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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第八章 吹き返す風の吹くまち
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第八章 第1話 小さな家

 凍り付いた様なでマリアンを見ていた栗色の髪の女性は、突然取り乱した。



「レベッカさん⁈」



 何か言おうとして言葉にならない様な声を上げ、レベッカは泣き叫んでいた。


 息が上手く出来ないのだろう。


 その声は掠れていて、ほとんど人の耳に届くことがなかった。



 目の前の状況に、マリアンは立ち尽くした。

 その横で、男が立ち上がっていた。


 何かを拒む様に激しく首を横に振るレベッカの体を、男は抱き締める様にして抑え込んだ。


 母の尋常でない様子に、横でルイが怯えて涙ぐんでいる。


 レベッカを胸に抱く様にしながら、男の表情は茫然としていた。



  この男性ひとは――――――――――――――――――



 声にならない声で泣き叫び続けるレベッカと、彼女を抱き締める男を、マリアンは言葉もなく見つめていた。


 心臓がばくばくした。



 本当は多分、分かっていた。



 だが受け止めきれなくて、マリアンは答えから目を逸らした。



 長い時間ではなかったが、一番可能性が高そうな答えは見えない振りをして、「ルイの従兄弟」とか、「ルイの伯父」とか、マリアンは無意味に思考の中で迷子になった。レベッカの若さを思うと「ルイの兄」はあり得ないなどと、妙なことまで考えた。



 レベッカは我を失っていた。



 男は茫然としていたが、やがて彼女を抱きかかえる様にしながら歩き出した。

 最初に男が向かっていた方角だった。

 だがしばらくするとレベッカは気力も体力も尽きた様に崩れ落ち、そこからは、男はレベッカを抱き上げて歩いた。


 何も言われなかったが、涙目で立ち尽くしていたルイを腕に抱いて、マリアンは男の後ろに続いた。


 そうするしかなかった。



 5歳の子供は重くて、ロウジーの様にはいかなかった。


 腕が持たなくて、それ程長く歩かない内に、マリアンは一度ルイを降ろした。

 だがルイは少し落ち着いてきた様子で、そのあとは、マリアンと手を繋いで歩いてくれた。



「おかあさん、どうしたの?」


 不安が溢れる様なで手を繋ぐルイに尋ねられ、強張る頬に、マリアンはなんとか笑顔を浮かべた。


「さあ、ちょっと具合が悪くなっちゃったのかも。」



 応えながら、なぜか涙がこぼれそうになった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 細いみちがいくつも交じり合うごちゃごちゃとした住宅街には同じ様な小さな家が建ち並んでいて、そこが裕福とは言えない地域であるのは、一目瞭然だった。


 辿り着いたのは、小さな家だった。


 何度か引っ越しも考えたが、ここにしようかと決めかけた家に先に借り手が付いてしまったりして、結局ジャンは、六年の間、同じ場所に留まっていた。


 水回りの他は、食卓机のある居間と、小さな寝室が一部屋あるだけの家だった。



 血の気の引いた顔で、ジャンはぐったりとしているレベッカを寝室まで運んだ。


 目の前の事態にただ対応しているだけで、何も考えられなかった。


 飴色の瞳の女性が急いで歩み寄って来て、ジャンの腕の中のレベッカのサンダルを脱がし、ベッドの上の布団をめくってくれた。



 誰だか分からなかった。



 戸惑いながら、「ありがとう」と礼を述べると、娘は青い顔でただ頷いた。

 女性は、随分若く見えた。



 女性が布団をめくってくれたベッドに、レベッカを横たえながら、ジャンはレベッカの肩から鞄を降ろした。


 六年ぶりに見るレベッカは、見てすぐに分かる様な上質な服を着ていて、そんな服を着ているレベッカは、見たことがなかった。


 枕元の小机にレベッカの鞄を置こうとしたジャンは、その時になってそれが昔レベッカがいつも提げていた鞄と同じであることに気が付いて、はっとした。



 レベッカはぐったりとしていて、もう気を失っているかの様に動かなかった。


 彼女の体に布団を掛けると、ジャンは自分の横に立つ小さな少年を見やった。


 ベッドの上の母を見つめる少年は、不安そうにしていた。



 刃物で胸を突かれる様な思いがした。



 その幼い子供の顔は、あまりに自分に似ていた。



 閉じることが出来なくなったかの様な目で、ジャンはその子供を見つめて、動けなかった。



 誰も何も喋らず、幾らかの時間が過ぎた。


 沈黙を破ったのは、飴色の瞳の女性だった。



「あなたは―――――――――――――――――――――――」



 掠れた声で問われ、ジャンは顔を上げた。

 彼女を見つめる彼の顔は、だが戸惑っていた。


 互いにまだ、名乗ることすらしていなかった。





  自分は部外者なのだろう。



 マリアンはそう思った。



  本当は部外者が、踏み込むべきではないのだろう。



 そうも思った。





 だがフロウラング(このまち)に、母子おやこに手を差し伸べる知人ひとは、きっと他にはいなかった。




 一呼吸を置いて、マリアンは遠慮を振り払った。




「ヴァン=グレイド家と、関わりのある方ですか?」




 マリアンの言葉に、ジャンは目をみはった。

読んで下さった方、ブクマ・評価下さった方、本当に本当にありがとうございます。


遅筆のため更新が滞ることがありますが、もう少しの間、お付き合い頂けると幸いです。


ブクマ・評価頂けると大変励みになりますので、よろしければぜひお願い致します。


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