第111話 グノーム公爵家(2)
中央都市にあるグノーム公爵邸の焦茶の門を潜り抜けると、広大な緑の庭園が広がっていた。どこまでも広がる庭園の中を馬車で走っていくと、その先に開かれた門があり、紫色の衣装を身に纏った一団が整列して立っていた。
ゆるりと止まった馬車からシェリルのエスコートでアーマンディはゆっくりと降りる。目の前にいるのは30名ほどだろうか。
中央には現グノーム公爵アトスがいる。
焦茶色の髪。アメシストの様な紫色の瞳は丸みを帯びていて、優しい印象だ。全体的に体もふっくらとして丸いからだろうか、優しそうな笑顔が本物に見える。シェリルが見かけとは違うと言っていた人物だ。
アトスの右横にはデルフィがいる。
シェリルの友人であるデルフィは、菫の花のような可憐な瞳の色をしている。その色は神秘的で吸い込まれそうなほど美しい。大きなぱっちりとして瞳は、父親に似たのか丸みを帯びていて可愛らしい。
身長も低く、可憐な姿は男性であれば思わず庇護欲が湧いてくるだろう。シェリルの言うように気の強い女性だとは思えない。
アトスの左横にいるがトゥールだ。以前釣書で見た顔よりは弱々しい姿だと、アーマンディは記憶を辿る。そう言えば誰かが言っていた。釣書にはより良く写っている写真を載せるのだと。だがそうすると実物と会った時に詐欺ではないかと思っていたが、これでは確かに詐欺だと少し面食らってしまう。
挨拶は上位のものから行うものだ。そしてスピカ公国での第一位は聖女であるアーマンディだ。聖女の騎士であるシェリルは第二位だが、騎士として護衛の立場にあるので挨拶には加わらない。それが公式での決まり事だ。
「アーマンディ・ウンディーネよ」
名前のみを端的に述べ、右手を前に出すとアトスがその手をとり深くお辞儀をする。そしてその手を離した時が会話をする合図となる。
「光り輝き、スピカ公国に安寧を届ける聖女、アーマンディ・ウンディーネ様が拙宅へといらっしゃったこと、我が家の誇りとなりましょう。この度グノーム公爵となりましたアトスと申します」
「光の波を召喚し、我らに癒しを届けて下さった尊き方を拝顔でき夢のようでございます。この度、小侯爵となりましたデルフィと申します」
一旦深くお辞儀をし、そして顔を上げたデルフィがアーマンディの目を捉えた。その瞳の言わんとすることが分かったアーマンディは、挨拶をしようと一歩前に出たトゥールを手で止める。
「アトス、デルフィ、公爵と小公爵の就任おめでとう。ところで公爵夫人のシャルロットはどうしたの?」
完全に出鼻を挫かれたトゥールは、そのおどおどした視線をアトスに向ける。アトスは想定内だと言うように悪気のない笑顔で答えた。
「申し訳ございません。妻は朝になって体調不良で起き上がれなくなりまして」
「そう……わたくしが来る直前に体調不良になられたのね?」
アーマンディの言葉に、これは上出来だとシェリルは内心感心する。
元々、アーマンディは頭が良い。それは分かっていた。初めて会った時にも、聖女の教育を受けたことがないとは思えないほど、しっかり受け答えをしていた。知っていたはずなのに、いつも自分に向ける顔が甘え顔ばかりだったので、失念していた。
今の言葉の真意は自分に会いたくないから、直前に病を得たと言っているのでは、と言う趣旨の嫌味になる。本来、迎える側のグノーム公爵家の人間が体調不良であるならば、先行で伝える必要があったのだが、トゥールとアーマンディを会わせたいがために、策を弄したアトスが失敗したのだ。
「いえ、そのような事はございません。ここ最近は私の公爵就任の儀や、娘の小公爵就任の儀が続いておりましたので疲れたのでしょう」
「そう、疲れが溜まって、わたくしが来る直前に、病を得てしまったのね?おかしいこと……」
アーマンディはフフっと笑う。その笑みは人の心を凍り付かせるようで、グノーム公爵の人々はざわつく心を止めることができず、アトスをチラチラと見るものがいる始末だ。
それを咎めることなくアーマンディは、すぐ後ろに立つシェリルを見る。
「ねぇ、シェリル、わたくしはシャルロットが本日不在であることを聞いていなかったのだけど、あなたは知っていた?」
「いえ、私も聞いておりません。本日、グノーム公爵家より連絡はありませんでした」
ざわっとどこからか風が吹き、庭園の花々を揺らす。それが合図の様にアーマンディは氷のような微笑を人々に向ける。
「ごきげんよう、グノーム公爵家のみなさん、今日は帰るわ」
アーマンディがシェリルへ手を差し伸べると、御者が心得たように馬車の扉を開ける。追随してきた聖騎士達は再び馬へと乗りこむ。
「お――お待ちください!」
声を上げようとしたアトスをデルフィが止めるのが、アーマンディの目の端に映った。そしてデルフィがアーマンディに向かって、ウィンクする姿も。
アーマンディがシェリルのエスコートで馬車に乗り込むと、シェリルから「上出来です」と耳元で囁かれた。
◇◇◇
「あれで……良かったのですか?」
先ほどの冷淡な姿のアーマンディは消え、今は上目遣いでシェリルをじっと見るアーマンディがいる。随分と違う姿だと思いながら、シェリルは言葉を紡ぐ。
「ええ、良くデルフィの意図に気がついてくれましたね」
「目が合って、それで……多分、怒って帰った方が良いと言ってるんだと……間違っていたらどうしようかと思ったんですが、デルフィ様の口の端が笑っていらっしゃたので大丈夫かなっと思ってました」
「ああ、あれは私にも見えました。もう少し上手く隠せと言っておきます」
「ふふ、デルフィ様はとても可愛らしい方でしたね」
「……好みでしたか?」
探るような視線を投げかけてきたシェリルに、アーマンディは必死に首を横に振って答える。
「ぼ…僕は、シェリル以外を目に映すことは……な、ないです!」
シェリルは目を瞬く。今の言葉はアーマンディのためにシェリルが良く言う言葉だ。どうやら言われ慣れているセリフを言うのは苦手らしい。でも使うと言うことは、言って欲しい言葉なのだろう。
「それは嬉しいですね」
ニコリと笑って返事とし、シェリルは言葉を更に紡ぐ。
「おそらく近いうちにグノーム公爵家から謝罪の言葉と、新たな招待状が届くでしょう。少し無視するか、どうするかはゆっくり考えましょう」
「分かりました。では今日はこの後はどうしますか?予定が空いてしまいましたけど……どこか行きますか?」
「残念ですが、私は午後から公国王のフェランと打ち合わせがあるので、帰らなければいけません」
「何の打ち合わせですか?」
「次の公国王選挙の打ち合わせです。公国王選挙の間は、公国王が不在となるので、その間は私が代理で仕事をするんです」
「ええ!そんなシェリルは今だって忙しいのに――そんな……寝る暇も無くなってしまう……」
「大丈夫ですよ。ルーベンスがネリーと入れ替わりにやってきます。そうすれば仕事も手伝ってもらえますから」
「そんな手続きをいつの間に?だってルーベンス君の話は昨日の夜の話ですよね?」
「昨日あなたがいなくなってから手配しました。そうでなければネリーが朝イチでヴルカン公爵邸に行けませんよ」
「それはそうですが……じゃあ、シェリルはいつ寝たんですか?」
「昨日は……あれから、少し仕事をしてお風呂に入って寝たので、それでも3時間は寝ましたね」
「さ……3時間⁉︎そ、そんな……その前の夜は眠っていないと言ってたし……、では帰って少し寝てはどうでしょうか?僕は大人しくしてますから……だから……」
「はぁ、でも私は基本的に睡眠時間は少ない方ですし、問題ありませんよ。まだ仕事も残っていますし……」
「だめです!その仕事は僕とルーベンス君でします。ああ、早く帰ることができて良かった。急いで帰りましょう」
アーマンディは御者に急いで帰るように伝えた。聖女の館に帰ったシェリルを待っていたのは、寝かしつけようと空回りした結果、暴走したアーマンディの子守唄だった。
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