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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第七章 もう一つの物語
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もう一つの物語 第2話

 使用人の勤務日と勤務時間を決めるのは女中頭だったが、事前に申し出ておくと、休日や時間を調整して貰えた。


 ところが約束の日の直前になって、主要な役者の誰かが病気をしたか怪我をしただかで、長期に続けられていた公演が、再開日未定で休止されることになった。


 使用人用の食堂に置かれている共有の新聞で、二人は公演の中止を知った。



 予定していた日の、二日前のことだった。



「代わりにどこかに行くのも面倒だな…………」

「うん…。」



 計画の変更を余儀なくされて、二人はぼやいた。

 代替案を考えてはみたが、毎回外出するのも疲れて来ていた。たまには外に出ず、二人でのんびり過ごしたい、と思った。





 そしてその日珍しく、ジャンが女中部屋に忍んで来た。


 レベッカの同室の女中は勤務日で、レベッカとジャンがそんなに長い時間を部屋で二人きりで過ごすのは、初めてだった。




 日中の使用人部屋の辺りは無人に近くて、周囲はしんとしていた。




 使用人部屋は、簡素な家具がわずかに置かれているだけだ。


 部屋には二台ずつのベッドと、洋服箪笥と、小さな書き物机があるだけで、机は椅子を備えていたが、来客がある時は大抵みんな、ベッドをソファ代わりにして座った。


 その時の二人もこれまでと同じ様に、レベッカのベッドの上に、並んで腰掛けていた。



 しばらくはとりとめのない話をしていたが、やがてジャンはレベッカの肩を抱き寄せ、頬に触れ、唇を重ねた。





 辺りは静かで、ひと気がなくて、ジャンは次第に大胆になった。





 その内、彼は自分を止められなくなっていた。




 そしてレベッカも、それが嫌ではなかった。







 邸の使用人部屋で、ジャンとレベッカは結ばれた。








 ガーランドは特に女性の場合、結婚まで異性経験がないことが珍しくない様なお国柄だった。


 だから二人の間に起こったことは、大っぴらに知人ひとに言える様なことではなかった。



 その分ジャンもレベッカも、起きた出来事を真剣に考えた。



 「結婚しよう。」とジャンが言った時、胸を一杯にしながら、レベッカは頷いた。



 結局二人は、それをきっかけに約束を交わした。



 そうなる前から、既にどちらも結婚を意識していた。

 だから考えていたより早くにその日が訪れることを、運命だとすら、彼らは思った。




 その日に向けて、決めなければいけないことが幾つもあった。 

 それからは二人は顔を合わせると、お互いの家族にいつ頃挨拶に行こうかとか、結婚式はどの都市まちで挙げようかとか、そんな話を積み上げていた。





 春の終わりの頃だった。






 それがレベッカの人生の、一番幸せな時期ときだった。











 事件の日、「旦那様が女中を乱暴したらしい」「レベッカが」と使用人達が騒ぐのを邸の廊下で聞いたジャンは、声を上げて叫んで、その場で両膝を付いた。

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