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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第三章 嵐のつめあと
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第三章 第4話 二度目の再会

 皆何が起こったのか、分からなかった。


 誰かが駆け込んで来たと思った次の瞬間には、逃げようとした男が、黒髪の青年に組み伏されていた。


 背中に乗る青年に片腕を後ろ手にされ、男は唸る様な低い声で悲鳴を上げていた。



 ルイを抱き締めたまま、ロウジーは快哉を叫びたくなった。


 人々も皆喝采の声を上げながら駆け寄って、黒髪の青年が抑え付けている男を縛り上げるのに手を貸した。

 男自身の衣類を含めてずはありあわせの物が使われたが、やがて誰かがちゃんとした縄を持って来て、男は改めて、しっかりと縛り上げられた。



 「何があったんですか?」

 立ち上がったファゼルは、同僚を振り向いて、戸惑い顔で尋ねた。



 何から説明すればよいのか、分からなかった。



 突然の襲撃で、危うい所だった。



 苦笑を浮かべると、ロウジーは取り敢えずルイを立たせた。

 泣き続けている小さな子供を、ファゼルも心配そうに見やった。

 ロウジーがルイのズボンをたくし上げて見てみると、真新しい擦り傷からわずかに出血はしていたが、ルイはしっかり、立ててはいた。


 まだ泣き止まないルイに、ロウジーはやや困り顔で声を掛けた。

「泣くなよ。男だろ。」


 すると少年はえぐえぐと声を噛み殺し、必死に涙をこらえる様子を見せた。

 ロウジーは笑って、片腕にルイを抱き上げた。


「ありがとな。」

 ルイを片手に礼を述べると、黒髪の青年はちょっと虚を突かれたような表情かおをして、それから微笑わらった。

「いや。」

「てか、なんでここに…――――――――――」


「ロウジー、これ使ってくれ。」

 ファゼルが何か応える前に、周囲から声が掛かった。


 近隣の住民らしい男が、引いて来た小さな荷車を車道に停めていた。

 子供ならばいざ知らず、大の男を担いで戻るのは重労働だ。

「悪りーな。」

 気を利かせてくれた住人に、ロウジーは笑顔で応じた。


 両手と両足を縛られた男は、地面の上で「畜生」とか言いながらもがいていた。

 そんな男を尻目に、通勤や通学の途上だった人々は騒動の結末を見届けて、ぱらぱらと解散しつつあった。事情もよく分かっていないだろうに、皆口々にロウジーと黒髪の青年を讃える様な声を掛けて去って行く。


 ロウジーを知る者は多く、彼に対する人々の信頼の高さは、明らかだった。





「あんた喧嘩強いな。」


 ほとんどの人が去ったあと、ロウジーはファゼルにそう声を掛けた。

 すると黒髪の青年は、何やら複雑な表情をした。


「執事のすることじゃないよな……。」


 どこか暗いその表情と、呟く様な口調にロウジーは困惑した。


「執事が強くたっていいだろ?」

 そう言うと、ファゼルは一層暗い表情かおでうなだれた。

「俺は強くなりたい訳じゃないんだが。」

 

 昨夜のことと言い、謎の多い執事見習いの事情がさっぱり分からない。

 家の横で男を組み伏した動きも、先刻さっきの動きも、武術を正式に学んだ人間の動きだと思う。


 うなだれる同僚を励ますべきなのかロウジーが悩んだ時、遠くから二人の女性の声がした。



「ロウジー‼ファゼル‼」

「ルイ――ッ‼」



「おかあさん!!」

 ロウジーの腕の中で、少年が叫び返した。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 声を頼りに角を曲がり、金髪の青年の腕の中にルイの姿を見た時、レベッカは、その場にへなへなと崩れ折れた。



「おかあさん!」とルイが叫ぶ。



 ロウジーがルイを降ろすと、少年は足の痛みも忘れた様に、自分から母の許へ駆けて行った。




 泣きながら我が子を抱き締めるレベッカを見て、マリアンは胸が痛かった。


 この母子おやこは、なぜこんな目に遭っているのだろう。


 衰弱した体を痛めつけられたのに、レベッカはマリアンの制止を聞かず、ルイを追った。




 子供を抱き締める女性の姿を見ながら、「取り敢えず家に戻る」と言うロウジーに、ファゼルは頷いた。


 「迷子の世話をしている」とだけ聞いていたファゼルには自分が出くわした事態が全く理解出来なかったが、その女性はずぶ濡れだったし、弱っている様に見えた。

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