第105話 ネリーの父親(2)
シェリルがノックもなしに客間に入ると、まずはそのぬいぐるみの数の多さに驚いた。大きな客間のソファには大小様々なぬいぐるみが飾られている。それだけではない。大きなはずの部屋には凄まじい数のプレゼントの箱も用意されている。箱を彩るリボンのブランド名から見るに、それはドレスだったり、アクセサリーだったり、おもちゃだったりするのだろう。
その中に、やけにがっかりした表情の叔父の姿を見つける。
ノヴァーリス・ヴルカン。父の弟。祖父母の間の三番目の子供。冒険者としてスピカ公国中を旅して回る変わり者。あれは母に似たのだと、父が良く言っていた。
シェリルが知っている叔父は、いつもボサボサの髪で無精髭を生やしてた。だから汚い姿しか知らない。そもそもいつだってフラッと実家に戻ってきては、また旅に出る始末である。
しかし帰ってきた際にはシェリルを初めとする兄弟達を我が子のように可愛がってくれた。それと同時に侍女や領内の女性に手を出しては、いなくなっていた。そんなどうしようもない愛すべき叔父だ。
だから今の姿は想像していなかった。
ボサボサだった黒髪は、見事に綺麗に整えられ、後ろに撫でつけられている。そのお陰で今まで見えなかった目が良く見える。父とは違う理知的な細い瞳。その色はまるで極上の赤ワインのようだ。ネリーの瞳と良く似ている。少し焼けた肌は冒険者の証だ。祖父に似た厚い唇からは、心底がっかりしたようなため息が漏れる。
「なんだ……シェリルだけか。私の娘はいつ来るんだ。早く会いたい、ネリー」
がっしりしていた体がすっきりと細くなり、その細くなった背中で哀愁を漂わせる叔父にシェリルは戸惑うばかりだ。
シェリルはヴルカン公爵家に向かう途中、兄から心話を送られていた。叔父が変だと。それを聞いたシェリルは、ネリーの到着を遅らせるようにミルバに心話で指示をした。
確かにおかしい、こんな叔父は知らないと、シェリルは兄のレオニダスに視線を送った。
「……叔父上、随分と細くなりましね」
シェリルは部屋に入り、ぬいぐるみに埋もれてソファに座るノヴァーリスに声をかける。対面のソファもぬいぐるみがいっぱいだ。ぬいぐるみがないのは叔父の膝の上だけだ。こうなるとなんだか座り難いので、そのまま立って叔父を上から見下げる。
「体が大きいと娘を怖がらせてしまうかも知れないだろう?娘のために痩せたんだ。やっぱりかっこ良いパパでいたいからね」
「……まだ、娘とは限らないのでは?」
「私のペンダントを持っていて?それはあり得ない。」
「まぁ、そうでしょうね。改めて見るとネリーは叔父上にそっくりです。特に瞳の色が」
「まさか彼女との間に子供がいるとは……驚いてしまった」
「ヴルカン公爵家の人間であることに気付かれてしまい、別れたと聞きましたが?」
「そうだ、冒険者だと思ったから付き合ったのにと、そんな堅苦しい家の嫁になどなりたくないと怒って、どうしても許してくれなくて、それでそのまま別れるはめになった。私の一目惚れの人。亡くなってしまったのは残念だが、宝物を残してくれたんだな」
ネリーの母親が子供の父親のことを周囲に言わなかったのは、ヴルカンの嫁になりたくないからかと、レオニダスもシェリルも納得する。公爵家の人間になることを玉の輿だと言って喜ぶ人もいれば、堅苦しい家に嫁に行くのは嫌だと言う人もいる。それをふたりは知っている。
他家に比べれば比較的、結婚相手の身分に拘らないヴルカン公爵家だが、それでも身分の上下は明確に決められている。それが公爵家というものだ。
「ネリーに会う前に私の主人に会って頂きたいです。ネリーを助け、共に生活をしていた方です」
「おお!確か、アーマンディ様!光の波は私も受けたぞ!ぜひお礼を申し上げたい」
「次の公国王の選挙にも出てください」
「公国王になるつもり帰ってきたから良いよ。アーマンディ様にも投票をお願いすれば良いのかな?」
「――!随分とはっきり言いますね。嫌がっているとばかり……」
「私の娘は聖女の騎士候補になるんだろう?そうなると父である私は地位を確立しないとね。それにネリーは聖女の館で暮らすんだろう?だったら公国王にならないと。そうしないと愛しい娘に会えないじゃないか!」
公国王城と大聖堂の間に、聖女の館はある。確かに公国王になれば、聖女の館で暮らすネリーと会う事も可能だ。
どうやら叔父は全てを覚悟の上で戻ってきたらしい。そう思うとシェリルは安堵の息を漏らす。
「それと、アーマンディ様に公国王のことをお願いするのはやめてください。彼女には裏工作なく、人を見定めて欲しいのです」
「ふーん、それを言いたくてアーマンディ様をシェリルの部屋に通したんだな?」
覗き込むようにシェリルを見るノヴァーリスにシェリルは睨みながら頷く。
公国王は4大公爵に連なる者が公爵の推薦を受けて立候補する。そして序列1位から4位までの者の保有するポイントで投票が行われ、得点が多いものが公国王となる。序列1位であるアーマンディの保有ポイントは多い。そして序列2位であるシェリルも加われば、叔父を公国王にすることなど簡単だ。だが、それは違うと、シェリルは考える。
今回の公国王選挙の出馬は、グノーム公爵家とヴルカン公爵家の一騎打ちだ。勝てる戦だと言われているからこそ、アーマンディには公平な目で見て欲しいと思っている。
「分かった。分かったから、早くここへアーマンディ様をお呼びしろ」
「この――プレゼントだらけの部屋に呼べと?」
シェリルが心底嫌がる顔を見せても、ノヴァーリスは気にもしていない。
「アーマンディ様に娘がどれを好むか相談に乗ってもらうんだから、早く呼んでくれ!」
大丈夫だろうか、シェリルは部屋中に溢れるプレゼントを改めて見回した。
◇◇◇
シェリルの悩みは杞憂に終わった。
ノヴァーリスがネリーのために用意した、沢山のプレゼントを見たアーマンディは目を輝かせ、更に一緒に悩み出したからだ。
「ネリーはうさぎちゃんより、熊ちゃんを好むんです。強いから大好きだって」
アーマンディが抱き上げているのは、大きな熊のぬいぐるみだ。横にあるうさぎのぬいぐるみとどちらが良いか、ふたりで真剣に悩んでいる。
「そうなんですね。しまった。だったら私は痩せない方が良かったのでしょうか?兄のように筋肉隆々の方が娘の好みなんでしょうか?」
「えっと、それはどうでしょう。確かにネリーはイリオスに抱き上げられると喜んでいましたが、見た目はルーベンスが好きだと言ってました。細い男性が好きみたいです」
「ルーベンス⁉︎」
ノヴァーリスはアーマンディの横でぬいぐるみを種類別に分けているルーベンスを睨みつける。冤罪だとルーベンスは首を振る。
「ネリーはお父様に会えるのを楽しみにしていました。こんなにプレゼントを用意してくれるなんて……きっと喜んでくれますよ」
アーマンディは人の気持ちに敏感だ。そんなアーマンディだからこそ、ネリーの父としてノヴァーリスを歓迎できる。彼がどんなに娘と会いたがっているか、良く分かるからだ。
そしてネリーのプレゼントを吟味しながら、その訪れを待ち侘びている皆のもとに、扉がノックされる。アーマンディ以外は人の気配が分かる。扉の先にいるのがミルバとネリーだと。
期待通り、開かれた扉の先にはミルバの足元に隠れたネリーがいた。ミルバに促されるが、前に出ることができない。そんなネリーが見つめる先は一点だ。
「ネリーか?ああ、あの人の面影がある。鼻と口、そして輪郭、そっくりだ」
ノヴァーリスが歓喜の涙を流して、両手を広げるが、ネリーはミルバの後ろから出ることができない。
ネリーは元々人見知りしない子供だ。目が見えない時から、敏感に敵意を感じ取っていたネリーは直感で人を見抜く。アーマンディと同じように。だからノヴァーリスが自分を可愛がってくれる存在だと分かっているのに、なぜか一歩が踏み出せない。
「ネリー、どうしたの?」
アーマンディがネリーに近付くと、ミルバの足元から、さっと抜け出し、アーマンディの腕の中に収まる。だが、その視線はノヴァーリスを捉えたままだ。
「アーマンディ様、あの人……」
「ネリーのお父様だよ。ほら、ネリーと瞳の色がそっくりだよ」
ネリーはアーマンディを覗き込む。
アーマンディの群青色の瞳に映るのは自分の真っ赤な瞳だ。視線を移して両手を広げたままの男性を見ると確かに良く似ている。
「ネリーのためにプレゼントをいっぱい用意してくれたんだよ。この部屋のものは全てネリーへのプレゼントなんだって」
「プレゼント……」
見渡すと所狭しとリボンのついた箱がたくさんある。しかも大きなソファには人ではなく、ぬいぐるみが載っている。それも大小様々なぬいぐるみが。
「私の叔父だ。ネリーに会いたがっていたんだが、ネリーはあの人が怖いか?」
シェリルもネリーに近づいて来て、頭をそっと撫でる。
怖いとは思っていない。だけど胸の奥から何かがせり上がってきて、上手く話せないとネリーは思う。
抱きしめて欲しいと思ってしまう、だけど何故か近づけない。その理由が、ネリーには分からない。
「お……お父……様?」
「そうだよ、ネリー!」
ノヴァーリスが更に大きく両手を広げたので、ネリーはその腕に飛び込んだ。初めて会ったのに、初めてではない感覚。一度も抱かれたことなどないのに、何故か落ち着く腕の中に収まった時、ネリーは大きな声で泣き出した。
「ばか!もっと早くに迎えに来てよ!ネリーは寂しかったよ!」
「すまない」
そのまま抱き合うふたりを置いて、皆はその部屋から、そっと退出する。親子の語らいを邪魔していはいけないかというように。
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