第38話
「……魔鉄が一度溶かした後も使える素材で助かったよな」
例えば、旧時代は鉄と他の金属を組み合わせて剣を造っていた。
そのため、一度出来上がった剣を溶かし、再度剣を造りなおす場合、その二つの金属を一度分離させ、再度組み合わせるという作業が必要になった。
しかし、魔鉄は再利用が可能だ。
不必要になった剣を溶かし、新しく造りなおしたとしても質は変わらない。
だから多くの冒険者は不必要になった剣を店に買い取らせ、その差額で新しい剣を購入するという方針を取っている。
俺も今回はホーンドラゴンの素材を組み合わせるつもりだが、それはあくまでエスレア魔鉄の剣が上手くできるようになってからでも可能というわけだ。
とにかくまずは一度、エスレア魔鉄を溶かして加工してみるしかない。
俺はベルティが置いていった一本の剣を観察する。ビーレア魔鉄で造られた剣だ。
これがベルティの理想とする長さ、重さであることを確認したところで、エスレア魔鉄を手に持った。
……改めて、重い、と確認する。
同時に、エイレア魔鉄も掴む。
エスレア魔鉄一つに、エイレア魔鉄を五つほど。恐らくこれで量は問題ないだろう。
俺は緊張する体を落ち着かせるために一度深呼吸。
それから、魔鉄を手に持って魔力を込めた。
まずは大きな板金を作るため、魔鉄を容器に入れて溶かしていく。
エイレア魔鉄は……一応問題なく溶かすことができた。
だが、その中でもエスレア魔鉄だけは……うまく行かない。
魔力が上手く伝わらない。力が上手く伝わらないんだ。
こんな感覚は初めてだ。魔力を込める量を増やしたとしても、何か変化するわけではない。
それどころか、激しい頭痛に襲われ、俺はそこで一度中断するしかなかった。
「くっ……」
俺は大きく深呼吸をして、それから改めてエスレア魔鉄を観察する。
先程とは別の方面から魔力を込めていく。
……今度は、少し魔力が伝わった。
それで、分かった。
エスレア魔鉄には、魔力を通す道があるようだ。
これは迷路のようになっている。他の魔鉄が一直線、あるいは線が太い中、エスレア魔鉄だけはこれが極端に細い。
針の穴に糸を通すような作業。そして、それは右に左に、上に下にとあちらこちらへと道が続いているのだ。
こんなに大変なのか……っ!
俺は何度も休憩し、エスレア魔鉄の道を確認しながら熱を通していく。
そして、一時間ほどかけて……ようやくエスレア魔鉄を溶かすことに成功した。
やった……っと思ったのは束の間。問題はそこからもあった。
……エスレア魔鉄がうまくエイレア魔鉄と混ざってくれないのだ。
他の魔鉄ならば、一緒に溶かしてかき混ぜれば簡単に混ざる。
よく観察すれば、エスレア魔鉄だけがエイレア魔鉄の液体の中ではっきりと分離している。
まさしく、水と油のようだ。
エスレア魔鉄の溶かし方が悪かったのが原因だ。
エスレア魔鉄の魔力情報が不自然に残ってしまっている。
さらに魔力を込めて溶かそうとしてみたが、無理やりにやっても難しい。
何より、溶かし方が悪く最初のエスレア魔鉄よりも質が落ちている。
……一度固めて、エスレア魔鉄の質を戻す必要がある。
じっと観察し、再度魔力を込めてどうにか、エスレア魔鉄をエイレア魔鉄に混ざるように変化させることができた。
……これで、ようやく剣の基礎基本はできた。
次は、それを板にするために、用意してあった台座に流し込んでいく。
板の台座に魔力を込め、温度を下げる。それによって、エスレア魔鉄とエイレア魔鉄で出来上がった魔鉄の液体は再び固体の姿へと戻った。
俺はそれから、いつもの通り小槌で板を叩いていく。
多少の熱を加えながら形を変えていくのだが、ここでもエスレア魔鉄は厄介だった。
混ざったとはいえ、エスレア魔鉄とエイレア魔鉄は明確に分離しているのが分かってしまう。
……これが、エスレア魔鉄の加工として正しいのか?
参考にできるものもなかったため、俺は迷いながらも進めていくしかない。
ベルティの剣を参考に、長さや重さを調節する。これまでに作ってきた剣たちのように魔力製鉄を丁寧に行い、より質の良いものへと引き上げようと試みる。
その時だった。エンチャントのために魔力情報を展開した俺は、ばちんと弾かれるような痛みに襲われる。
恐らく、エスレア魔鉄だ。俺は無理やりにそれを突破してみたが、その膨大な情報の数に眩暈のようなものを覚える。
エスレア魔鉄だけは……他の魔鉄とはまるで違う。
別格のその魔鉄に、俺は顔を顰めながら魔力製鉄を行っていく。
凄まじい量の修正を行いながら、剣を打っていく。
流れ自体は、いつも通りだ。魔力を込め、剣の表面を赤くして、小槌で形を作っていく。
適宜、魔力情報を確認し、修正を行っていく。
途中休憩を挟み、食事などをとりながら鍛冶に打ちこんでいく。
普段と同じ仕事なのに……今日はかなりの時間がかかってしまった。
これまでなら一時間とかからず終わっていた作業なのに、な。
激しい疲労感に襲われながら、俺は顎を伝う汗を拭い、剣と向かい合う。
昼食の休憩を途中挟みながら、午後も同じように作業をしていき……ようやくベルティに渡された剣とほぼ遜色ない剣が出来上がった。
俺は赤く熱を持ったままの剣を持ち上げる。
重量、長さ、ともにベルティに渡された剣と変わらない。
これなら、ベルティが使っても問題はない。
俺は色々と思うところはあったが、その剣を俺は何とか完成まで持っていく。
まだ熱を持っていた剣を作り出した球体の水に入れ、急速に冷やしていく。
熱が取れたところで、まずは水を払うように風を放ち、それから風魔法の強度を上げ、剣の刃を作っていく。
ひたすらに研ぎ続けたところで、完成だ。
出来上がった剣を持ち、軽く振る。
俺はそれに大きなため息をついた。
エンチャントは……この剣にできる最大限のものはした。
しかし、しかしだ!
「……これじゃあ、ビーレア魔鉄で作ったのとさして変わらないよな」
ため息の理由、不満の理由はこれだった。
これは、なまくらだ。




