第六章 第3話 庭の二人
それから三日の間、母子のことを気にしながらも、マリアン達は、三人とも邸内で過ごした。
執事見習いの青年は、宝石の買い取り先を執事頭のダンに尋ねた。
そもそもグラナガン家は商家だったから、宝石の売買を行う者は、身内にいるのである。
担当部門や連絡先はすぐに分かり、ファゼルが問い合わせると、売り手有利の値段で買い取る、と言って貰えた。
その話を伝えるためにロウジーを探した執事見習いは、邸の広大な庭で、相手を捕まえた。
男性の使用人は主に力仕事や汚れ仕事を担っていて、薪割りや庭木の剪定などで、割と庭にいることが多いのだ。
春を迎えたグラナガン家の広い庭では、ピンクや黄色の春咲きの花が、花壇を埋め尽くして咲いていた。
ロウジーは元々なんでも面白がるところがあったが、黒髪の同僚が、元軍人とかいう男の元に通わせられて、なぜか軍事訓練を受けさせられていると聞いた時は、やはりおかしくて笑ってしまった。
「執事はそんなこともやらされるのか。」
「俺もこんなことをさせられるとは思わなかった。」
遠い瞳で呟いた同僚には同情したが、おかしさは倍加した。
後々知ったことだが、冗談ではなく、訓練で死ぬのではないかと思う程、ファゼルの受けていた訓練は過酷なものだったらしい。
騒動の日は、彼が通う訓練場が嵐の被害を受けて使えなくなったため、思いも掛けない休日となったそうだった。
それから三日、訓練場が復旧出来ないために、執事見習いの青年は、邸内で本来の業務に就いていた。
ただ、僅かの内にあそこまで強くなったファゼルには、元々武芸の才能があったのだろう、とロウジーは思う。
二人の青年は、庭の片隅で話し合った。
宝石の買い取り先の話をした後に、ファゼルは「警察に行って来ようと思う。」と付け加えた。
捜査の状況を尋ねて来てくれると言う。
「警察はお前を知らないだろ?訊いて教えて貰えるか?」
金髪の青年は、やや戸惑い気味に懸念を口にした。
あの日ファゼルは警察が来る前に帰邸していたので、警官達とは、顔も合わせていなかった。
「ダン様に、制服で行く許可をもらった――――――――――――割と融通が利くらしい。」
「凄げーな、グラナガン。」
同僚の言葉に、ロウジーはちょっと呆れた。
相手によって融通が利いてしまう警察と言うのも如何なものかと思うが、これがガーランドの警察の現状である。
グラナガンはフロウラングの、ほとんどあらゆる仕事に関係しているために、制服を着て外を歩くと道を開けられたりする程、フロウラングでは一目置かれていた。
グラナガン家のエンジの使用人服は「洒落ている」、とフロウラングでは名高くて、その深い赤色は、称賛を込めて「グラナガン・エンジ」と呼ばれているのだ。
それから警察で尋ねる予定のことなどをロウジーに伝え終えると、黒髪の青年はそこを立ち去ろうとした。
「なあ。」
その背中を、ロウジーが呼び止めた。
ファゼルが振り返ると、金髪の青年は、やや緊張した声で訊いた。
「マリアンのこと、どう思ってる?」
ファゼルはちょっと目を見開き、それから応えた。
「俺は付き合ってる女性がいる。」
「そうか。」
ロウジーは少しほっとした表情をしたから、分かり易かった。
だが執事見習いがうなだれて、「もう三カ月会ってないけどな。」と暗い声で続けた時には、金髪の青年は、返す言葉に困った。
「………お前、休みにうちに来てる場合じゃなかったんじゃないの?」
「あんなことになるとは思わなかった。」
うなだれたまま黒髪の執事は応えた。
あの日ファゼルに、自分の代わりに邸に帰って貰ったのだったと思い至り、ロウジーはやや慌てた。悪いことをしたかもしれない。
「三カ月、全然休みが取れないのか?」
多少動揺気味に、金髪の青年は尋ねた。
その謎の訓練のために、ずっと姿を見掛けることがなかったファゼルが、これまでどんな風に過ごしていたのか、今ひとつよく分からなかった。
金髪の同僚の疑問に、ファゼルはちょっと考える表情をして、それから少しだけ、自分の事情を明かした。
「…………家族の治療費が必要で、給金を前借りしてる。」




