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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第三章 嵐のつめあと
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第三章 第6話 母親の謎

 黒髪の青年が中に入ると、女性達が左奥の部屋の扉の前に集まって、心配そうな顔をしていた。


 ファゼルが招き入れられた理由は、すぐに分かった。


「彼女、腕の怪我がだいぶ痛いらしくて、もし分かるならちょっと診て貰えない?もしかして折れてるのかも、と思って…。」

マリアンは不安そうにそう言うと部屋の前まで進み、ファゼルを呼ぶ様にそこで振り返った。


 そこは今朝までマリアンとルイの寝室だった部屋で、先程母子(おやこ)が逃げ込んだ場所だった。


 青年が歩み寄って室内を見ると、入って右の壁沿いにベッドが置かれていて、栗色の髪の女性が心細そうに、ベッドの横に足を降ろす姿勢で、そこに腰掛けていた。

 幼い少年が横にちょこんと座って、心配そうに母を見上げている。


 女性達はお湯で濡らして絞った、温かい布でレベッカの体を拭いてやり、一通りの手当てをしたあと、取り敢えず彼女にマリアンの薄黄色の服を着せていた。


 ドレープのある、春らしい薄手の長袖の片方が(まく)り上げられており、女性の左腕の高い位置に、大きな青痣が見えていた。


 女性の寝室に入ることを少し躊躇ためらったが、全員に待たれているのを感じて、青年は割り切った。


 遠慮がちに会釈をして挨拶をしてきたレベッカに会釈を返して、白いシャツに紺色のズボン姿の青年は、彼女に視線を合わせる様にその前に屈んだ。



「肘を曲げ伸ばし出来ますか?」

ゆっくりでいいですよ、と言われながら、レベッカは青年に手を添えられて、左の肘を曲げては伸ばした。


「指は動きますか?」「これは出来ますか?」


 少しの間そうやってレベッカの手の動きを確認したあと、ファゼルは頷いた。


「多分折れてはいないと思いますが、数日様子を見た方がいいですね。冷やした方がいいと思います――――――――――――あとは温かい物を食べて、ゆっくり休んだ方がいいですよ。」

言いながら、青年は立ち上がった。


 その時には美しい佇まいで、静かな声で話す青年を、女性達が陶然と見つめていた。昨日きのうの女性達もいたのだが、彼女達まで黒髪の青年にぽうっと見惚れていて、それに気づいたマリアンは、どうしてか、何かほっとしていた。



 ファゼルの提言を受け、「スープが残ってるから、温めて持ってくるわ。」と隣家の夫人が申し出、別の一人が、「じゃあわたし、洗濯を引き受けるわ。」と、泥だらけになっていたレベッカの服を引き受けて、女性達はにわかに動き出した。



 すると、嗚咽が聞こえて、全員が振り返った。


 ベッドの上に腰掛けたまま、うつむく女性がぼろぼろと涙をこぼしていた。幼い少年が、母の泣き顔を見上げている。



「ありがとうございます…………!」



 震える声にそう言われたが、全員言葉もなかった。



 ただの迷子ではなさそうな子供と、その母親をこの先も助けてやれるのか、誰にも分からなかったから――――――――――――――――――


 皆どこかで、彼女を警察に突き出すことにすらなりかねない、と思っていたのだ。



「おかあさん?だいじょうぶ?」


 ルイが、母の膝の上に身を乗り出す様にして、その顔を覗き込んでいた。

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