第101話 弟妹の誕生日
深い海の様な群青色の門が大きく開かれている。その門に次から次へと馬車が入っていく。
道行く人々は何事かと語り合う。この門が大きく開かれたのは、何年振りか分からない。
そんな喧騒の中、一台の馬車がゆっくりと走ってくる。一様に白い騎士服を纏った騎士が守る馬車の主に、誰もが自ずと頭を垂れる。聖騎士団が守る黒い馬車に乗る資格があるのはスピカ公国でただひとり。聖女アーマンディのみだ。
馬車は望まれるままウンディーネ公爵邸へと入っていく。続く馬車にはミルバが乗っている。アーマンディの下賜品を落とさない様にしっかりと膝に置く。
正面門を潜ると、すぐに緑美しい庭園がある。人々が集う庭園に、シェリルのエスコートで馬車から降りるアーマンディは真紅のドレスを緩やかに着こなし、ふわりと降り立つ。
その姿を見て、ウンディーネ公爵邸に集まった賓客は、膝を折って丁寧に挨拶をする。誰もがアーマンディに声をかけることはできない。その横にいるシェリルにも。
今日はウンディーネ公爵邸の美しい庭を使っての誕生会だ。緑の芝生の照り返しを受けて銀色の髪が艶やかに輝き、誰もがその美しさと神々しさに見惚れてしまう。
そんな静寂の中、群青色のドレスを身に纏った少女がアーマンディの元へと姿を現す。その姿を見付けたアーマンディは、人々を魅了するかの様な笑顔を送る。
「お誕生日おめでとう。メイリーン」
「ありがとうございます。お祝いに来て頂いて嬉しいわ――姉様!」
手と手を取り合って喜びを分かち合うふたりに周囲は拍手を送る。更にアーマンディとシェリルからの誕生日プレゼントを受け取り、涙を流すメイリーンをアーマンディは優しく慰めている。
そこで集まった賓客達はそれぞれの友人や、家族たちと歓談を始めた。チラリチラリとこちらを見る視線をアーマンディは感じてはいるが、それでも静寂よりはマシだと息を漏らす。
「緊張しちゃったわ、姉様は美しすぎるんだもの」
「メイリーンもかわいいわ。そのドレスもとても似合っているわね」
兄妹は笑い合う。その姿にシェリルもついつい微笑んでしまう。
移譲の術を施行できたのは奇跡だと、シェリルに言ったのは祖父だった。自分でもそうだろうと思う。あれはスピカ神からお力を頂けたからできた術だという自覚はある。
それら全てがアーマンディのお陰だ。メイリーンとテシオを救えたのはアーマンディが起こした奇跡。それを知るのはごく僅かな人達だと言うのがシェリルは悔しいが、アーマンディはそれで良いという。皆もそれで納得した。
シェリルは移譲の契約書の魔法を使った際に、あまりにもの魔力の喪失で膝をついた。気絶してもおかしくないほどの状況で正気を保っていられたのは、自分の恋人であり、主人でもあるアーマンディを守らなければという使命感のみだ。
幸いにしてメイリーンの体から出た魔物の様な生き物はジェシカの手により消失した。
ジェシカは消失させたと同時に失神し、その体をノワールが支えた。アーマンディも全てを見届けたと同時に、ゆらりと倒れたので、咄嗟に体を動かしてシェリルが支えた。そこでシェリルも意識が一旦、途絶えた。
後始末は唯一魔力も気力も充実していたノワールが行った。その場に倒れているウンディーネ公爵一族は執事を通して邸内へと運ばせ、シェリルは力技でノワールに叩き起こされ、疲れた体に鞭打ってアーマンディとジェシカを聖女の館へと運んだ。
なんて祖母だとシェリルは憤ったが、聖女の騎士はそれでは務まらないと諭され、自分の弱さを恥じる結果となった。
メイリーンとテシオは魔力の移譲が成功したお陰で心身ともに健康になった。
カイゼルはメイリーンの存在を公式に表明し、今までは明日をも知れぬほど病弱だったが、姉である聖女アーマンディの治療のお陰で健康になったと発言した。更に娘には聖女の資格があるとも付け加えた。
その発表は瞬く間にスピカ公国中に広がった。聖女の存在は国力の安定に繋がる。ジェシカ、アーマンディ、メイリーン、そして公式的にはまだいることになっているアジタートと4人も聖女がいる。その事実は大いに国を湧かせた。
テシオは魔塔に席を置きながらも、ウンディーネ一族に籍を戻す事となった。テシオはメイリーンの病気を治したい為に魔塔へ行ったと理由付けしたので、一族の誰も反対はしなかった。
そして今日は待ちに待ったテシオとメイリーンの誕生日だ。
アーマンディは昨日からケーキを作り、更に誕生日プレゼントまで用意した気合いの入れようだ。髪型も朝からどうしようかと悩んでいた。それを結う必要があるシェリルは内心、勘弁してくれと思っていた位だ。でも、自分の意見が言える様になったのは良かったと思っている。
「あなたの見立てですか?なんとも独占欲丸出しですね」
フッと笑いながら近づいてきたカエンを睨みつけると同時にため息をつく。アーマンディは少し離れた場所でメイリーンとテシオの為に作ってきたケーキを、披露している。三人とも楽しそうだ。兄弟仲良くやっているのに入るべきではないと判断したシェリルは、遠巻きに見ていたのだ。
「私の希望ではない。あれは全てアーマンディ様のご希望だ」
アーマンディのドレスは真紅のドレス。髪は上に結い上げているが、そのヘッドドレスは真紅のバラをモチーフとしている。ヴルカン公爵家のセカンドカラーである黒曜石まで散りばめらているからたまらない。
「私としてはサファイヤか銀細工のアクセサリーを加えるべきだと言ったのだが、どうしても嫌だとごねられた」
「ウンディーネ公爵家の者は、相手に縛られ、縛りたいのです。愛が深いと言えば耳障りは良いが、要は粘着質だと言うことです。ほら、今も睨んでいる」
「………………」
確かにアーマンディは睨んでいる。それも愛されている証だと思わなくもないが、今後のことを考えると少し頭が痛くなる。
「兄弟の語り合いに参加したらどうだ?」
「ええ、そうしましょう。そこでアーマンディに忠告しなければいけませんから」
「忠告?嫉妬をあからさまに見せるなと言って欲しいものだな」
「ああ、それもありますが……ですがその前に、男からキスを強請るなと伝えておきますよ。あんな大声でおねだりするとは……私も両親も驚いてしまいました。目の前で目撃せざるおえなかった祖父が気の毒です」
シェリルは大きく目を見開く。アーマンディから突然強請られたキスを、まさか彼の家族全員に見られていたとは!
スピカ神のお力を頂くためという言い訳は通用しない。カエンはそうではないと分かっている。分かっているから言っているのだ。
そのまま微笑みを残し兄弟の元へと歩むカエンを睨みつけるシェリルは、誰にも見られないように、そっと唇を触る。
あの時のアーマンディの表情を冷静になった今振り返ると違和感しかない。まるで不貞を働いたような、罪悪感に満ちた表情。その記憶を塗りつぶすように懇願する姿……。
シェリルはジェシカの言っていたことを思い出す。
スピカ神のお声を聞いた聖女は何人かいる。だがその姿を見た者はいない。ましてやスピカ様の住うところへ導かれたものなど皆無だ。
『アーマンディ様にどのような変化があるか良く見ておきなさい』
そう言ったジェシカは強い目をしていた。巨大な敵に立つ向かう時、ジェシカはいつもあの目をしていた。
「シェリル!」
「あ……アーマンディ様、何か?皆とケーキを食べるのでは?」
「シェリルも誘いに……来たのよ。行きましょう?」
嫉妬の表情を隠そうとして隠しきれていないアーマンディは、それでも頑張って言葉遣いだけは普通にしようとしている。だがその口元はピクピクと痙攣するように動いている。眉毛も片方上がっている。
酷いもんだ……シェリルは我慢できず笑ってしまう。
「し……シェリル!何がおかしい――――ぅぅっ、何がおかしいの……かしら?」
「いえ?ではご相伴に預かります、さぁ、お手をどうぞ?」
アーマンディに向かってスッと手を伸ばすと、途端に笑顔になる。
「表情に出過ぎですよ?」
「が……頑張るわ……」
それでも、前よりはずっといい。笑顔を返し、アーマンディの兄妹が待つ席へと向かう。
この平和が続けば良いと思いながら。
お読み頂きありがとうございます。
ここから話が急速に進んでいく予定です。
その為、少しお休みを頂きます。
再会予定は5月末を予定しています。
引き続きお読み頂けると幸いです。




