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あるまちの事件  作者: 大久 永里子
第一章 春の日の事件
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第一章 第1話 春の日の事件

 ちょっとした好奇心だったけれど、来てみてよかったと思う。


 街の地図を広げて、小さな公園が点在している雰囲気が素敵そうだと思って、名も聞いたことがない様な場所に来てみた。


 期待は願った以上の形で叶えられて、高台にあるその場所からは花が咲き出した公園が景観の随所で壁に掛けられた幾つもの絵の様に、街に彩りを添えているのが見渡せた。



 やはりこの都市まちは豊かだ。



 街じゅうのどこへ行っても、手入れの行き届いた街路や街灯の整然とした姿が沢山の額縁の様に景色を飾り、街を一層美しくしている。

 街全体が、芸術家が精魂を傾けた作品の様だった。




 そこは住宅街に近い区域と見えたが、歩いていると時折掘り出し物を見つけるかの様に小さな料理店や雑貨屋に出会い、誘惑に抗い切れず、マリアンは赤い屋根の菓子店で、小さな菓子包みを幾つか買った。



 陽光がきらめいていて、息を吸い込むと、春の匂いがした。



 宝探しの様に小さな店を見つけるのが楽しくて、マリアンはどんどん細いみちへと入って行った。





「止まれ!!クソガキが!!」




 突然聞こえた物騒な声に、驚いてマリアンは足を止めた。




 どこから聞こえたのだろう。



 弧を描く細いみちが幾つも交差している様な場所で、その声がどの方角から聞こえたのかよく分からなかった。



 明らかに柄のよろしくない雰囲気だった。


 知らない街を女一人で歩いていることが、急に不安になった。


 軽率だっただろうか。治安が悪そうな街には見えなかったけれど。



 どこからか、ばたばたと人が走る様な音が聞こえている。



 近い様な遠い様な。





 唐突に、体に激しい衝撃を受けて、弾き飛ばされる様にマリアンは路上に転がった。


 短い悲鳴が喉を突いて出る。


 こんな派手な転び方をしたのは、子供の頃以来だ。


 久しく忘れていた衝撃で、実に痛い。



 だが体を起こしたマリアンは、第一声で「大丈夫?」と言っていた。



 自分以上に凄い勢いで路上をすっ飛んで行った「加害者」が、小さな子供だったから。


 路面を滑って行った子供の体は、マリアンが声を掛けた時にようやく、背中を丸めて止まっていた。



 黒髪―――――――――――――――――――――いや茶髪の、男の子。




「野郎!!どこ行った!!」



 複数と思える重い足音が近付いていた。







 若い娘が腕をさすりながら、路上に散らばる小物を拾っていた。


「なんなのよ、あの子。謝りもせずに行っちゃうなんて。」

ぶつぶつと文句を言った。



 散らばった物を腰を屈めて拾い集める若い娘を見て、四人の男達は目の色を変えた。


「あんた子供を見たのか?」

「どっちへ行った!」


 野太い声で話し掛けて来た男達を、マリアンは軽く睨む様にして見上げた。


「あなた達あの子の保護者なの?凄い勢いでぶつかって来て、謝りもせずに行っちゃったんだけど。」


 クリーム色の髪に飴色の瞳の娘は結構な美人で、男達は動揺を見せながら、多少自分達の行動を思い直した。


 「済まねーな、お嬢さん。」と言って、ややおろおろと一人がマリアンを助け起こし、ほかの男達が荷物を拾うのを手伝った。


「いや親戚の子なんだ。悪ガキで、ちょっと叱ったらどっか行っちまって………どっちへ行ったか、分かるなら教えてくれねーか。」


 憮然としたままマリアンは応えて、指を差した。


「その角を左に曲がって行ったわよ。」


「済まねーな、お嬢さん。」


 男達はそれぞれ一応頭を下げると、焦った様子で再び走り出した。





 「親戚のおじさん」にはとても見えない。


 到底堅気に見えない男達の背中を見送りながら、マリアンは自分の腕をさすった。



 体があちこち痛い。



 それにしてもあの男の子は、なぜ追われていたのだろう。


 もしひったくりか何かだったら、自分の方が悪者になってしまう。



 だからと言って、あんな物騒な男達に小さな子供を引き渡す気にもなれないのだけど。



 少し躊躇ためらいながら、マリアンは細い路地を覗き込んだ。


 両側を四階建ての建物に挟まれた細い隙間で、右側の壁面から浮き出ている柱と柱の間の陰に隠れる様にして、男の子が座り込んでいた。



 自分を見上げる幼い少年と目が合った。



 転んだ衝撃が大きかったのか、少年は自分でそこに逃げ込んだあと、路地の反対側まで逃げようとはせず、しゃがみ込んでしまっていたのだった。




「おかあさんが」




 目に涙を溜め、幼い少年はそう言った。


 おびえた表情だった。


 動揺する自分を、マリアンはなんとか落ち着かせた。


「お母さん?」と、問い返した。

読んで下さった方、本当に本当にありがとうございます。


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