第四章 第2話 レベッカの告白
昨日一晩ルイは深く眠れていなかったし、恐ろしい目に遭って、小さな心には負担だったろう。
母に添い寝する様にしてくっついていたルイは、いつの間にか眠ってしまっていた。
部屋の中央の大きな食卓で、ロウジーが玄関に背を向けて、マリアンとロウジーは向かい合って座っていた。
レベッカは間に一つ椅子を置いて、マリアンと並んで腰を降ろした。
重苦しい沈黙の後、レベッカは話し出した。
「ルイは、ある大きな家の当主の息子です。」
それからまた沈黙があった。
レベッカは俯いて続けた。
「―――――――――――――――わたしは、そのお邸の女中でした。」
「――――――――――――――――――――――――――」
起きたことが、想像出来ないではなかった。
そして予想しなかった話でもなかった。
だがレベッカの口から実際に言葉を聞くと、マリアンは微かに青ざめた。
先程のレベッカの激しい反応を見れば、彼女が心に大きな傷を負っていることは明らかだ――――――――――――――――――――――レベッカは、若かった。
5歳の子供がいるにしては、若い母親だった。
無理に話を聴く必要があるだろうか。
無言でいるロウジーを見やり、マリアンは躊躇した。
だがレベッカは続けた。
「先日、その当主の男が亡くなりました。」
ルイも、父親は「ちょっと前に死んだ」と言っていた。
だがルイは、父親の名前を言えなかった―――――――――――――――――。
父親の死と、ルイが付け狙われていることとの間には、何か関係があるのだろうか。
相続争いに関係するとは、ロウジーには思えなかった。
ガーランドの大きな家は、嫡男が財産のほとんどを受け継ぐ嫡子相続制を採っていて、それ以外のきょうだいの取り分は当主夫妻や嫡男の裁量に依り、多くを望むことは出来ない。
庶子ともなると大抵は存在していないも同然の扱いで、ほとんどの場合、何も相続出来ない。
遺された家族が、財産を分与してやる必要はないのだ。
レベッカはおそらく、正式な妻ではないのだろう。
青い瞳の女性は、淡々と言葉を接いだ。
「それから奥様が、ルイを引き取りたいと言ってきました。」
自分が妻でないことは自明のことであるかの様に、レベッカはそこになんの説明も加えなかった。
マリアンもロウジーも、そこに疑問を持たなかった。
二人の察しがよかったのは、女中に纏わるそんな話は、昔から山程聞くからだ。
予想外だったのは、未亡人の申し出の方だった。
その「大きな家」に、もしかして後継ぎとなる男子がいなかったのだろうか。
だがそんな話ではなかった。
「奥様は復讐で、ルイを苦しめたいんだと思います。」
ロウジーとマリアンは表情を強張らせ、言葉もなかった。
酷い話だった。
しかし腑に落ちた。
ルイを連れ去ろうとしていた男達は、ルイを余りに粗雑に扱っていた。
「あの四人は、奥様が差し向けたんだと思います。」
「でも――――――――――――――――――――」
言い掛けて、マリアンは言葉を飲んだ。
「復讐」と言うのが分からなかった。
レベッカが当主を誘惑した様には、思えなかったから。
だがとても、その時のことを訊けなかった。
――――――――――――経緯はどうあれ、話しぶりからレベッカは、それから男の囲われ者として暮らして来たのだろう。
それが男の妻の怒りを買ったのかもしれない。
男の妻の気持ちは分からなくはなかったが、同じ女性として、母子に同情し、夫の方をこそ責める気持ちはなかったのだろうか。
レベッカはどんなふうに暮らし、そしてその妻は、レベッカの状況をどこまで理解していたのだろう。
なぜ逃げ出せなかったのかは分からないが、先程のレベッカを見れば、彼女が望んでその生活を続けていたとは思えない。
18―――――――――――――――――――――――。
レベッカは自分に年齢を尋ね、年齢を聞いた途端、吐いた。
レベッカはその時、18だったのかもしれない。
いつも表情豊かなロウジーが、この時だけ、感情のない声と表情で尋ねた。
「行く当てはあんのか。」
レベッカは未だその「家」の名前を口にしない。
だがルイは、船に乗ってここまで来たと言っていた。
母子はおそらく、他の都市から来たのだろう。
何かの当てがあって、この都市に来たのか知りたかった。
なんの当てもないのかもしれない。
フロウラングは港街だ。
昔から、遠い他の都市や、海の向こうの国へ逃れようとする「逃れ者」達がやって来る都市だった。
レベッカは俯いたまま、答えなかった。
ロウジーは返事を待った。
あの四人は警察へ突き出したが、その「家」は少なくとも、母子がフロウラングに逃げたことを知っているのだろう。
これで諦めて手を引くのならよいが、再び追っ手を差し向けられたら、彼女はどうするつもりなのだろう。
それを聞かなければ、安心して別れを言えなかった。
長い沈黙の後、レベッカは答えた。
「………実家も知られているので、どこか遠い都市に行こうと思います。」
「………………」
先々までずっと、暮らしていける当てがあって言っているのだろうか、と思った。
そしてその場所を突き止められないと、どうして言えるのか。
第四章 終




