第三章 第9話 抱えているもの
レベッカは、枕元の小机の上に置かれていた布鞄を取り上げた。
そのやや大きな鞄に、グラナガンの三人は違和感を覚えた。
素っ気ない生成りの布鞄は、母子の身なりにそぐわなかった。
ぐっしょりと雨を吸った鞄が布団に付かない様に気遣いながら、レベッカは鞄の中から、四角い、象牙色の容れ物を取り出した。それは本に似た形状をしていた。
その鞄に入っていたのが奇妙に思える程、革製のそれは、おそらく鞄より遥かに高価な物だと思えた。
レベッカは布鞄だけ小机に戻すと、躊躇う様に三人を見上げて、それから改めて頭を下げた。
「助けて下さって、本当にありがとうございます。」
「……まあ、手が一杯あったからな。」
謙虚にそう言って、ロウジーは笑った。
「お礼を差し上げなければならないんですが、今手許にあまり現金がないんです………」
言いながらレベッカは、その容れ物を少しだけ開けた。
本の様な形状の容れ物は、やはり本の様に「背表紙」の部分を真ん中にして、左右に開いた。
膝の上に「本」を立て中を隠す様な開け方をしたレベッカは、そこから指先で摘まめる程の大きさの物を取り出すと、容れ物を閉じた。それからレベッカは、容れ物は自分自身に立て掛ける様にして、中から取り出したそれを両手で差し出した。
「本当に申し訳ないのですが、これを受け取ってお金に換えて頂けませんでしょうか。」
金の指輪の上に、決して小さくはない青い宝石が輝いていた。
石を取り囲む、細やかな台座の細工も見事だった。
あまりに高額そうな「謝礼」に戸惑い、ロウジーもマリアンも、咄嗟に言葉が出なかった。
ただ、固辞するにしても受け取るにしても自分の一存では決められない、とロウジーは思った。
ここまで近所の住人達が、何人も力を貸してくれていた。
「マリアンは受け取っておくべきだと思います。」
唐突に、黒髪の青年がそう言った。
マリアンが驚いて青年を見やると、ファゼルは静かな声で続けた。
「仕事を休んだ分を、受け取っておくべきです。」
「でも、こんなもの、もの凄く、高いでしょ?」
マリアンは、やや狼狽えた。
「金額が適切かどうかは、現金にした後、何人で分けるかによります。」
ロウジーは少し考える様子を見せた。
レベッカがもう一度「貰って下さい」と言った時、金髪の青年は、それを受け取っておくことにした。
その時、玄関を叩く音がした。
隣家の夫人の声がする。
スープを持って来てくれたのだろう。
マリアンが玄関へ出て行った。
「ファゼル。」
話も一段落していた所であり、ロウジーは、ちょっと声を落として同僚に呼び掛けた。
「俺今日遅番なんだ。もう邸に帰んなきゃならないんだが、さすがにこの状況じゃ――――――――――――――」
黒髪の青年は軽く目を見開いて、そして頷いた。
「分かった。俺が帰る。ジゼル様には俺が申し伝えておく。」
「すまねーな。」
その二人の会話に、レベッカの顔色が変わっていた。
隣の夫人が小さな鍋に入れて持った来てくれたスープをマリアンが皿に移し替えようとした時、ロウジーとファゼルが部屋を出て来た。
ファゼルだけ戻ると言う。
「ジゼル様に状況を説明しに、どちらかだけでも一度邸に戻って来てください。」と言い置いて、ファゼルはグラナガン邸へ帰って行った。
もう直警察も到着するだろう。
新人だというのに、四日も仕事を休んでいる。
ファゼルの言う通り、さすがに自分は一度邸に帰らなくてはと思いつつ、マリアンは木製の盆にスープを載せて、レベッカが休んでいる部屋へと運んだ。
「スープを」と戸口から中に呼び掛けようとして、マリアンは声を飲んだ。




