第八章 第4話 彼らが語ること
日が僅かに翳り出していた。
買取りの担当者との約束があったので、ファゼルは一人で日時の変更を頼みに行ってくれていて、ここには後からやって来ることになっていた。
ロウジーが自分の名前を告げる横で、ルイの様子に気付いたマリアンは、真っ直ぐにルイが眠る長椅子の方へ歩み寄って行った。自然、ジャンは食卓机のもう一つの椅子も、長椅子の横まで運んだ。
一辺に一人ずつしか座れない小さな食卓机には椅子は二脚しかなかったが、この家を借りた時から置き去られていたぼろぼろの椅子がもう一脚あって、ジャンは台所に置いていたその椅子をルイの枕元まで持って来ると、先刻まで自分が座っていた椅子と入れ替えて、青年にはまともな方の椅子を譲った。
勧められたその椅子に、金髪の青年はほとんど無言で座り、数秒、寝室の扉を見つめていたが、その後は彼の視線はマリアンと、彼女が見つめるルイの方に向いた。
マリアンがルイの足元の方にいて、三人はルイの横に半円を描く様にして、静かに座した。
それからしばらくの間、沈黙に近い状態が続いた。
レベッカの詳しい話が聴けるものだと思っていたジャンは、二人の客人がほとんど何も喋ろうとしないことに、戸惑っていた。
彼らは、何者なのだろう。
フロウラングにレベッカは、知り合いを持っていただろうか。
マリアンと言う女性は、「ルイが追われている時に出会った」と言っていた。
それだけなのか………?
部屋に落ち始めた薄闇が、段々と濃くなった。
ジャンは立ち上がると、小さな部屋のランプや燭台に灯をともして廻った。
二人は後から来るという、もう一人を待っているのだろうか。
夜を迎えつつあった。
寝室からは、ずっとなんの物音も聞こえてこない。
レベッカは、今日の内に起き上がれる様になるのだろうか。
数瞬、その扉を見やってから、ジャンはルイの隣に戻った。
二人の客人はやはり無言で、とうとうジャンは、自分の方から切り出した。
「―――――――――あなた達とレベッカは、どういう知り合いなんですか?」
マリアンはその言葉を聞いた時、どうしてか何か腹立たしくて、また泣きそうになった。
「わたしは、ルイとぶつかっただけ。」
涙を押し殺して、彼女はそう応えた。
「でも、それでいいでしょ。」
それだけ言うと、マリアンは、ジャンを見つめて黙った。
理不尽に人を傷付ける人間がいるのなら、理屈なく人を助ける人間もいなければ、釣り合わない。
母子を助けたのは、自分一人だけではなかった。
その言葉にジャンは目を瞠り、ロウジーも少しだけ驚いた表情で、飴色の瞳の女性を見やった。
関わりの深さや親しさとは無関係に、彼らはレベッカとルイを助けようとしてくれている。
そう感じた。
ジャンは視線を伏せた。
彼らにとっては、ジャンの方が部外者なのだろう。
今自己紹介が必要なのは、自分の方なのだ。
少しの間、ジャンは寝室の扉を見つめた。
求められた訳ではなかったが、それから彼は二人に向き直り、静かな声で、自分とレベッカのことを語り出した。




