第104話 ネリーの父親(1)
「先ほどの建築士の方は、素敵な男性でした……ね?」
馬車の中でアーマンディは探るような視線をシェリルに送る。
建築士との打ち合わせを終えたふたりは、聖騎士たちが守る馬車でヴルカン公爵邸に向かっているところだ。アーマンディの後見人であり、シェリルの実家でもあるヴルカン公爵家に聖女であるアーマンディが訪問するのはおかしいことではない。それは、問題ない行為だ。
そしてアーマンディの質問を受け、シェリルは慣れた様子でニコリと笑う。
「そうですか?私はあなたしか見ていなかったので、分かりません」
すると回答に満足したようにアーマンディは微笑んだ。
このやりとりをシェリルは何度も失敗している。
相手の特徴を挙げると、そんなに見ていたのかと嫉妬の眼差しを向けられる。
覚えていないと言うと、相手に失礼だと怒られる。
貶すと、そんな風に言うのは良くないと諭される。
褒めるのは悪手だ。凄まじい追求に合う。
散々な結果、シェリルが得た模範解答は、アーマンディしか見えていないと伝えることだった。今後、国内や海外のレセプションに出た時には、なんて言おうかとシェリルは本気で悩むことがある。それだけ、アーマンディの嫉妬は激しい。
「ネリーのお父様はもういらっしゃるのですよね?」
「ええ、その通りです。ネリーには全てを話しましたか?」
「言って良いと言われた事だけ話しました。虐めていたのが本当の両親ではないと知って喜んでいました。同時にお母様が自分を産んだために亡くなったのを悲しんでもいました。その夜はずっと僕に抱きついて、泣きながら寝てしまいました」
「父親のことは?」
「曖昧に話しておきました。ヴルカン一族らしいという事と、生きているかもとだけ……」
「それで良いと思います。私達が先に叔父に会って話を聞きますが、まず間違いないでしょう。目が開く前までは気付きませんでしたが、目が開いた今なら分かります。あの鋭く大きな目。間違いなくヴルカン一族の特徴です。そしてあの濃い眉は祖母にそっくりです。最近では小さい祖母に見えて来ました」
「ミルバさんの影響で口うるさくなりましたからね」
アーマンディはクスクス笑う。確かにネリーがプリプリ怒る姿は、ノワールと似ている。特にその眉の形が。
「ネリーを可愛がってくれると良いのですが……」
「可愛がりますよ。叔父は子供好きです。私や兄をそれはそれは可愛がってくれましたから。特にルーベンスへの愛情が深かった。被害者と言っても良いでしょうね」
それは楽しみだとアーマンディは口に手をあてクスクス笑う。そして……手に当たった唇でふと、何かを思い出す。こういった時に思い出すことは、たいてい嫌な思い出だ。思い出したくない……嫌な出来事。騙された記憶。塗り潰したい出来事。
「し……シェリル……」
アーマンディは震える手を誤魔化すように、両手で包み込む。だが焦点は定まらない。罪悪感からどこを見て良いか分からない。
その状態のアーマンディをシェリルは何度も見ている。だからどうすれば良いのかも分かっている。
シェリルはアーマンディを抱きしめる。そのまま口付けを交わして、言うべきことを伝える。
「大丈夫……だ。アディ」
アーマンディの震える体を抱きしめるシェリルは、これが一番辛いことだと、眉を顰めた。
◇◇◇
ヴルカン公爵邸に着いたアーマンディはシェリルのエスコートで大きな正面扉から入る。開かれた扉の先にはレオニダスとルーベンスが待っていた。
畏まった挨拶をアーマンディは嫌う。ましてや義理の兄弟になるふたりだ。ふわりと笑って、挨拶の省略を促した。
そのままレオニダスに先導されて向かった先は、驚いたことに5階にあるシェリルの部屋だった。シェリルが中央都市にいる際に使用していた部屋は、柔らかいオレンジ色で、部屋の中央にあるソファはベージュピンクだ。随分と女性らしい部屋だとアーマンディは興味深く見渡す。
「あの……ネリーは?」
アーマンディがレオニダスに視線を向けると、父親に良く似た……だけど父親とは違う優しい雰囲気の彼は少し低い声で、申し訳なさそうに「まだです」と答えた。
「聖女の館から出るには許可が必要ですからね。少し手続きに手間取っているかもしれません。そもそも敷地内はアーマンディ様以外は馬車を使うことは許されていません。その為、私達よりは遅くなるだろうと思っていました」
シェリルの解にアーマンディが頷き、エスコートされるままにふっくらとしたソファへと座らされる。なんだかいつもと違う雰囲気だと思うが、その原因は分からない。
「アーマンディ様、私が先に叔父と話をしてきても良いでしょうか?私がこの部屋にいない間、ルーベンスがあなたをお守りします」
アーマンディがルーベンスに視線を移す。彼とはヴルカン公爵領で会った。話もした。一緒に、逃亡した仲間だ。
「分かりました。ルーベンス様とお話ししています」
ニコリと微笑むと、ルーベンスもニッコリ笑い返してくれた。それだけでなんだか大丈夫な気がしてくる。
それにここはヴルカン公爵家だ。シェリルを奪う人などいるはずがないと思うとアーマンディの気持ちはさらに軽くなる。
シェリルとその兄が部屋から出ていくのを、手を振って見送ると、ルーベンスが慣れた手つきで紅茶を注いでくれた。そういえばルーベンスが騎士の資格を取れたことをアーマンディは思い出す。
「ルーベンス様、騎士試験合格おめでとうございます」
アーマンディの対面に座ったルーベンスは照れくさそうに頭をかく。
「ありがとうございます。あの……『様』付けは辞めてください」
「ごめんなさい……癖になっていて。えっと、ルーベンス……さん?くん?」
「いや、えっと、敬称はいらなくて、その、き――」
「………………き?」
そのまま言葉を止めてしまったルーベンスをアーマンディはじっと見る。
「き……き、義理兄弟になるんだから、そのうち兄上?すっきり来ないな。えっと兄様?なんか違う、お兄ちゃんはもっと違うし、えっと、兄になるんだから、その呼び捨てで!」
「あ……そう……ですね……じゃなくて、そうね?……僕も話し方が分からなくなったかも……その……不束な僕ですけど、よろしくお願いします、じゃなくてよろしくね、ルーベンス」
「俺も……よろしくお願い……です。えっと、なんて呼べば良いのか……あの、アディ兄とか……だめ?」
「嬉しい、その呼び方は嬉しいです!」
目を輝かせて喜ぶアーマンディを見て、ルーベンスは嬉しい気分と同時に複雑な気分にもなる。
アーマンディと話していると、兄なんだか姉なんだか分からなくなるとテシオが言っていた。その気持ちが良く分かる。
だが、ルーベンスはアーマンディがシェリルと喧嘩して、逃げ出した時に一緒にいた。その前のアジタートの襲撃のショックで目が虚になっていたアーマンディも知っている。
今の花も綻ぶようなアーマンディの明るい表情を導き出しのたのが自分の姉だと思うと、思わず顔がニヤけてしまう。
「騎士試験は難しいって聞いたよ。一発合格なんてすごいね」
「ヴルカン公爵家の直系だから、当然一発合格しなければ……みたいなプレッシャーがあってそれが一番辛かった。レオニダス兄もシェリル姉も一発合格だったし」
「そうなんだね。ねぇ、シェリルの昔の話とか聞かせてくれる?」
突然のアーマンディの言葉にルーベンスは目をぱちぱちと瞬く。アーマンディの瞳をじっと見るとその目は真剣だ。ウンディーネ公爵家の人間は嫉妬深いと、誰かが言っていた。
言葉を選んで、内容を選んで、ちゃんと真実だけを話そう……ルーベンスは生唾をごくりと飲んで、慎重に話を始める。
後から姉に殴られないように……。
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