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【完結】詰将棋と緋色の恋  作者: フクダ アキヒロ
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2 打ち捨てと薄橙色の夢

評価ページの下にコトブキ君の解いた詰将棋のリンクがあります。本章は「詰将棋2」です。ご参照ください。

 金木犀の透き通るような甘い香りが、鼻を掠める。暦は神無月だが、緋ノ森神社は今月も通常営業だ。ナツミさんとは徐々にではあるが、日常生活でも会話を交わせるようになってきた。

 きっかけは詰将棋だった。夕食時に、ナツミさんの炊いてくれた栗ご飯を頬張っていると、彼女から今日はどの本を読んだか訊ねられた。僕は読んだ本を受付から持ってくると、ナツミさんはその中から、自分のお気に入りの詰将棋を語ってくれた。僕が分からなかった問題に対しては、彼女が手掛かりを出してくれた。そして、それをきっかけに答えを見つけられたときは、とても嬉しかった。今こうして思うに、彼女は本当に詰将棋が大好きだ。


 また、彼女が好きな物はもう一つある。それは納豆だった。納豆とは蒸した大豆を発酵させ、熟成させた食べ物だ。僕はこの食品が嫌いだった。口の中で粘つくあの感触が、生理的に受け付けられなかったし、糸引く茶色い見た目も気持ち悪い。そして、汗の染み込んだ衣服のような、強烈な異臭が嫌悪感を倍増させる。

 ナツミさんも匂いがきついことは分かっていたのだろう。こちらで生活する前に、食べれない物を聞かれて、僕が答えていたため我慢していたようだった。けれど、ある日、納豆を食べていいかと問われ、僕が承諾すると、それから毎朝食べるようになった。


 そこで今朝、箸で納豆をかき混ぜているナツミさんに伺ってみる事にした。

「ナツミさんは、納豆をいつも食べてますけど、やっぱり好きなのですか」

「もちろん好きだよ。ねばねばした感触と、絶妙な旨味加減に病みつきになっちゃいますよね」

 彼女は納豆が好きなことを、さも当たり前のように話す。実際に国民食と言われていて、これを嫌う人は異常者であるかのように振る舞われることもある。むしろ、僕は何故あの食べ物を嬉々として、体内に取り入れられるか理解できなかった。それゆえに、国民として強い疎外感を感じた。

 

 ナツミさんは混ぜ終わった納豆をご飯の上にのせる。臭い匂いが室内に充満する。それから、彼女は不思議そうな顔をして、口を開いた。

「そういえば、その、前から思っていましたけど、カシワさんは何故、納豆が嫌いなのでしょう」

 反論の機会だ。僕は今まで溜め込んでいた不満を表明した。

「正直、納豆は見た目、味、食感、どれも嫌いですね。それに、臭いじゃないですか。体調が悪い時にあの匂いを嗅ぐと、言葉は悪いのですが汚物を想像しますね」

 すると、ナツミさんは驚いた様子で反論する。

「えー、この匂い、凄く素敵なのに。納豆がぷーんと香るたびに、鼻が幸せな気持ちになりますよ」

 そう言うと彼女はお米の上にのった納豆に、発言の証明とばかりに鼻を埋めた。うっとりとした表情をし、顔を離す。ナツミさんの鼻先から、ねばぁっとした糸が引き、豆が二、三粒ほどついていた。その下品な姿を見て思わず僕はこう漏らしてしまう。

「うわぁ、そんなことが出来るなんて、フジサワさんは変態じゃありませんか」

 僕の失礼な発言に対し、病的な納豆好きは、不満どころか誇らしげな表情で言い返した。

「そうかもしれませんね。私、納豆のプールがあれば、裸で飛び込んじゃうと思うので」

 

 朝は晴れていた空も、僕の複雑な気持ちを表わすかのように悪化し、気が付くと秋雨が杉の葉を濡らしていた。風の音も無い静かな時間で、詰将棋に取り組むのには、これ以上ない環境だ。僕が詰将棋を解きながら、受付をしていると、赤い傘をさした人影の姿を確認できた。僕は意外な感じがした。なぜなら、今までの経験からして、雨が降っている平日は、参拝客がほぼ来ないからだ。

 だから、僕はその人が気になった。注視してみると若い女性のようだ。服装を見てみると、上は栗色の毛糸の織物を着ていたが、肩から上は薄橙色の肌が丸出しの状態だった。下は、紺に塗られた綾織りの布地を履いていた。しかし、これもまた膝又までしか生地が無く、太ももが丸々露出している。ナツミさんが着ないであろう、ゆるゆるとした洋服は、豊満な巨乳をしたたかに主張していた。

 

 女は社殿の前まで来ると、賽銭箱に銭を入れ、拝殿で二礼二拍手一礼する。僕は、大方の参拝客と同じように、彼女も参道を通って帰るだろうと思っていた。だが、違った。女は受付に向かってきた。僕は慌てて、詰将棋の本を懐にしまう。

「あのぉ、御朱印してもらえますか」

「はい、御朱印ですね」

 僕は、彼女の出した御朱印手帳に、御朱印が印字されている判子を押そうとした。ナツミさんが前もって用意してくれたものだ。しかし、この若い女は許してくれなかった。いかにもたまげたといった様子でこちらを向いた。

「ええっ、筆で書いてくれないの」

「その、僕は事務職員ですので書くことは出来ないので」

「じゃあ、ここの神主を呼んで頂戴」

 まさか、こんな駄々をこねられるとは思いもしなかった。僕はナツミさんから渡されていた携帯電話の事を思い出す。しかし、今日は祈祷の仕事があると言っていて、彼女に負担をかけたくないという感情が沸き出る。僕が愚図愚図しているため、若い女は怒りながら

「ちょっと、ここは神主さんっていないわけ」

 と、文句を言ってきたので、渋々、電話を掛ける。よそで祈祷をしているから、きっと、出ないはずだ。仮に出たとしても断るに決まっている。けれども僕の予想に反して、ナツミさんの応答は早かった。事情を説明すると、ナツミさんは二つの事を僕に伝えた。まず、彼女は一時間あれば戻れる事。それから、参拝客が待つことが出来る場合は、お客様を社務所の大広間に上がらせて、お茶とお菓子を出し、もてなしてあげる事。僕は参拝客の女に時間があるかどうかを聞いた。彼女は待つことに決めた。


 僕は女を部屋にあげ、棚からお饅頭を取り出す。そして、急須に茶葉とやかんで沸かしたお湯を注ぎ、茶碗にお茶を淹れた。ナツミさんの言われたとおりに、お盆にお茶と和菓子を乗せ、彼女の居る大広間の机に置く。

 しかし、女は栗の入った饅頭を食べようとせず、じっくりとこの部屋を眺めていた。本当に奇妙な人だなあと思う。彼女の露出の多い服装は、はしたない以前に寒くないのだろうか。彼女は明るい赤い縁の眼鏡を掛けているが、どうして、あんな目立つような色を選択したのだろうか。そのうえ、彼女の古風なお団子結びも、ハイカラな雰囲気を出す赤の眼鏡と対になっていて、変な組み合わせだ。

 顔もけっして美人ではなかった。しかし、惹きつけられる魅力がある。ゆったりとしたたれ目に大きな涙袋が優しげな佇まいで、怒りを鎮めるような効果がありそうだ。それに、引っ張りたくなるような、ぽってりとした頬と、丸っこい団子鼻はとても可愛らしく感じられた。何より、彼女の艶っぽい唇が強く印象に残った。決して、大きな口ではないが、厚みのある真っ赤な唇は、見ていて欲情的な気分にさせられる。ああ、あの唇に、吸い付かれてみたい。


「ねえ、私の顔に何かついている」

 突然、その口が動き出し、僕は正気に戻った。

「いや、ずっと食べずにしているから、一体、何を考えているのだろうって」

「私、神社の関係者の建物の中に入ったのって初めてで、それで、物思いにふけちゃった」

「確かに、こうした和室の建物自体少ないし、落ち着きますよね」

「こういう落ち着きこそが、きっと、ご利益に結びついているのでしょうね。ところであなたさ。あなたこそ、私の方を見て何を考えていたの」

 鋭い質問が、手裏剣の如く飛んできた。

「えっと、その、若い女の子って珍しいなぁとか、薄着で寒くないのかなとか」

 まさか、君の顔を舐めるようにして見ていたなんて、口が裂けても言えない。だが、喋ると顔が向かいあってしまい、思わず赤面しながら目を背けてしまう。

「ふーん、本当はやましいこと考えていたでしょうに」

 図星を付かれた事を取り繕うように僕は質問した。

「き、君こそ、そんなはしたない恰好で、寒くないの」

「私は着たい服を着ているだけ。別に寒くなんてない。そもそも、女性の肌をいやらしい気持ちで見る、あなたの視線こそがはしたないのでは」

 部屋に気まずい空気が流れる。私は反省しています、といった感じで下を向いていた。ああ、早くナツミさんに戻ってきてほしい。目の前にいる人との相性は最悪だった。そんな、僕の願いに気にもせず、前にいる女は話しかけてくる。

「そういえば、神社って、一つ一つ、祀っている神様が違うでしょう。ここは何の神様を祀っているの」

「ここは少し珍しいけど、駒の神様を祀っています」

 この言葉を放った時、僕は名案を思い付いた。そうだ、あの詰め将棋のおみくじを女の子に見せてあげよう。ちょっと待っていてください、と言い、僕はおみくじ箱を取りに行った。


「何、恋の占いでも出来るってこと」

 彼女は目を輝かせていた。律儀に百円玉を入れておみくじを引く。だが、おみくじを開いたときの顔はいかにも残念そうだった。それもそのはず、恋愛はおろか、これからの未来も一切書かれていない。詰将棋の図だけが乗っているのだから。


*詰将棋2*


「それで、この図で何か分かるの」

「これは詰将棋って言うのだけど。駒の動かし方は分かるかな」

「いいえ」

 僕は駒の動かし方が書かれている紙を渡そうとしたが、彼女は興味がなさそうに外の景色を見ている。仕方なく僕は、答えを探し出すことにした。


 開いた詰将棋は攻め方と玉方の桂馬が向き合う奇妙な形をしていた。手番が先の方が取ることが出来る。もし、普通の将棋であれば取る手から考えるのだろう。盤上には馬がいて、さらに持ち駒に飛車がいた。詰ますには最高の戦力だ。

 しかし、色んな手を指すも、玉は中央へひゅるひゅると逃げて行かれる。三手で詰むはずだ。今の僕には決して難しい問題ではない。受付で詰将棋を解いてきた努力を披露するときだ。

 僕は暫く考え込んだ後、正解にたどり着いた。その初手は、実戦で最も損とされるだろう一手だった。


「つまり、こういうことだけど、その、玉が君の彼氏だとして」

 詰将棋の答えから、何かを伝えることは抽象的な作業で、白か黒かの詰将棋を解く作業よりも難しい。ところが、駒の動きを見つめていた彼女が突然、そういう事か、と叫んだ。

「つまり、正面から向き合っていけってわけか」

 なるほど、と一瞬思いかけたが、すぐに不吉な予感へと変わる。けど、それがなぜなのか説明できなかった。

 

 暫く間があった後、腕時計を見てナツミさんの帰りの時間を図る僕に、女はふてぶてしい質問をした。

「それにしても、こんな爺くさい趣味を持ってるってことは、やっぱり、ここの神主さんも高齢者だね」

 大きな勘違いをしている彼女に、僕は訂正する。

「それは全く違うよ。僕と一つしか変わらない年齢の、若い女性だから」

 その言葉を聞いた女は色めきたった。そして、あふれ出る好奇心を僕にぶつけてくる。

「その女の人って、あなたから見て可愛いの」

 予期せぬ質問に僕は慌てふためいた。

「いや、そりゃ、一緒に住んでいるわけだし。ちょっとは意識するよ。可愛いなあって」

「えっ、住み込みで二人きりなの」

「そうだよ」

「うわぁ、もったいぶっちゃって、もう本当は出来ちゃっているでしょう」

 ねっとりとした言い方をされ、僕は心を取り乱される。

「できちゃっているって」

「ほら、そういうカンケイの事だよ」

「ちょっと、カンケイって、女の子がそんな嫌らしい言葉を使っちゃダメだよ」

「恋人関係のどこが嫌らしいの」

 不覚を突かれたと思った。僕は女の艶やかな雰囲気からつい、そうしたことだと早とちりして言ってしまった。文脈からして恋人なのは明白だった。返す言葉が無い。

「ふーん、どんなカンケイを考えていただろうか」

 そして、わざわざ僕の顔に近づけて、嘲笑う表情でこう言い放った。

「この、ド変態」

 ああ、恥ずかしい。僕は顔を真っ赤にしていると。トラックが帰ってきた音がする。救世主の登場だ。


 ナツミさんは颯爽と廊下を歩き、静かに大広間の襖を開けた。そして、真っ直ぐと凛とした姿勢で、お辞儀をする。

「お待たせして申し訳ありませんでした」

 あれだけ急いだのに、服も髪も乱れない。ナツミさんの洗練された美しさに、女は目を奪われていた。

「わざわざ、待っていただいてまで、御朱印をお求めになるような、熱心な方に来ていただき、ありがたい限りです」

「いえいえ、私がわがままを言っただけですから」

 ナツミさんは筆と墨を出すと、参拝客の御朱印帳に、丁寧に御朱印を描く。達筆でまとまりのある字体だった。

「せっかくですし、境内を案内させて頂けませんか」

「ええっ、いいの」

 女が嬉しそうに反応する。境内を歩く二人に、僕は無言でついていくだけだった。

「素敵な神主さんだった。どこかの誰かさんと違って」

 参拝客はそう嫌味を言い残して去っていった。


 その夜はなかなか寝付けない日だった。僕は何度も目が覚める。そのたびに、布団で打つ向けになったり仰向けになったり、雑念が現れるたびに振りほどくように、寝る姿勢を変えていた。早く寝なければと意識するとなかなか眠れない。苦しい夜だ。僕はまた、目が覚めてしまう。すると、ありえない事が起きていた。

 僕の体の下に、今日、訪れた参拝客が寝ているのだった。見ると衣服を身に着けていない。それは自分も同じだった。とんでもない事態だ。ありえない。これは夢ではないかと思う。この状態を打開しなければいけない。僕は焦っていた。

 だが、体がいうことを聞かなかった。僕は仰向けのまま、女の裸の上で腰を振り続けた。そして、快感。頭の上から腰に向かって、波打つような快感が肉体を横切る。生暖かい感触が、股間に伝わるのを感じた。はっ、と目を覚ました。冷や汗を掻いていた。

 やはり、夢だった。僕は現実に安堵する。だが、それもつかの間だった。懐に何かべったりとした気色の悪い感覚があった。匂いもある。栗の木の匂いだ。恐る恐る股間を探る。

 不安は的中していた。僕の下着は白濁とした液体で汚されていた。


 もう日差しは出ていて、彼女の起床時間が迫っている。僕は洗濯機の前に速やかにたどり着く。もし、僕が下着を洗っているところをナツミさんに見られたら、もう彼女とは二度と会話をすることは出来ないだろう。どんなに弁明しようが、失禁をしたと決めつけるに決まっている。

 だから、仕方のないことだった。汚れた下着を洗濯機の中へと、そのまま投げ捨てる。僕はとぼとぼと自室に行き、新しい下着に履き替える。一緒になるのはナツミさんの衣服であったが、僕はナツミさんそのものを汚したような気がした。罪の意識を感じた。


 僕が寝床で横になろうとした時だった。恐ろしい事に気づいた。それは昨晩の下着と、さっきまで履いていた下着が同じ洗濯機に入っている事だ。二枚入っていることに、彼女が洗濯をしている時に気づくはずだ。いつもは一枚なのだから、おかしいとなる。片方は漏らした下着があると疑われるのではないだろうか。

 僕は、急いで洗濯機の前に戻る。昨日の下着を履いて誤魔化すしかない。沢山の衣服を掻き分け、下着を探す。しかし、手にしたものは赤い下着だった。僕のではない、ナツミさんのものだった。

 それは欲情をそそるような薔薇のような赤だった。彼女の少し大き目な腰回りの、柔らかい曲線美を思い出さずにはいられなかった。女性器は乳製品のような酸っぱい匂いがするというが、どうなのだろうか。抗えない興奮がそそり立ってくる。嗅ぎたい。瞬間的にそう思った。彼女の秘部から染み出る湿り気を鼻にこすりつけたかった。

 それはいいのだろうか。少なくとも今は誰も見ていない。見られてなければいいのか。いや、少なくとも神は見ている。僕の体は硬直する。下着を持つ右手だけが震えていた。その時であった。後ろから足音が微かに耳に入ってきた。


「あれ、電気消し忘れたかな」

 まずい。僕は下着を持っていた右腕を洗濯機に突っ込んだ。声のほうに振り向き、ナツミさんと目が合う。

「カシワさん、おはようございます」

 だが、彼女は気づいた。そして、赤面しながら僕を腰で跳ねのけ、洗濯機の手前に陣取った。

「ちょっと、落とし物でしょ。だったら、言ってよ。私が探してあげるから」

 どうやら、誤解してくれたようだ。安心した。いや、そういうことではない。彼女は焦っていた。当然だ。履いていた下着を探られることを、良く思う女性なんているはずがない。

「何だろう、何か手についたかな」

 その言葉に強烈な不安を感じた。彼女は動かしていた左手を自分の鼻に近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。顔から血の気が引くのが分かった。

 彼女の手のひらに僕の体液が、べっとりとへばりついていた。


 ナツミさんは水道で静かに手を洗う。それから、彼女は僕を見て、愛想笑いをする。

「せ、生理現象だから、仕方ないよね」

 その言葉とは裏腹に、参道を掃除するときも、朝食を取る時も、彼女とは挨拶以外の、一切の言葉を交わすことはなかった。


 僕は社務所の受付で、自責の念に駆られていた。なぜ、あんな夢を見てしまったのだろうか。これは、僕が人生を真剣に生きてこなかったからではないか。だから、肝心な所で快楽や肉欲といった誘惑に負けてしまう。なんて、愚かなのだろう。

 僕は世の中の真っ当に生きる人間には幸せになってほしいと思っていた。けれども、どんな人間であるかに限らず、他人に殺されたり、心に傷を負わされたり、無慈悲に人権を奪われる事がある。

 そういった事に対して、僕は怒りを感じる。世の中は不条理だと。しかし、今回の不条理は明らかに僕が招いたものだ。聖人に泥を塗ったのだ。自分が醜くて仕方がなかった。

 身の回り、立ち振る舞い、全てを完璧にこなす彼女と、ろくなこと一つしない自分。人としての能力の違いに唖然とさせられる。


 本殿の奥側から小型トラックが帰ってくる音がした。やけに早いなと思っていると、助手席から赤い眼鏡を掛けた女の子が降りた。見覚えがある。ナツミさんが直筆で書いた御朱印を貰ったあの子だ。これはどういうことなのだろうか。もしかして、今日の出来事を話して、二人で僕を罰しに来るのではないだろうか。

 いや、違う。きっと、僕の代わりに、彼女を雇うことにしたのではないだろうか。僕の用意できる言い訳は存在しなかった。二人が参道を通ってくる。僕はとっさに受付の机の下に隠れてしまった。玄関を開ける音。

「カシワさん。いないのかな」

 罪人に応える資格なんてあるはずがない。同じ世界に居ていいわけがないのだ。受付の中、無言でやり過ごす。二人は大広間で何かを話し合った後、再び、小型トラックで何処かへと言ってしまった。空だけが、僕の悲壮とは無縁に青く澄んでいた。


最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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また、感想や誤字脱字など間違いの指摘も受け付けています。

宜しくお願い致します。



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