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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第八章 吹き返す風の吹くまち
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第八章 第9話 あるまちからの知らせ

 ガルデス=ヴァン=グレイドは、ルビーツ家からの急な呼び出しを受けて、その邸を訪れていた。



 レメンデルデ市の現在の市長の家であるルビーツ家は、王制廃止前は王の家であり、その邸はかつての王城だったから、広大なものである。



 幾度も歩いて来た勝手知ったる長い廊下を、ガルデスは案内も付けずに一人で歩いていた。



 グレイド家の当主であったガルデスの父が、家の階段から転げ落ちて急死したのは、ほんの一月程前だ。突然の代替わりで、新たな当主となったガルデスは、まだ落ち着かない毎日を過ごしていた。



 この忙しい時に、理由も告げられずに呼び出されて、何ごとであろうかと思う。



 元王族の家系でもあるグレイド家は、ルビーツ家との結び付きが強く、今でも密に親戚付き合いが続いている。慶事や弔事もお互いに顔を出すし、ルビーツ家の一家とは、父の葬儀で顔を合わせたばかりだった。


 現在の市長で、5歳年上のレックス=アル=ルビーツのことは、子供の頃から知っている。



 長い距離を歩いて、ガルデスは片開きの扉の前に辿り着いた。


 今は親しい者しか立ち入らない場所だが、かつて王の執務室であった部屋に隣接する小さな部屋があり、ガルデスが叩いたのはその小部屋の扉だった。



 「ガルデスです。」と告げると、中から入室を促す声がした。



 扉を開けると、重厚な内装の部屋の中程に小さな机があり、レックスは、机の奥側に座っていた。


 その机に椅子は二脚しかなく、もう一脚は手前側にあり、ガルデスが席に着くのを待っていた。



 小さな机だったが、幅にはまだ余裕があった。

 部屋の壁際に、もう三脚椅子が並べられていた。

 必要に応じて椅子を足すのである。


 そこは昔から、王が内々の話をする場所だった。



 白髪勝ちの金髪に、青灰色の瞳を持つ市長は、なぜか不機嫌そうだった。

 最近不幸があったばかりの親戚に向ける表情かおとは、思えなかった。



 手で示されて、ガルデスは市長の向かいの席に腰を降ろした。



「わたしの所に、穏やかならぬ話が来ている。」

 表情が示していた通りの苦い声で、レックスがそう告げた。

「フロウラングの警察からだ。」



 そう言われて、ガルデスは頭から水を浴びせられたような気がした。


 話に、思い当たることがあった。


 つい数日前に母を訪ねて、レメンデルデ市の警察がやって来ていた。


 訪問者を知ったガルデスは、警官達が母の話を聴いていた部屋に押し入る様にして強引に同席し、母の代わりに聴取に応えた。

 と、言っても、ガルデスは尋ねられたことのほぼ全てに「あずかり知らぬこと」と言い通しただけで、警官達を追い返した。

 そして「これ以上騒ぎを起こさぬ様に」と、母には釘を刺した。



 まさかレックスの所にまでやって来た警官がいるのだろうか。



 レメンデルデの警察がグレイド家に歯向かうとは思えず、話はあれで終わるだろうと思っていたのに。



「お前の父と母のことだ。ダレスの倫理を外れた行いには困ったものだったが。」



 ダレスは、ガルデスの死んだ父の名前である。


 ガルデスの顔から血の気が引いた。

 やはりあの件か、と思った。



 レックスは、不快気に言葉を接いだ。

「ダレスが若い娘に生ませた子供を、お前の母親が引き取ろうとしているそうだが、如何なる理由か?」

「―――――――――――その様なことを、フロウラングの警察が?」


 喉が絞まる様な感覚を覚えながら、ガルデスはとぼけてみせた。

 苦々しい顔をして、市長はグレイド家の新しい当主を睨んだ。


「その娘は今はフロウラングにいて、複数の男達に襲われて、誘拐同然に子供を奪われそうになったらしい。」

「――――――――――――初耳ですが。」


 ガルデスはなおも白を切ったが、レックスは納得しようとはしなかった。


「娘を襲い、子供を奪おうとした男達は、フロウラングの警察に捕まっているそうだ。フロウラングの警察は、奇妙に優秀な様だ。その連中は、お前の母に頼まれたと述べているそうだ。」



 冷たい汗を流しながら、ガルデスは昏い怒りを覚えていた。



  なぜ自分がこの様な恥辱を受けねばならぬのか。



 繰り返された父の恥知らずな行いを、ガルデスはずっと、心底から軽蔑していたが、一方で、相手の女に対する母の異様な執着と復讐心にも、毎回うんざりさせられていた。



 親の愚行のせいで、いい迷惑だった。



 市長の不興を買いたくはない。

 ルビーツ家との結び付きの強さは、グレイド家の後ろ盾だった。



 ガルデスは唾を吞んだ。


 「知らない」と言い張っておくのが得策に思えた。

 おそらく証拠はないことで、レックスが信じるかどうかは別にして、証拠がなければなかったも同じことだった。


 グレイド家の新当主は、動揺を押し殺し、平板な声で応えた。

 レックスが膝の上に何かを持っていることに、ガルデスは気が付いていなかった。


「まさかその様な。全くあずかり知らぬ話です。帰宅して、母にも確認致しますが―――――――――――――――」

「フロウラングの警察が、これを寄越して来た。」


 と、市長はガルデスの言葉を遮り、やや吐き捨てる様にそう言って、手にしていた物を机の上に置いた。



 それは本の様な形をした、象牙色の革の容れ物だった。



 その容れ物を見て、一拍置いて、四つの隅の一ヵ所に小さく刻印されている紋に気が付いて、ガルデスは凍り付いた。






 円を描くつるの中に示された、天秤。






 それは、グレイド家の家紋だった。






 どこの工房が作った物であろう。


 どこであれ、グレイド家の打刻印を持つ工房は限られており、その容れ物は誰でも手に入れられる品ではなかった。



「子供を奪い去ろうとした男達が持っていたそうだ。」


 市長はガルデスが紋を確認したのを見ると、その容れ物を開けて見せた。


 容れ物は本の様に開き、中は芯材と緩衝材を入れた灰色の布で幾つにも仕切られていた。


 ページをめくる様に仕切りを繰ると、ちょうど真ん中辺りのページに、赤い宝石を幾つも散りばめた、豪奢な金の首飾りが留められていた。



 ガルデスは言葉もなく、容れ物ごと、机の上に突き出される様に置かれた首飾りを見つめた。



 簡単に買える様な代物ではない。



 例えば宝飾品の店であるのなら、店の奥にある貴賓室に通される様な人間でなければ、見ることもないであろう代物だった。



 レックスが冷ややかなで自分を見ていた。



 グレイド家の関与を否定するのは、難しかった。



 市長は不快気に指摘した。


「生前のダレスの行いは目に余るものだった。いい歳をして子供を成したという噂は聞き及んではいたが、子供に罪はなかろう。ほか都市まちにまで逃げた母子おやこをなおも襲わせるとは、あまりに恥を忘れた行為ではないか。」



 ガルデスは青い顔でうなだれた。



  まさかこんなに分かり易い証拠を――――――――――――――――――



 母の軽率さに腹が立った。



「母に―――――――――母に、訊いておきます。厳しく申し伝えておきますので。」




「二度とこのようなことはさせるな。」





 そう言うと市長は立ち上がり、机に置いた物をそのままにして去って行った。

第八章 終

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