12 詰将棋と緋色の恋
評価ページの下にコトブキ君の解いた詰将棋のリンクがあります。本章は「詰将棋12」です。ご参照ください。
僕は駅前の広場でナツミさんを待っていた。一年近く、一緒に暮らしてきた人と旅をする。それだけなのに、何故こんなにも、ドキドキするのだろう。
ナツミさんは今朝、僕と一緒に朝食を取った後、代理として勤務する神主さんに挨拶するため、少し遅れる事になった。僕は一人で駅へと向かった。バスの中の冷房の利いた車内から、美しく咲いた黄色い向日葵を眺める。そんなたわいない風景でさえ、簡単に僕の胸を高鳴らせる燃料になる。
一時間後の次のバスで、彼女が来ることは分かっていた。それでも、僕はじっとせずには居られない。駅の周りをウロウロしながら、腕時計の針を何度も見た。だんだんと近づいてくる、日常と非日常の分水嶺。そして、その分かれ目に針が到達したとき、バスは定刻通りにやってきた。
車両から乗客が降りてくる。その中に、黒いワンピースを着た一人の若い女性が現れた。僕に向かって腕を振り、笑いかける。
黒い服は彼女の肌の白さを、より際立たせていた。普段は、白い衣装を身にまとっていることが多いからか、あながち、別の人のように見える。
「どう、似合っているかな」
口元を見ると、緋色の紅が引かれていた。ナツミさんの名前は誕生日の語呂合わせからも由来している。渡してから一週間以上経っても、彼女の唇は同じ色をしていたため、本当は気に入らなかったのでは、と僕は疑念を持っていた。だが、それは杞憂だった。ナツミさんは、今日の為に取っておいてくれたのだ。
「ああ、とても似合っていますよ。素敵です」
僕は思った。今、目の前に立っているのは、憧れの先輩でも、神職の娘でも、詰将棋仲間でもない。正真正銘、たった一人の女の子、フジサワナツミなのだと。そして、そんな君と、僕は二人きりで過ごす。それも、知らない街で。
今日限りだ。知っていたはずの現実が、大きな重圧へと変わる。僕はそれを振り払うように、手を差し伸べる。ナツミさんは直ぐに気づいた。手のひらと手のひらを重ねたまま、二人は列車へと向かった。
葉月の熱い太陽が、僕らを照り付ける。車の走行音に混じって、街路樹から蝉がわめいていた。街角では沢山の人が歩き、僕らはかわすように進んだ。
この地方の中心街はひどく暑かった。だからこそ、今日の昼食の冷たい麺を食すには丁度良い。けれども、僕の期待していた反応と違ったらどうしよう。彼女をがっかりさせたくない、という気持ちを抱え、恐る恐るお店に入る。店内は肉の焼けた香ばしい匂いが、辺りに充満していて、僕の不安は少し拭われた。座席に置かれた、品物の記された表を彼女に渡す。
「どれが良いかな」
「これが一番人気だそうですよ」
僕らは同じものを食べる事になった。
注文から暫くして料理が到着する。まずは、紅葉色の赤みがかった汁を一口飲む。冷たいスープが喉をを通る。野菜の甘味、お酢の酸味、唐辛子の辛み、そして牛骨の旨味が揃った、味わい深いスープだ。
続いて、麺をすする。白く透き通った麺は、今までに食べたことの無い、強力な弾力があった。その独特と言ってもいい歯ざわりが、噛むにつれて癖になっていく。麺が吸ったスープの旨味も、胃の中へじんわりと溶けていく。
食感の良い胡瓜と大根は、箸休めとして完璧な役割だった。見た目ほど辛くは無いが、後半に進むにつれて、次第に汗が出始めた。食べ終わるころには、服にしみを作るようになり、白い服で来たことを後悔した。けれど、隣の君が満足そうに完食していたのを見て、僕は少なからず安堵した。
満腹感に包まれながら、街を歩く。暑い日差しの中、ナツミさんは鞄から帽子を取り出す。彼女の顔は影に覆われ、日向との明暗がくっきりと分かれていた。
大通りをいくらか進むと、神社が見えてくる。参道の奥には歴史ある本殿が、威風堂々と待ち構えていた。ナツミさんと二人して参拝する。僕は彼女が二礼二拍手一礼するところを、ちらりと横目で見た。やはり、ナツミさんが一般客に混じって、普通の服装で祈りを捧げる姿は、何とも不思議な感じがする。
本殿の奥には、建物よりも大きな岩が存在した。細い階段を登って拝めるのだが、視界は灰色の岩石によって完全に消される。この岩の下敷きになれば、人間なんかは粉みじんになるだろう。無事に旅が終わる事を祈り、鳥居を後にした。
このあと、僕らは涼を求めて、隣接する博物館に向かった。白と黒を基調とした館内には、城の模型や昔の人々が使っていたとされる伝統品が並べられている。それらをナツミさんは物珍しそうに眺めていた。
彼女は、自分が思っている感情を、あまり口にしたり、表情に出したりすることは無かった。それは、傍から見れば、知的で涼し気な印象を与える。しかし、親しい間柄という建前で共に行動するとき、小心者の僕としては、ナツミさんは楽しくないように映った。普段、笑顔を振りまく分、尚更、そう疑ってしまう。
この点、アリサのような、ハッキリと態度を示す人間のほうが、僕も気楽に対応できた。彼女の行動に沿って、僕も対応を考えればいい。ナツミさんがときどき推すように、僕はアリサとくっつくべきなのだろうか。
いけない。僕の今の相手はナツミさんだ。臆病風に流されるな。館内を出た僕は、ナツミさんに近くのベンチで座るように促した。
僕はどうしてもナツミさんと会話がしたかった。昼食の感想を聞いても、帽子の販売元を聞いても、一言二言の返事で終わってしまう。お互いの気持ちをどこかで共有しなければと思っていた。
椅子の上で、水筒を取り出して冷たい水を飲む。清らかに生きろ、と助言するような無味の喉越し。辺りには清流が流れ、空には茶色の鳥がパタパタと飛んでいる。時間はゆったりと流れていた。そうか、僕らは急ぎすぎていた。
木陰の下で同じように緑茶を飲む君に、僕はたわいない質問をした。
「ナツミさんの好きな花は何ですか」
「花と言っていいか分からないけど、オジギソウかな」
可憐な花の名を出ると予想していたので、少し意外だった。中々渋い趣味をしている。
「ああ、あの触ると、葉っぱが動く植物ですよね」
「そうそう、子どもの頃に、学研の教材で種を貰って育てたことがあってね。礼儀正しくお辞儀する葉っぱが可愛くて、ついつい触っちゃったなぁ」
どきどきしながら植物に触れる、幼少期のナツミさんが容易に想像できてしまう。きっと、彼女が好奇心旺盛にオジギソウをいじる姿は、とても可愛いらしいものだったろう。
「オジギソウは花言葉でも、感受性とか敏感とか、触れたり熱を加えたりされると葉っぱが動く特性が、そのまま表現されているのですよ」
「コトブキ君って花言葉に詳しいね。凄いよ」
「いえいえ、高校生の頃、一時期、はまっていたことがあって」
密かに片思いをしていた相手に、花束を渡す機会があればとんな花を渡そうか。そんなあるはずの無いことを空想しては、密かに花言葉を勉強していた。頭の中でなら、いくらでも希望を持つことが出来た。
結局、徒労に終わってしまったが、こうしてナツミさんに褒めてもらえるのなら、無駄な時間では無かったのだろう。
報われない努力も、別の場面で自分を助けてくれることだってある。
「お花が好きなのって素敵な趣味だよね。コトブキ君の好きな花は何なの」
「僕はたくさんあるのですけど、こちらに来てからハマギクという花を知って、好きになりました」
初めて、ナツミさんの街に来た時、駅の花壇で咲いていた花だ。
「秋に咲く、あの白い花だよね」
「ええ、砂浜の過酷な環境でも咲く強さに惹かれました。花言葉も逆境に立ち向かうって意味があるのです。その姿を見ると勇気を貰える気がして」
「逆境に立ち向かうかぁ、とても前向きにさせてくれる花言葉だね」
本当は、君に似てるからなんて、とても言えることではない。僕はずっと、その花を写真で見続け、ナツミさんのことを思ってきた。
白くて美しくて、どんな困難でも絶えず、にこやかにしている。そんな君の姿に惚れた。それをハマギクに重ねていたのだった。彼女とハマギクを一緒に見れることが出来たら、どれだけいいだろうか。
空は青く、雲は白い。そびえる杉の葉に天を重ねれば、色は一段と青く見える。僕らは公園内にある、お城を目指す。小さな木の橋を渡り、石垣の囲う城の前に出た。
僕らの体よりも高い、大きな石垣が視界を支配する。その先はどうなっているのだろう。階段を上り、どんどん上へと向かう。途中に便所があったので、それぞれ用を足した。しかし、この後、事件が起きた。
僕は先にお手洗いから出て、ナツミさんを待っていた。そこに、二人のほっそりとした長身の男性がやってくる。上半身に服は着用していないので、余程の暑がりなのだろう。片方の男が僕に近づいてきたので応じようとしたら、いきなり左腕を掴まれた。振り解こうとしたが、男の赤黒い腕は異常な怪力を持っていて、びくともしない。
そうこうしているうちに、背後からもう一人の男に体を抱えあげられる。暴れようとしたが体に力が入らず、無抵抗のまま運ばれていく。どこに連れていく気だ。こいつらは何者なんだ。振り向いて彼らの顔を見ると、頭の上にお皿が。河童だと思った瞬間、僕の体は宙を浮いた。
真っ暗な床に叩きつけられる。下には干し草が敷いてあり、衝撃を和らげてくれたようだ。見上げると丸い形をした青空がはっきりと見える。どうやら、井戸におとされたようだ。
どうやって井戸から這い上がろうか。思慮に耽っていると上から女の叫び声がした。ナツミさんがスカートを押さえて落ちてくる。僕は受け止めようと試みたが、彼女は干し草へと一直線に突っ込んでいった。
「死ぬかと思った」
「大丈夫ですか」
ナツミさんの腕や足を見たが、傷は無いようで安心した。
「向こうに洞窟があるみたい」
彼女が指差す方に、ほんのりと小さく見える光。井戸をよじ登ることは大変そうなため、僕らは先を進むことにした。
細長い洞窟の先に、灯りの灯った部屋がある。丁度、社務所の大広間と同じ広さの空間があり、四方の隅には、灯篭に火が灯っていた。ここが酒屋なら、女の子は喜ぶだろう。
だが、お酒の代わりに存在したのは交差された十本の線だった。その線によって作られた正方形は、将棋盤と同じ八十一。一マスの広さは座布団ほどだった。
さらに、マス目には駒の形をした石がいくつか置いてあり、文字が描かれている。線の端っこにも金と書かれた石が二つと、飛車と書かれた石が一つある。持ち駒のようだ。そして、玉が書かれた駒は盤上に一つしかなかった。つまり、これは詰将棋だ。
*詰将棋12*
「金が二枚あるし、詰みやすそうな形だね」
「盤上の攻め駒が桂一枚だと逃げられそうですね」
中央は何もない空間だが、桂馬の利きで金が打てる。しかし、そうすると今度は反対側へ逃げられてしまう。
突然、ナツミさんが飛車の持ち駒の所へ走る。それを見て僕も気づいた。
「初手はこれですよね。でも、どうすればいいのだろう」
「多分、升目のところに持っていけばいいのかな」
二人がかりで飛車の石を持ち上げる。人の頭くらいの大きさしかないわりには、かなり重い。
僕らは一生懸命に石を運び、正解だと思うマス目へ置く。すると、置いたマス目から砂地獄が発生した。石は飲まれ、代わりに斜め後ろにあった角の石がずれて、こちらに近づいてくる。同角の一手を表わしているのだろうか。
僕とナツミさんは残された金を王手の位置に置く。今度は、玉の石が斜めに倒れた。僕らは、その方角に王の石を置き、王のあったところに最後の金を置いた。
金の石が輝き始めた。その黄金色の光によって、薄暗い周辺の全容が明らかになる。壁と思われていた場所に、抜け道が存在していた。
「すごいよ、コトブキ君。道が続いている」
狭い入口の先は階段になっていて、僕らはそれを登りきると、下りの階段が現れた。さらに下ると、細い螺旋階段があり、上から太陽の光が降り注いていた。どうやら出口のようだ。
風が吹いている音がする。ナツミさんの体勢が崩れないように、後ろから支えながら階段に足をかけていく。その全てを制覇した時、強烈な西日が挨拶をした。反対側には石垣が聳え立っている。僕らは別の井戸から、脱出に成功したようだ。
石畳の坂を上り、階段を踏み越え、頂上へと向かう。だが、最終地点にお城は無く、代わりに沢山の観光客がいるだけで、僕は拍子抜けした。ナツミさんの手が僕の肩を叩く。骨を通じて響き渡る、獅子おどしのような音。
「ほら、凄い景色だよ」
言葉通りだった。橙色の空の下、広々とした街や山が優雅に一望できる、感嘆足る景色だった。たくさんの観光客が携帯を構えて、写真を撮る姿から、皆が同じ事を思っているのが分かる。
「せっかくだし、お互いに写真撮りませんか」
呼びかけたのは、黒いサングラスを掛けた外国人カップルだ。その男性の口元には、人の好さそうな笑みがあった。
僕は携帯を貸すと、一枚とってくれた。代わりに外国人の写真を一枚撮り、お互いにお礼を言って、別れた。
黄昏時の都会に緋色の天使が二人、夕焼けに向かって歩いていく。繋がりあった手に、宿された約束。神様になるその日まで、僕らはどんな試練だって乗り越える。目の前に邪悪が憚ったとしても、君が笑いかけるから、僕は何も怖くない。そうして、守っていこう。二人だけの楽園を。永遠に、永遠に。
僕はこの世界がずっと続けばいいと願っていた。
駅までたどり着き、列車に乗る。帰省時だからか、列車はいつもより、混んでいた。僕が経っている横で、家族連れの子供も運悪く立っていた。見ていた年寄りの車掌が、特別に塗り絵を贈呈した。嬉しそうな子供に車内は温かい雰囲気に包まれる。宇宙船地球号は、今日も人々の幸せに向けて走り続けていく。
三駅ほどして、大半の客が降りる。おそらく、ここから先は乗る人も少ないだろう。僕はナツミさんと座席に並んで座った。いくつかのトンネルを抜けた後、僕は腹をくくって、携帯の中にある一枚の写真を彼女に見せた。
「あ、詰将棋だね。もしかして、コトブキ君が考えたの」
「その、実はナツミさんに解いてほしくて、こっそり考えていました」
僕は携帯をナツミさんに渡した。
どれどれと呟きながらナツミさんは考え込む。君は澄ました顔をしながら、瞳を輝かせる。彼女の時間が僕の作品に注がれる。これほど幸せなことはあるのだろうか。やがて、彼女は難しそうな顔をした。これは、僕の作品に苦戦してくれていることだと思っていた。けれど、違った。
「コトブキ君、本当にすごい作品だね」
「ありがとうございます」
「けどね、これ、実はね」
問題は五手目だった。取れないと思われていた同香成が成立してしまったのだ。勿論、桂馬で取り返せるのだが、僕はこの桂が守りに利くと勝手に思い込んでいた。しかし、飛車の空き王手を食らわせたときに、2五の合い駒を強奪する強手が再び成立し、詰んでしまう。もし、歩合いが出来ればかろうじて詰まないのだが、そうすると、この詰将棋の根幹が崩れてしまう。
彼女の心に残るはずの作品は、長い手順の余詰めによって失敗に終わった。美しさの追及に気を取られ、正確性を疎かにしていた。最後まで現実が見えていなかったのだろう。僕は肩を落とした。そんな姿を見たナツミさんは優しく、励ましてくれる。
「凄いよ、私、詰将棋とか解くのばかりで、全然、考えつかないから」
「まあ、全てが時間の無駄に終わりましたけどね」
「そんなことないよ。そうだ」
ナツミさんは鞄から白い包みを取り出した。丁度、眼鏡が一本入りそうな小さな包みだった。
「開けてみて」
中には、淵が木でできた、渋い雰囲気の万年筆が入っていた。
「それ、何処かのタイミングで渡そうと思っていたけど、荷物になるから、って思って今になっちゃった。ごめんね」
「いえ、ナツミさんから誕生日プレゼントが貰えるだけでも嬉しいです。大切にします」
「コトブキ君はね、創作の才能があると思うから。それで感動したものや、心に留めたものを字に残してくれると嬉しいな。勿論、詰将棋の図案にもね」
「ありがとうございます」
僕はそう答えたとき、強烈な眠気が襲ってきた。いけない、まだ寝ちゃ駄目だ。ナツミさんとの二人きりの時間が。
「今日、一日、いろいろあって、疲れちゃったね。おやすみなさい」
ナツミさん、そうじゃない。僕はまだ、君とたくさんお喋りしたいのに。
どれぐらいたっただろうか。僕が次に目を覚ますと、列車は終点の近くまで来た。彼女は語りかけるように言葉を紡いていた。
「宗教はね、孤独な人間や社会的弱者など、どんな立場の人にも開かれているものだよ。つまり、自由や平等、そして平和のためにあるはずでね。けれど、自分の宗教を理解されないからって、非難したり、差別したりするのは間違っていて」
一瞬、僕に語り掛けているのかと思っていたが、寝言だった。彼女は寝ている時ですら、皆の幸せを考えていた。恋人と二人きりだけで幸せになれればいいという、おこがましい考えは一切しなかった。
僕は神社に続く参道を一人で歩いている。彼女は終着駅で、祖父に挨拶をするために分かれる事になった。山の中に潜む日暮の大群が、物悲しげに鳴いていた。
こうして、僕は悟った。君の隣に立つことなど永遠に出来ないと。これが結論だった。空に我が物顔で居座っていた太陽はとうに消え、代わりに半月が及び腰な態度で現れる。見えてくる鳥居。門の閉まった社殿。
少ししてから帰ってきた彼女は、いつものナツミさんだった。そして、時計の針が戻ることは、二度と無かった。
それからの月日は、あっという間に流れた。気が付くと夏は終わり、涼しげな秋の季節がやってきた。そして、僕は最後の夕拝を終えて、全ての勤務を終了させた。
けれど、肝心のナツミさんはここには居ない。夕拝の前に早めにやってきた彼女は、家の支度をしていた。僕と一緒に仕事を終えた後、ナツミさんは用があるからと言って、車で何処かへ行ってしまった。残されたものは、たたまれた洗濯物と皿にラップのかけられた夕食だった。
ごめんねと呟いて出ていった彼女の、申し訳なさそうな瞳を思い出しながら、僕は箸で栄養を取る。心の中には物憂いしい気持ちが、海のような広さで横たわっていた。
僕は堪えきれず、外に出た。それでも、彼女が帰ってくる気配は、いっこうに無い。秋の夜は、丁度、こちらに来て間もないころのように、鈴虫たちが楽しげに鳴いている。見上げると真っ暗な夜空に月は無く、代わりに無数の星々が煌めいていた。
僕は子供の頃、祖父母の家でしたように、夜空を見上げて星々の物語に思いを馳せてみる。けれど、大鷲と化した彦星も、魚の口のような銀河も、感動を呼び起こすには足りなかった。むしろ、景色は霞み、孤独感を助長させるだけでしかない。
ナツミさんは、今も増長し続けるあの宇宙に、吸い込まれてしまったのだろうか。
僕は君と眺めたかった。同じ時間を共有したかった。この何万年という時間の中で、君に出会えた奇跡。もう、叶わないのだろうか。ああ、神様お願いです。どうか、もう一度だけ。もう一度だけ彼女に。
フジサワナツミに会わせてください。
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