第六章 第2話 その家の名前
執事や女中頭の部屋は、主一家と同じ二階にある。
どの部屋も居間や浴室まで備えていて、家族を伴って住める造りになっていた。
執事頭や女中頭の部屋に置かれている家具は主一家と比べても、遜色ないくらい立派な物だ。
女中頭の部屋の方が主一家の居室に近くて、執事頭と執事見習いの部屋は大階段を間に挟んで、二階の廊下の反対側にあった。
部屋の場所だけは知っていたが、二人ともそこを訪ねるのは初めてだった。
大階段の前を通り、主の執務室と資料室の前を通り、別の階段の前を通り、執事室の前と執事頭の部屋の前を通り、更に奥の部屋まで二人は歩いた。
執事見習いの青年は今日は休日だったらしいが、部屋にいるだろうか。
「ファゼ。」
ロウジーが、扉を叩いて呼び掛けた。
扉はすぐに開けられた。
黒髪の青年も、意外そうな表情で、二人を出迎えた。
執事見習いの青年の部屋は、入った所が居間兼書斎の様だった。
執事頭や女中頭の部屋の様な立派さはなく、置かれている家具は簡素な物だったが、部屋は広かったし、やはり数室を与えられている様で、他の部屋へと続く扉が、二箇所に見えていた。部屋の右奥には、小さな台所まで備えられている。
左の壁面の大きな書棚には本が並んでいたが、書棚にはまだ多くの余裕があった。
部屋の真ん中に二人掛けの小さな食卓机があり、その机と、奥の窓に面した書斎机の上のランプが灯っていて、壁面の燭台にも火が灯されて、夕暮れの執事見習いの部屋は、優しい光に包まれていた。
ここにやって来てまだ間もないのと、部屋にあまりいないせいもあるのだろうが、ファゼルの持ち物は少なくて、部屋はきちんと片付いていた。
ロウジーと実家の兄は、ファゼルの百分の一でも見習うべきだと思う。
部屋の様子に、マリアンは感心した。
「話せるか?」とロウジーが尋ねると、黒髪の青年は頷いて、二人を中に招き入れた。
だがファゼルが戸惑い顔で自分を見ているのに気が付いて、マリアンは戸惑った。
足を止めてファゼルを見ると、青年が少し恥ずかしそうに、「いえ、女性がこの部屋に入るのは初めてだったので………。」と言うので、マリアンは俄かに緊張した。
グラナガン家の女中頭ジゼルは厳格で知られていて、使用人部屋を男女が行き来しているのを見つかれば、その使用人は即解雇らしい、と噂されていたのだ。
「まずいかしら。」
「大丈夫だと思いますよ。」
ファゼルはロウジーをちらりと見やってから応えた。
二人きりはまずいが、もう一人いるならいいだろう、と判断した様だ。
マリアンとファゼルは、しばし恥ずかしそうに部屋の入り口で向かい合っていたが、ふと見ると、既に二人より部屋の奥側にいたロウジーが、何か言いたげな奇妙な表情でこちらを見ていた。
彼の方はどうしたのだろう。
マリアンは今度はロウジーの方を見やったが、青年は、何も言わなかった。
小さな食卓に、ファゼルが書斎机の椅子を加えて、三人はそこで腰掛けた。
「ジゼル様には。」と尋ねられ、女中頭にはもう報告に行ったとマリアンが答えてから、ロウジーは先ず宝石のことを切り出した。
あまりに気が重いので、金髪の青年は、母子の話を後回しにしたのだった。
話を聴くと、ファゼルは「すぐに分かると思う。」と言って買い取り先を調べてくれると約束してくれ、指輪も執事室の金庫で預かってくれることになった。
使用人部屋は基本的に二人一部屋でもあり、貴重品は置いておきにくいのだ。
予想以上にあっさりと換金問題に片が付き、ロウジーは数秒沈黙した。
マリアンも押し黙っており、金髪の青年は小さく溜め息をつくと、珍しく硬い表情で、ファゼルが帰邸してからの出来事を語った。
執事見習いは、最後まで無言で話を聴いた。
ロウジーの言葉が途切れた時、黒髪の青年は僅かに一度頷き、それから静かに告げた。
「家の名前は、分かったと思う。」




