を挟んで彼女の正面にいましたから、良く見えました。その美しさに年甲斐もなく見惚れてしまいました」
ふっと笑って、フェランはまっすぐシェリルを見る。
フェランが見た女性と言うのはシェリルの事だ。大聖堂で行われた聖女就任の儀の際に、アーマンディが歩く通路を挟んで、公国王であるフェランは正面の右手側に、聖女の騎士候補であるシェリルは家族と共に左側にいた。
シェリルはアーマンディを一眼見て恋に落ちた。その時は周囲に気を配る余裕はなかった。
さて、どうするか……シェリルは頭の中で計略を巡らせる。誤魔化すことはできなそうだ。となるとフェランがどこまで知っているか探ることが先決だ。
「さて……なんのことやら」
「ふむ……そう来ましたか。まぁ、確かに誰にでも言える事ではありませんね。聖女の騎士始まっての醜聞になってしまう」
聖女の騎士始まっての醜聞……シェリルは頭の中で復唱する。つまり、フェランが対象としているのは自分だけだとシェリルは判断する。
これがアーマンディであるならば問題だ。彼には弱点が多すぎる。それの最たるものが男性であると言うこと。だがそれだけではない。彼は聖女としての教育も受けていなければ、公爵令息としての知識もない。更に聖女の館で虐待を受けていた。これら全てがアーマンディの弱点となりうるものだ。
現在、それを知るものはごく一部としている。
アジタートがいた時代、聖女の館で働いていた者の多くがこれらを知らない者達だった。その者達は退職の際に、多額の退職金と引き換えに聖女の館で働いていた時の事を話せなくなる魂を縛る契約をしている。退職を拒否した者は引き続き働いている。そう言った意味では情報が漏れることはない。
アーマンディではないと確信できれば、たいしたことではない。シェリルは真正面からフェランの視線を受け止める。するとしたり顔のフェランはつらつらと話し出した。
「最近のあなたの表情は穏やかです。しかも実に美しくなられた。ですから……私はその恋に落ちた女性は、もう恋が実ったのではと、邪推しているのですよ」
にこりと笑うフェランに、シェリルは柔らかな視線を向ける。ここからは化かし合いだと思いながら。
「どうやって上手くいくと言うのですか?それは無理があるのでは?」
「そうですね……自由恋愛が認められているとは言えど、世間の目はまだまだ厳しい。それ以前にお相手の方にその気がなければ、まず無理でしょう。ですが幼い頃から女性ばかりに囲まれて育ったのです。男性を怖がるかも知れませんし、世間知らずでしょうね。シェリル嬢は女性でありながら、実に倒錯的な姿をしていらっしゃるので、つけいる隙があったのでは?」
やはりアーマンディが男性であるということは知らないようだと思い、シェリルは安堵する。まぁ、あの姿を見て女性であることを疑うことはないとは思っているが……。
「メイリーン嬢の誕生日会の際も、アーマンディ様はあなたの事ばかり気にしていらっしゃった。チラチラとやたら見ていたと聞いておりますよ」
アーマンディが顔や態度に出すのを本当になんとかせねばと、シェリルは決意する。これでは今後の政務活動に支障がでる。
「ええ、確かにアーマンディ様は私を何度も見ていました。でもそれは私を見ていたのでありません。私に積極的になれと目配せしていたのですよ」
「目配せ?」
「私は勘違いしてしまったのです」
「勘違い……ですか?」
シェリルは視線を儚げに落とし、だけど恋する乙女の表情を顔に浮かべる。それは愛する人のことを思えば簡単にできる表情だ。
「確かに私はアーマンディ様を見た際に一目惚れと似た衝撃が走りました。ですが一目惚れは自分に相応しい伴侶を探すための、ヴルカン公爵家の人間のみがもつ本能。より良い子供を作る為のものです。女性相手では子供を作ることができないでしょう。だからあり得ません」
「確かにその説は良く聞きますが……では誰と」
「カエンです」
にっこりと笑うシェリルは、半ばヤケクソだ。カエンとだけはあり得ないと、心の中で罵る。
「アーマンディ様と一緒にウンディーネ公爵家に行った際に気がつきました。私の相手はカエンだったと……あの方とカエンは良く似ています。間違えても仕方ない」
「た……確かに良く似ていますが、そんなまさか、ヴルカン一族が相手を間違えるなど……」
「ええ、確かに私も恥ずかしくて中々言えませんでした。家族にも言ってません。ですが事実です。アーマンディ様はご存知ですから、メイリーンの誕生日会に私を同伴してくださり、カエンに話しかけろと目配せしていたのです」
疑いの眼差しを向けるフェランに、畳み掛けるようにシェリルは言葉を紡ぐ。
「思えば幼いころから彼のことは気にかけていましが、恋に無頓着で、更に聖女の騎士としての教育を早くから受けていた私は、恋心に気が付きませんでした。ですが、親たちは分かっていたのでしょう。遊ぶ私たちを見て、私とカエンが将来結婚するなど話をしていたようですから」
我ながら良くここまで嘘がつけると思いながら、シェリルはフェランをもう一度見る。
「今は私の片想いです。私は聖女の騎士としての仕事もありますし、中々彼と会う機会がありません。それだけがとても辛いです……」
本当は会いたくないと言うのがシェリルの本音だ。会ったら会ったで嫌味を言うに決まっている。
思えば子供の頃からやつは嫌味くさかった。1歳年上なだけなのに、これはダメだ、これを食べろ、これをしろなど、色々言ってきていた。いつだか隠れんぼをして遊んだ時に、飽きてしまって親の元に戻ろうとしたら怒られた。最後までやるべきだと!……と、思い出し怒りを覚えるが、それは見せずにシェリルは瞳に女性らしい哀しみの色を湛える。
こう言った女性らしい表情は、ヴルカン公爵家では習わない。聖女の騎士の教育ではもっての外だ。母であるアリアンナと乳母であり師でもあるミルバより、使える武器はなんでも使えと習った。その際に下心がある男の心を捉える方法として習った。
そしてそれは効果覿面らしい。フェランは好々爺のような表情を浮かべる。その目は弱点を探ろうとギラつきながら。
「そうですか。それは確かに辛いですね。実はこの度、カイゼルから申請がありまして、今まで領地にいたカエンを中央都市へと来させると言うのです。そして自身は領地に戻るとも。現状は私の決済待ちですので、早急に承認するようにしましょう」
「ああ……それは素晴らしいですね!ぜひ!」
「シェリル嬢のドレス姿も久しく見ておりません。公式の場以外であれば問題ないでしょう。私的な催し物に招待いたしましょう……おふたりを」
「ありがとうございます」
「あとこれは特例中の特例ですが、聖女の騎士が在任中で更に聖女の館の安全が保証されている場合に限り、公国王選挙中は公国王城に身体を移すこともあるとか……。私もそろそろ選挙の為にここを離れますし、その際にご自由に過ごすことも可能ですよ」
まるで自分の家のように語る…と頭の中で揶揄しながら、それでもシェリルは乙女の表情で頬を染める。
「いまは祖母とジェシカ様が聖女の館にいらっしゃるので、確かに安全ですね。でも、さすがにそれはあからさまじゃないでしょうか……」
「いやいや、1ヶ月しか期間はないのですよ。私もシェリル様の恋愛に全面的に協力しますので、頑張りましょう」
「強い味方を得れて嬉しいですね」
と、笑顔でシェリルは言いつつも、どうやってアーマンディを説得するか……そればかりを考えていた。
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