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炎上の夏、風鈴の音。  作者: 榛葉 涼
3/13

炎上


 鉄板上のハンバーグステーキを靴裏で踏みつける主旨の、1分程度の動画は、瞬く間に拡散された。


 当日中にツイッターのトレンド入り、翌日の夕方にはネットニュースで一大記事へ。2日後昼のワイドショーでは名物司会とコメンテーターが苦言を呈していた。


 ファミレスを経営する親会社は即座に謝罪文を提出。会見まで開かれる騒動となった。無論、ファミレスには営業停止の処分が下り、動画がSNSに拡散された数時間後には、本社より自宅待機の旨の事務的メールが届いたのだった。



 ――瞬きを繰り返す白のフラッシュを前に、深々と頭を下げる役員を見て、風見は思う。


「クズどもが」


 思い浮かべたのは、Nと彼の友人と思われる2匹(ふたり)の男だった。押し殺しきれない笑いを上げながら、すぐ後に客の口へと入るハンバーグステーキを軽く踏みつけるN。拡散された動画には、『これで中まで火が通る』というコメントと共に、風見の目の前に起きた光景が赤裸々に載せられていた。


 Nのアカウントは既に存在しない。元動画は消されてしまっていた。しかし、そんなもの魚拓(しょうこ)が取られていることは当然で。ちょっと検索をかけるだけで、簡単に無修正の動画を閲覧することが出来た。あろうことか、バカッター3匹の容姿まで、はっきりくっきり映っている始末だ。


そうして件の動画とは、“いいね”が13.4万、“RT(リツイート)”が9.7万、コメント数は2000を超え、俗に言う“万バズ”、最底辺の万バズをたたき出したのだ。


 正論の延長線上に存在する過激な言葉を、長文、ミーム画像、物申し動画のリンク、といったあらゆるベクトルからぶつけまくるコメント欄。人間の性か、あるいはネット文化が生み出した弊害なのかは知ったことではないけれど、『ファミレスで起きたバカッターによる大炎上騒動』とは、恰好のエンタメとして物の見事に消化されたのだ。


 では、渦中にあるNや彼の友達とは一体どうなってしまったろうか? ……語るまでもないだろう。あいつらは殺されたのだ。大義名分で武装をした、社会に見事殺された。しかしそこに被害者は居ない。加害者が加害者を殺したに過ぎない。踏まれた牛だけが唯一と言える被害者だった。


「はァ」


 大きくため息を吐いた風見は、椅子の背もたれに深く腰をかけた。天井を見上げる。


 まさかNがそんなことをやるとは思わなかった…とは思えない。軽薄な喋り方や、勤務中にSNSを触っていた前科、それにNと共に居た友達も認知していた。Nのシフト時間に訪れる彼らが、Nを冷やかす光景を何度か目にしている。


 そのような行為をするものが、皆“バカッター”あるいは“バイトテロ”をし得るとは思わないが、何も問題を起こすことなく、真面目に働き続ける者よりかは、ずっとクサくないだろうか? だからこそ、Nのやらかしを現場で見た風見が心の中で呟いた言葉とは、“あぁ君はそういう奴ね”であった。


 軽い失望と、店長への気の毒な思い、給料への若干の不安感が心の中に渦巻く。何にせよ、一ヶ月も経てば落ち着くところに落ち着くだろう…風見は浅はかにそう考えていた。



 ――あぁ、実に浅はかであったものだ。



 トゥン、という効果音と共に一件の通知バナーが降りてきた。ツイッターだ。


 風見はそのバナーをタップした。ネットニュースのページから、ツイッターへと画面遷移をする。DMが立ち上がった。知らない奴からのメッセージ。送られてきたのは1行のメッセージと1枚の画像だった。


 

『これ、お前だろ』



 動画内のスクリーンショット。LEDの光がシンク台に反射をして、キッチンの全貌を映している。キッチン奥、従業員出入口から身を乗り出す男が1人…風見であった。


「んだよ…これ」


スマホから勢いよく手を放し、立ち上がる。バクバクと心臓が鳴り出し、全身が熱を帯びた。


 風見はすぐに座り直すと、DMを送ってきたアカウントのページへと飛んだ。 …初期アイコン、アカ作成は今日である。捨てアカだ。風見は、汗が滲む手にてこのアカウントの過去ツイートを遡ったのだった。



『〇〇大学□□学部の風見 太陽。例のファミレス騒動を黙認していたコイツのことも許しちゃいけないだろ


 ↓黙認の証拠画像、こいつのTwitterアカウントのSS』



  …35秒前の投稿。43、51、1分前。



 ピコン


 ピコン


 ピコン


 ピコンピコンピコンピコンピコン



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