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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第一章 春の日の事件
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第一章 第7話 三つの状況

 ロウジーの姿を見て、マリアンはすぐに飛び寄って来た。


「どうだった?」



「いや……まだ…………」



「そう………」


 娘は心配そうに後ろを振り返り、ルイをちらりと見やった。

 やはりルイも一瞬期待したのだろう。食卓の奥側で、玄関を向いて座っていた少年は、二人の言葉を聞いて泣きそうな表情かおをしていた。



 ロウジーは自分の家を見回しながら、中に入った。



「片付けてくれたのか?」


「ちょっと居心地が悪かったから。」

 マリアンは苦笑した。

 足を痛めていなければ、もっと綺麗に出来たのだけど。



 あらゆる場所に積まれていた物が数ヵ所にまとめて寄せられ、山を成していた衣類は畳まれ、流しに溜まっていた食器は洗われて、家の生活感は、なんとか適切と言える範囲を取り戻していた。

 マリアンとルイは食卓で、二人仲良く並んで、洗った食器を拭いていた所らしい。



りーな。」


 おどおどと言った青年を見て、マリアンは笑った。


 マリアン自身はそんなつもりはないのだが、彼女は子供の頃から世話焼きな気質だった。



 昼食を買って来たと告げられ、マリアンはもう一度笑顔を見せた。


「よかったわ。わたしお菓子しか持ってなかったから、この子のお昼、どうしようかと思ってたの。」



 それから二人はルイの分を含めて、昼食代をきっちり割り勘した。

 どちらもまだひと月分の給金しか貰っておらず、懐事情が厳しかった。




 二人が初めて出会ったのは、フロウラング市の大商家、グラナガン家の執事室だった。



 18歳のマリアンと、19歳のロウジーは、同じ日にグラナガン家の使用人となったのだった。


 それからまだ二月経ていない。

 月途中からの勤務だったため、初月の給金も満額貰えていなかった。




 もし夜までに母親が見つからなかったら。



 積み上げられていた物を一掃した食卓に皿を並べて、この時、マリアンの不安は段々大きくなりだしていた。



 結婚して、外から通って来る者もいたが、使用人は基本的に邸に住み込みで働いていて、グラナガン家は門限も厳しかった。

 二人とも今日の夜、最悪でも明日あすの朝一には、グラナガン家に戻らなければならないのだ。



 少年の前で、「母親が見つからなかったら」、とは言えなかった。


 5歳の子供には大き過ぎたらしいパンをナイフで半分に切ってやりながら、マリアンは遠回しに同僚に尋ねた。


「ねえ、ロウジーはいつお邸に戻るの?」

「…俺は明日あしたも休みで、外泊許可も取ってある。あと一日は大丈夫だ。」



 少しだけ安堵した。


 つまりあと一日は猶予があるのだ。


 今日中になんとか見つかってほしいが、この事態が明日あすまで続く可能性も考えなければならなかった。





 結局この日マリアンが帰る時間までに、ルイの母親は見つからなかった。







✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣




 レベッカは半狂乱でルイを捜していた。



 見つかることを恐れて、最初の内は名を叫ぶことが出来なかったが、ルイを捜し出せないままに時が過ぎると、最早そんなことは言っていられなくなった。



「ルイ!!」



 喉を痛めるまでルイの名を叫んだ。





 ばちが当たったのだと思う。


 



 でもルイは――――――――――――――――――――ルイは何も悪くないのに。



 ルイは何もしていないのに。





「ルイ!!」





 泣きながらルイを捜した。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 すっかり日の暮れた街を、人相の悪い男達が歩いている。


 明らかに苛立っていた。



「くそ!母親だけでも捕まえておくべきだった。」

 吐き捨てる様に一人が言った。


「あいつらどこ行きやがった。」



 殺気立つ眼差しで、男達は夜の街を捜した。


第一章 終

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