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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第七章 もう一つの物語
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もう一つの物語 第1話

✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣


 城の様な大きな邸で女中として働き出したレベッカは、その青年と、同僚として初めて出会った。



 しばらくは会えば挨拶を交わす程度の関係だったが、ある時、邸の収納庫でまごついていたレベッカに、青年が行き会った。



「大丈夫?」


「これ、頼まれたんですけど、どこに仕舞えばいいんでしょう―――――――?」



 声を掛けてくれた青年に、レベッカは途方に暮れた様な表情かおで尋ねた。

 レベッカはこの時、大工道具の入った木箱を持たされていたのだが、道具は細かく種類別に分けられて、棚に納められている様だった。

 その棚はえらく大きくて、道具の種類もその分、やたらと多かった。


 その日邸の扉が修繕されている横をレベッカは通りすがったのだが、作業していた使用人の男性が、修繕を終えた途端にほかの仕事に呼ばれて、たまたまそこにいたレベッカが、道具を託されてしまったのだった。


 女中が大工仕事の道具に触れることは、滅多にない。

 新人のレベッカが戸惑うのは無理もなかった。


 青年は重い箱を引き受けると、レベッカに場所を教えながら、工具を仕舞って行った。




 それから二人は、よく話す様になった。




 少しクセのかかった焦げ茶色の髪の青年は、どちらかと言えば大人しくて、物腰の柔らかなひとだった。




 何か安心出来て、彼とは、不思議な程話しやすかった。二人は、会えば話が弾んだ。


 青年にとっても、そんなに自然体で話せる女性は初めてだった。



 それから二カ月経たない内に、二人は休みを合わせて、一緒に出掛ける様になった。



 レベッカにとっては、初めて交際する男性だった。


 青年と二人で出掛けると、何をしても何を見ても初めて経験することばかりで、レベッカは最初はただ楽しかったが、段々と、彼の姿を見るだけで胸が苦しくなる程になった。




 二つ年上のジャンは、使用人としても二年先輩で、その分だけ頼り甲斐がある様には見えたが、何か抜きん出たところがある訳ではなかったかもしれない。


 でも仕事はそつなくこなすひとで、責任感があり、頭もよいひとだったと思う。




 使用人同士の結婚は昔から多くて、邸には二人以外にも、交際している者達が何組もいた。


 本当は禁止されていたのだが、あの邸では、男女がよくお互いの部屋をこっそり行き来していた。

 大半の大きな邸と同じ様に、あの邸も使用人部屋は二人一部屋だったので、規則破りの訪問は同室の者に目をつぶって貰わなければならないのだが、皆お互い様で、それを黙認し合っていた。

 レベッカの同室の女中もやはり使用人仲間と付き合っていて、相手の男は、よく二人の部屋に遊びに来ていた。



 だがジャンが女中部屋に来たのは数回だけで、レベッカがジャンの部屋へ行ったのは、一度だけだった。



 レベッカとジャンはどちらも、堂々と規則を破れない性質たちだった。


 二人の交際も、互いの同室者と、ごく親しい使用人仲間にしか明かしていなかった。交際間もない内からあまり吹聴しない方がいいと考える慎重さも、二人はよく似ていた。




 慎重で、大人しい二人だったけれど、レベッカとジャンは、いつしか激しい程の強さで、惹かれ合う様になっていた。







 ある時、街で長期公演されていた評判の芝居を観に行こうと約束して、いつもの様に、二人はお互いの休日を合わせた。

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