第109話 キスマーク(4)
「……そんなことが?ごめんなさい……本当に覚えてなくて……」
「いえ、良いです。あなたが無事で良かった」
自分の不名誉も潔白になって良かったとシェリルは心の中で呟いた。
「だからネリーを呼び戻したんですね。でもネリーは父親と一緒にいたいと泣くんです。その姿を見ると、僕の心も痛んで……なんとかならないでしょうか?」
「ああ、そうですか。それは可哀想なことをしました。叔父はこれから公国王選挙に出ます。その際に娘を伴っていた方が外聞が良いので、本来なら公国王が決まるまでネリーは叔父と一緒にいてもらう予定だったんです。その後は聖女の騎士教育を始めるので、メイリーンと共に聖女の館へ入館させるつもりでした。だから一緒に暮らせるのは今だけだったんです」
「だったら尚の事、今だけでも一緒にいさせてあげることはできませんか?」
「ですが……その間アディはどうしますか?私と一緒というわけにはいきませんよ。あなた同様、私だって昨晩は寝てないのですから……」
「あ……そうな……んですね。じゃあ、寝た振りをしてたんですね。良かった、変なこと言わないで……。じゃなくて、僕はシェリルはこの状況で寝るなんて、僕に襲われたらどうするんだろうって……ずっと……あ!その、そんなこと考えて……ないって言ったら嘘になるんですが……」
あわあわと真っ赤になりながら、言葉を紡ぐアーマンディを見て、シェリルは自信を取り戻していく。自分に魅力がないから襲われないのかと、シェリルは少し、いや、かなり落ち込んでいたのだ。
「つまりアディは私を襲いたかったんですね?今朝あんなに私を怒ったのは、先を越されて悔しかったからですか?本当はあなたが私の首に痕をつけたかったんですね?」
アーマンディは真っ赤になる。そんな話になるとは思わなかった。でもそれは図星かもしれない。いつだって大人な顔をするシェリルに少しでも先んじたかった気持ちはある。だけど今はそれを気取られるわけにはいかない。アーマンディにだって、男としてのプライドがあるのだ。
「待って、その話は解決したでしょう?僕の首の痕のことはもう話には出さないで!えっとね、本当はネリーのこと以外にも、今日はいっぱい違う話もしようと思って来たの。あのね、シェリルは昨日からずっと着替えてないでしょう?それって仕事が溜まってるんじゃないの?僕が手伝えたら……と言おうと思ってて、それで一緒に夜お仕事しましょうって、言いにきたの」
「あなたが?ネリーを一度、叔父のもとに帰して、あなたがここで仕事を手伝うんですか?そしてここで寝ると?」
「もう!どうしてそんな話になるの。あ、でも待って、確かにネリーがいない方が早くからお仕事を手伝えるよね、そうなるんだよね。じゃあ、僕はそれでも良いよ。僕はソファでも大丈夫だし……あ、でもそれもシェリルが困るよね。前に、主人を差し置いてベッドでは眠れないって言われたもんね。じゃあ、どうしたら、えっと、僕は何を言おうとしたの?なんの話をしようとしてたの?シェリルがすぐにそうやって揶揄うから、分からなくなっちゃった。えっと、今はお仕事のはないだよね?だから、お手伝いしたいし、一緒に寝たいの!ってそれはダメダメ。って僕が今朝、ダメってシェリルに言ったことだよね。破廉恥だって。公爵令嬢らしくないって……ああ、もう」
更に混乱したアーマンディは、顔を膝の中に入れて小さくなってしまった。随分と可愛くなったものだと思い、シェリルは笑ってしまう。
「もう!シェリルは何を笑ってるの?僕は真剣なんだよ!」
「ええ、私の仕事を手伝ってくれるんですね。ありがとうございます」
「……うん」
結局、こうやって揶揄われて、そして大人の顔したシェリルにやり込められてしまうと、アーマンディは落ち込んでしまう。歳の差は3つ、それだけでもシェイルの方が大人なのに、どうしても勝てない経験値、心の余裕。更に多岐に渡る教育。
アジタートにより教育の制限をされていたアーマンディは、ソニアやルージュに勉強を終わることでやっと年相応になれた。だがそれはあくまで年相応。シェリルがやっている聖女の館の管理や、運営となるとまるで分からない。それでも、手伝いたいとアーマンディは思う。
「その……分からないから手間がかかってしまうと思うんですが、頑張って覚えますから……」
「よろしくお願いします。では次にあなたが誰と寝るかの話ですが……」
「ええ?その話は続くんですか?」
シェリルはアーマンディを手で制す。
「大事な話です。あなたはネリーを父親の元へ帰したい。ですがそうなるとまた、あれが襲ってきた時に困ります。そこで相談です。あなたの弟妹がいますよね。テシオとメイリーン、どちらかと一緒に寝ることが可能ですか?」
「あ……それは、メイリーンは妹ですが、女性ですし、僕も困るし、あちらも困ると思います。そしてテシオは……そうですね。テシオと寝るのもちょっと……あの誰が良いと言うならルーベンス君が良いです」
「ルーベンス……ですか?」
シェリルは驚きから目を見開く。だがルーベンスなら安心だ。戦うこともできるし、公爵家の人間としてシェリルよりは劣るとは言えど、しっかりとした教育を受けている。それだけではなく、判断力も決断力もあることは他の誰でもない姉だからこそ知っている。
アーマンディもシェリルが納得してくれそうで安心している。聖女の館は男子禁制、本来なら絶対に入館させることはない。だが、以前テシオも女装して入館した。なんなら自分も男だ。だったらルーベンスでも問題ないだろうと思っている。
それに、テシオは大丈夫だと言っているが、それでもライバルになり得る存在だ。しかもいつだってアーマンディを揶揄うようなことばかり言う。だけどルーベンスは違う。絶対にライバルになることはない。しかもいつだって自分の味方でいてくれる。なんならシェリルのことを教えてくれる。
「分かりました、手配しましょう。それで、今日は一緒に寝ますか?それとも?」
「き――今日はネリーと一緒に寝ます!もう、シェリルはそんなこと言ってはいけません!女の人なんですから!」
アーマンディは慌てて立ち上がり、その勢いのまま自分の部屋に戻っていく。
その姿を見守り、シェリルはククっと笑いを漏らす。
「おやすみなさい……アディ」
毎日18時に投稿します。
面白かったらブックマーク、下の評価よろしくお願いします!




