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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第三章 嵐のつめあと
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第三章 第3話 ルイの強奪

 母子おやこが窓から逃げようとしたのか、窓から連れ去られたのかは分からなかった。だが、男達に家の外から廻りこまれたのだ。


 縦長の上げ下げ窓の下半分が一杯にいていて、その両側で、格子模様の緑色のカーテンが揺れていた。


 マリアンの後ろから部屋の中を見たロウジーは、即座に玄関に向かって走り出した。


 そこから出られなくはなかったが、あまり大きな窓ではなく、ロウジーの体格では玄関から廻った方が早いと思えた。





「何をしている!!」


 マリアンが窓に駆け寄り外を見ようとしたその時、男性の鋭い声が聞こえた。



 近所の誰かが騒ぎに気付いて、駆け付けてくれたのだろうか。



 だがその声に、何か聞き覚えがあった。

 全く違う所で聞いたことがある声の気がした。



 窓の外では男がルイを抱え上げて連れ去ろうとしており、その男に蹴り飛ばされて体を壁に打ち付けたレベッカが、地面にうずくまっていた。



 泣き叫ぶルイを右腕に抱えて、男が走り出す。


 漆黒の髪の青年が、その後を追おうとしていた。


 が、その瞬間、黒髪の青年の背中を別の男のこぶしが襲った。


 足音と風圧に気付いた青年は、ほんのわずかに横を向いた。


 傍目には半身に振り返った青年が、後ろから突き出された男の腕に触れただけの様に見えた。だがその男は崩れる様に前方にのめり、両膝を地面に打ち付けた。

 黒髪の青年は自分の右膝を男の背中に当てると、上からし掛かる様にして男をうつぶせに倒した。



 丁度そこに駆け付けたロウジーは、制圧劇を目撃して目を丸くした。


 窓の向こうからマリアンも、黒髪の青年の姿を信じられない思いで見つめていた。


 全く予期せぬ人物の登場だったが、だが今は驚いたり何かを尋ねたりしている場合ではなかった。



「ルイが!!」


「そいつ頼む!」



 マリアンが悲鳴の様な声で告げるのを聞くと、ロウジーは黒髪の青年にそう叫んで、隣家との間の空間を走り出した。




 家の中では、倒れていた二人の男がふらふらと起き上がっていた。

 足取りが覚束なかったが、彼らは玄関へ向かった。

 すぐには立ち上がれない程の衝撃を受けていたが、気を失ってはいなかったので、仲間が子供を奪うことに成功したらしいことは分かっていた。



 その時には、騒ぎに気が付いた近所の男達が玄関の前を囲んでいた。




「ここ頼みます!」


 程なくしてマリアンが助っ人を数人連れて駆け付けると、そう言い置いて、ファゼルもロウジーの後を追って走って行った。





 ルイが泣き叫び続けている。


 体をばたつかせて叫び続ける子供に、男はかなり苛立っていたが、怒鳴りつける余裕もなかった。


 金髪の男が、あっと言う間に自分に追い着こうとしていた。

 背中に迫る気配に逃げ切れないと悟って、男は振り向くと、迎え撃つ姿勢を見せた。



「ルイ!!」


「お兄ちゃん、ロウジーお兄ちゃん!!」



 泣き叫ぶ子供を右腕に抱える男と、向かい合う金髪の青年を、通りすがりの人々がなにごとかと足を止めて見つめる。


 そこは三階建てから四階建ての、集合住宅が建ち並んでいる場所だった。

 歩道に立つ男は背中側の建物に向かってじりじりと後退し、ロウジーは、車道からゆっくりと距離を詰めようとしていた。


 ルイが抱えられたままの状態で、闘い辛いのはどちらも同じだった。



 集まる野次馬に次第に周囲を狭められていく中、男は逃げ道を探して、慌ただしく左右へ視線を走らせた。



 取り囲む人々の中には、ロウジーを知っている者も多かった。

 どちらの味方に付くべきか、彼らはすぐに判断した。


 わずか数秒の内に周囲の全てが敵に回った雰囲気を、男は敏感に察した。



 焦りと悔しさで、男は一瞬顔を歪めたが、勝ち目はなかった。




 次の瞬間、男はロウジーに向かって、ルイの体を投げ付けた。


 自分にぶつける様に投げ付けられたルイを、ロウジーは両膝を深く屈め、なんとか受け止めたが、少年の両足が地面を打っていた。



「野郎ッ!!」



 ロウジーの瞳に、激しい怒りが沸き上がった。



 ルイを投げると同時に反転した男は、後ろの路地に逃げ込もうとしていた。


 周囲から怒号が上がる。



 その時、ロウジーの横を人影が走り抜けた。

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