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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第六章 嵐の合間
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第六章 第4話 十字路

 翌日はロウジーが休みで、マリアンは早番だった。


 執事頭に願い出て自由時間を貰ったファゼルと共に、ロウジーは、レベッカとルイを訪ねることにした。


 午後にはマリアンも合流して指輪を売却しに行くことにして、執事服姿のファゼルが、そこまで同行してくれることになった。



 マリアンもロウジーも、ファゼルが警察を訪ねた顛末てんまつは、既に聞かされていた。


 あの男達がまだちゃんと拘留されているらしいことには安堵したが、捜査状況はかんばしくなかった。



 男達は警察の取り調べで自白して、自分達の依頼者として別の都市まちの、ある家の名を挙げたらしい。

 警察はレベッカの聴取も既に終えていて、レベッカからも、同じ家の名前を聞いたそうである。



 だがその家の名を、警察はファゼルに明かさなかった。



 捜査が進行中であればよかったが、どうやらその逆だった。


 フロウラングの警察署は、当該の都市まちの警察を介してその家に確認を取ったらしいのだが、関わりを否定されて、なんとすごすごと引き下がった様なのだ。



 相手が否定していることであり、家の名は明かせないと、執事見習いは告げられた。



 「お前が犯人か」と訊かれて、「はい、そうです」と素直に答える者がどれだけいるのか。


 話を聴いてロウジーは呆れ返り、マリアンは絶句していたが、ファゼルが推測した通り、おそらく相手は警察が遠慮する程の家で、ファゼルがグラナガンの威を借りて尋ねても、容易に明かせないと、警察が思う程の家なのだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 母子おやこが滞在している宿は、都市まちの中心に近い場所にあった。


 四階建ての宿は、重厚な内装が美しく、それなりに立派であった。



 部屋番号は聞いていたので、ロウジーとファゼルは真っ直ぐに部屋へ向かった。


 どっしりとした両開きの扉をロウジーが叩いて、レベッカの名を呼び掛けた。


 扉を叩く音と名前を呼び掛ける声を徐々に大きくしながら、それを数度繰り返したが、応える声はなかった。


 二人の青年は顔を見合わせて、不安を覚えながら、宿の一階の受付けへ向かった。



 母一人、子供一人の珍しい客は受付けの印象に残り易い様で、尋ねると、すぐに答えが返って来た。



 母子おやこは、朝食後に出掛けて行ったと言う。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 二人との待ち合わせ場所に着くと、マリアンは、眼下に広がる街並みを眺めた。



 グラナガンの宝飾品部門は、偶然にもロウジーの家の近くにあった。



 花を振り撒いた様に公園が点在する風景はあの日と同じで、穏やかな春の光の中に煌めいていた。



 ルイはどうしているだろう、と思う。



 ロウジー達に自分も同行したかったが、四日も仕事を休んだマリアンの次の休日は、当分先だった。


 ファゼルとロウジーは、母子おやこの無事を確認して、「家」の名前も尋ねることになっている。


 だが「家」の名をはっきりさせた所で、母子おやこを助けられるかどうかは分からなかった。




 高台から眺める美しい街を行き交う人々は、皆幸せそうに見えた。



 見える通りに、みんなが幸せであればいいのに、と思う。




 飴色の瞳の娘は、その時少し戸惑う表情かおをした。

 自分の見間違いではないと確信すると、表情が驚きに変わった。



 坂の下の、少し向こうのみちを、右の方から歩いて来る女性がいた。



 背中までの波打つ栗色の髪のその女性は、幼い男の子の手を引いていて、生成りの布鞄を、右肩から斜めに掛けていた。



 マリアンに気が付く様子はなく、真っ直ぐ左の方へと歩いて行く。



 一瞬のあいだに、ロウジー達と母子おやこは擦れ違ってしまったのだろうか、とか、母子おやこはロウジーを訪ねて来たのだろうか、とか心をよぎった。


 だがあることに気が付くと、はっとして、そのほかのことは、マリアンの頭の中から追いやられた。




 あの日ルイは、なぜこの街にいたのだろう。




 ここは母子おやこが宿を取っている都市まちの中心部からは、だいぶ離れている。


 幼い子供の手を引いて、わざわざやって来るのは、大変な筈だった。



 レベッカとルイは、交差点を渡り、まだ真っ直ぐ歩き続けている。


 馬車がようやく一台通れるくらいの細いみちで、対向車と擦れ違えないので、そういうみちに馬車が入って来ることはほとんどない。

 石畳の美しいそのみちは、歩行者だけがのんびりと行き交っていた。交差点の奥側からやってきた男性が、母子おやこと擦れ違う様に交差点を左折し、レベッカがやって来た右の方へと歩いて行く。



 と、交差点を渡り終えたレベッカが、数歩を歩いてゆっくりと立ち止まり、それからゆっくりと、振り返った。


 交差点を右へ去って行った先程の男が、やや遅れて、立ち止まった。少しのあと、その男も振り返った。




 交差点を挟んで向かい合った、二人の顔色が変わった。




 明らかにお互いを知っている、と、飴色の瞳の娘は思った。

 そこに立ち込めた緊張に、マリアンはたじろいだ。




 レベッカがうなだれて地面を見つめた。母に手を握られたまま、ルイが不思議そうな表情かおをしている。


 すると交差点の反対側で、男ががっくりと膝を折った。



 地面に両膝を付いた男は、壊れそうなで幼い子供を見つめていた。自分を見つめる男に、少年が戸惑っている。



 母子おやこに声を掛けようと歩み寄っていたマリアンは、十字路に近付いて、男の顔を見た時、息を飲んだ。







 男の面差しは、ルイにあまりに似ていた。







 ルイがマリアンに気付いて、母親のスカートを引く。



 ぼんやりと顔を上げ、マリアンを見たレベッカの表情が、凍り付いた。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 待ち合わせ場所にマリアンが現れず、ロウジーとファゼルは心配になり出していた。



 あれからしばらく待ってみたのだが、母子おやこは帰って来なかった。



 待ち合わせ場所にほぼ時間通りにやって来たが、そこにマリアンの姿はなく、それから待ち続けているのに、彼女は現れなかった。



 何かあったのだろうか。



 さすがにおかしい、と思い出した頃、坂を登って来るマリアンの姿が見えた。



 思わぬ方角から現れた飴色の瞳の娘に戸惑いながら、ロウジーとファゼルは歩み寄った。









 近付いて、その瞳に涙が溢れそうになっているのを見て、二人の青年は動揺した。

第六章 終

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