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炎上の夏、風鈴の音。  作者: 榛葉 涼
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五十嵐 霜


 五十嵐は風見の現バイト先であるスーパーに勤める“後輩”だ。


 風見がスーパーで働き出したのが6月の頭で、彼女もほぼ同時期に入ってきた。だから、社員の人から業務内容を一緒に教わったりだとかして、少しだけ接点があった。


 とは言うものの、交わす会話とは業務に関することやよくて天気の話くらいで、別段仲が良いとかそういう訳では無かった。それに彼女は確か高2だった筈だ。同級生や歳上ならともかく、3つか4つ下の子と気軽に話すことは、なんとなく(はばか)られたのだ。


 だから、仮に風見が彼女の姿を見つけたとしても声をかけることは無かっただろう。 ……ただかけられてしまったのならば、会話せざるを得ない訳で。


 風見はポケットに突っ込んでいた手を取り出すと、ぎこちない調子で「おう」とだけ言った。


「こんばんは」


 そのような挨拶に対し、五十嵐は腰を折り丁寧にお辞儀したのだった。首から提げられたゴツメのヘッドホンのコードがぷらぷらと揺れる。


「すみません、こんな夜中なのに。まさか風見先輩に会うとは思わなくて、つい声をかけてしまいました」

「ああ。別にそれはいいんだけど」


 本当はさっさと帰宅したいところだが、ぞんざいに扱うことは後の不都合になるだろうと風見は考えた。ビニールを提げた手を持ち上げると、なんとなしに自身の首裏を掻く。


「コンビニ、行ってらしたのですね」


 五十嵐は、その持ち上げられたビニールを眠たげな目で捉えた後に、そのように尋ねたのだった。

 

「あ? あぁ。ちょっとエナドリ買いにさ」

「カフェインはあまり身体に良くないですよ」

「今日だけだ。課題のレポートあってさ」

「そうなんですか。えっと、頑張ってください」

「あぁ、ありがとう」


 

 …………


 …………


 …………。



 沈黙。当然のことだった。ただでさえ風見が人付き合いを嫌う性分なのに加えて、相手はほとんどを知らない女子高生だ。「最近、学校はどう?」なんて適当な話題の振り方は思い浮かんだが、そうゆうのってなんかおっさん臭がするし、さして彼女のプライベートにも興味は湧かなかった。


(多少は強引でもいいか。さっさと別れよ)


 溢れかけたため息を口の中でとどめて、風見は適当な別れの言葉を切り出そうとした。


 しかし、風見よりも先に沈黙を破ったのは五十嵐の方だった。


「聞かないんですね」

「え」

「あの…私がこんな時間に出歩いていること」

「は? あぁそうか。普通に高校生はダメかこの時間」


 ポケットにしまっていたスマホを取り出す。ジャイロ機能が有効であるためそれだけでロック画面が映し出された。その時刻は1時30分で、高校生が出歩くには遅すぎる。明日は普通に平日だし。


 スマホから目を離し、再び五十嵐に視線が移った。そこでようやく彼女がずいぶんとラフな格好をしていることに気がついた。まるで風呂上がりのような。 …衝動的に家出でもしたのか? なんていう要らん邪推が脳裏を過ぎる。


 五十嵐は自身の唇を湿らせた後に、辿々しく言葉を紡いだ。


「最近少し、眠れなくて。夜に少しだけ散歩してるんです。なのでその……警察とかには通報しないでもらえると助かります」

「け、警察? …いや、んなことはしねえけどよ。まぁ近所くらいにはしておけよ」

「はい。肝に命じておきます」


 

 肝、肝て。


 

 街でよく見かける、きゃぴきゃぴ(この表現こそおっさん臭がすごいか?)とした高校生と比べて、五十嵐は少しズレている印象をこの時受けた。こんな時間に散歩をすることだって、肩に提げたゴツいヘッドホンだって、ひどく落ち着いている大人びた雰囲気だって…総称すれば“不思議ちゃん”といったところだろうか?


 もちろんその言葉は、心の中だけでとどめるが。


「あ…すみません。ちょっと長話が過ぎました。風見先輩、お忙しいところなのに」


「忙しい…? あぁレポートか。いやまぁ、そんなに急いではないけど」

「私、そろそろ失礼しますね。また次のシフトの際にお世話になります」

「おう。えっと…じゃあな」


 会った時のようにぎこちなく手を挙げる。五十嵐はやはり丁寧に腰を折った後に、コンビニ方向へとその影を小さくしていった。

 

 ヘッドホンを被った彼女の背中を何気なく見送る。10秒ほど経過したところで、なんと五十嵐はこちらを振り返った。彼女が深々とお辞儀をしたことは、コンビニの灯りのおかげでギリギリ確認出来た。



 ――五十嵐(いがらし) (しも)。風鈴とは全くの別ベクトルで変な女だと、風見は強く思った。


 

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