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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第五章 レベッカ
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第五章 第2話 囚われの娘

 それから数日、レベッカはまだ茫然としていた。



 段々と我に返り、ここにはいられない、と思った。



 実家いえに帰りたかった。



 二階建ての小さな邸には女中が二人いて、出入り口には警護の者がいた。

 警護の男達は、怒り狂う夫人からレベッカを守るために置かれていたらしい。


 だが彼らは、レベッカが出て行くことも妨げた。

 レベッカが邸を出ようとすると、女中も警護の男達も、「どこへ行くのか」と言って、レベッカを止めた。


 「実家へ帰る」と言ったのだが、彼らは「主人の了解なく、勝手にいなくなられては困る」と言って、レベッカが邸を出ることも許さなかった。



 男は自分が慰み者にした哀れな娘に、責任を負っているだけだ。

 レベッカが「いらない」と言えば、そんな責任を取る必要などない筈なのに、彼らは「あるじが知らないあいだにレベッカがいなくなれば、自分達が咎められる」と考えている様だった。



 あるじが訪ねて来たのは、レベッカがそこに連れて来られてから、何日も経ってからだった。



 邸を出て行きたいのなら、自分であるじにそう告げるしかなかった。


 だがやって来た男の顔を見ると、体が震え、吐き気がした。


 それでも正常な精神を必死に保って、「ここを出て実家に帰りたい」と、レベッカは男に告げた。


 中肉中背の白髪の男は、曖昧に笑った。



 男は男で、自分のしたことに多少の罪悪感はあったらしい。

 罪もないレベッカが邸を追われ、実家へ帰されるのは如何なものか、と思っていたのだ。


「生活の面倒を見てあげるから、ここで暮らせばよい。」と男は言った。



 ここにいたくないのだという、レベッカの気持ちが分からないらしかった。



 もう一度「実家いえに帰らせて下さい」と言った時、涙がこぼれてしまい、それが心底から悔しかった。



 この男の前で、涙なんて見せたくないのに。





「まあそう急ぐものでもない。」


 のらりくらりと、男は言葉をかわした。


 自分の罪悪感を消すために、小さいとはいえ美しい邸で、女中達にかしずかれる生活を、男はこの若い娘に享受してほしかった。

 それはつまり、自分のためだった。




 結局この日、男ははっきりとした返事をしなかった。




 それからしばらくあるじがやって来ることはなく、レベッカは何回か、邸を逃げ出そうとしては警護の男に摑まることを繰り返した。








 事態が更に一変したのは、レベッカが、自分が身籠っているかもしれないことに気が付いた時だった。

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