第36話
食事を終えた俺は、ベルティを連れて鍛冶工房へと来ていた。
隣には、アリシアもついてきている。
特に彼女が来る理由はないのだが、きっと俺とベルティが二人きりになるのを阻止するためだ。
鍛冶工房の扉を開ける。中には、いくつかの剣がテーブルなどに並べられていた。
後で、店に持っていこうと思っていたものだ。
「わっ、ここにも色々あるわね!」
「そうだな。まだエンチャントが終わっていないものとかもあるけど」
「ここにあるのがあなたが打った剣なのね?」
「ああ」
「どれも、かなりいい出来ね。これ、素材はエフレア魔鉄よね!?」
「そうだな」
「それでここまでのものを造れるなんてやっぱりあなたかなりの腕を持っているわね」
ベルティは工房内に置かれていた剣を手に取り、軽く振ってみている。
その表情は無邪気さと驚きを混ぜ合わせたようなものだ。
「魔鉄の力を最大限に引き出せているわね。こんな鍛冶師、見たことないわ」
「……そう言ってもらえるのなら嬉しい限りだ」
ここにある剣は、残りはエンチャントを施すだけで終わるようなものばかりだ。
ベルティは俺の剣を握っては素振りをしていたが、顔を向けてくる。
「この剣はエンチャントを行えば完成よね?」
「ああ、そうだな」
「このだけの剣を作れるのなら、やっぱりあなたにお願いしてみたいわね」
ぶつぶつとベルティは何かを呟いていた。
俺がロングソードを手に持つと、さらに体を寄せてくる。
それに合わせ、アリシアが慌てたような表情を浮かべる。
……別にベルティに悪気があるわけではない。アリシアをからかうために俺に近づいているわけではなく、彼女はただ純粋に俺の剣に興味を持っているようだった。
「あなたってお父さんに鍛冶を学んだのよね? 何か有名な鍛冶師だったの?」
「いや、俺も詳しくはないな。普通に村で鍛冶をしていただけの人だったけど……」
義父が昔どこで鍛冶をしていたのかなどは聞いたことがなかったので、正確なところは分からない。
ただ、今思えば義父の鍛冶師としての腕はかなりのものだったのではないかとも思っている。
当時はまだ俺の技術がなかったこともあり、そこまで分からなかった。
村の人たちだって、義父の鍛冶について特別何かを言うことはなかったんだよな。
義父の腕前が普通のものだと皆思っていたのかもしれない。
「なるほど……正直言って、驚いているわ。王都にいる鍛冶師よりも……下手したら腕がいいんじゃないかって思うわ」
「……そ、そうか?」
「ええ、あたしにはそう見えるわ。……もしかしたら、あなたならどうにかなるかも――」
どうにかなる?
言葉尻はとても小さく、はっきりとは聞き取れなかったが恐らく彼女はそう言っただろう。
俺が疑問を抱き、首を傾げながら彼女に一歩近づいた時だった。
ベルティはさっと手を出してきて、俺の手を握りしめた。
「やっぱり、あなたにエスレア魔鉄の加工をお願いするわ! だから、頑張って頂戴!」
「……あ、ああ分かった」
「エスレア魔鉄だけだとたぶん材料足りないと思うから、エイレア魔鉄も取り寄せているの。それを組み合わせて最高の剣をお願いね!」
「……あ、ああ」
凄まじい、依頼だ。
これまでに作ってきた剣の中では過去最高の難易度だろう。
不安もあったが、挑戦したいという気持ちも確かにある。
……頑張ろう。
次の日の朝。
俺が朝の運動がてら散歩をしていると、向かいからゴーラル様がやってきた。
ゴーラル様も俺に気づいたようで、こちらへと近づいてきた。
「フェイク、おはよう。散歩か?」
「はい……ゴーラル様もですか?」
「そうだ。少し息抜きがてらにな」
そういったゴーラル様の背後では、兵士たちが控えている。
屋敷内とはいえ、何が起こるとも限らないためか、当主の彼は護衛を引き連れているようだ。
本当は俺も連れて歩くべきなのかもしれない。
「フェイク。エスレア魔鉄の加工に関してだが、どうだ? どうにかなりそうか?」
「……いえ、その。まだどうなるかはちょっと分かりません。ただ、確実に成功させられるよう、頑張ります」
不安はある。
だが、弱気な発言はしていられない。
特に、この人には。
「そうか。できるなら、早めに問題を解決したいとも思っている。おまえの力も期待しているからな」
「はい、頑張ります」
ゴーラル様は首を縦に振ってから、思いだした様子で問いかけてきた。
「そういえば、鍛冶屋の方の調子はどうだ?」
「ぼちぼち、ってところですね。何度か顔見知りの冒険者たちには」
イヴァスたちだけではなく、市で商品を売っていたときに知り合った人たちも一度来てくれてはいた。
しかし、そう何度も武器というものは買い替えるものではないため、売上に繋がったわけではない。
ただ、人とのつながりはしっかりとできていた。
「そうか。まあ、順調ならそれでいい。アリシアも特に問題はないか?」
「はい。特に、アリシアは問題ありません。接客含めて、とても助かっています」
「それなら良かった。……それはオレが心配性すぎるというのか?」
「いえ、そんなことはありません。たぶん、俺にも娘がいたら」
「娘、か。いつかオレも孫を見ることになるんだろうな」
「……そ、そうかもしれませんね。……アリシアのお義兄様たちは、どうなんですか?」
「あいつらは中々遊び惚けているからな。もしかしたらお前が一番先かもしれないな」
からかうような調子でこちらを見てくるゴーラル様。
ははは、そうかもしれませんね。なんて言えるはずもなく、俺は苦笑いを返すしかない。
黙っていると、ゴーラル様が気になった様子でこちらを見てくる。
「なんだ? アリシアに魅力がないというのか?」
「そ、そんなことはございません! とても魅力にあふれています! だからこそ、彼女の名誉を傷つけるような行為も、絶対にできないと思っています」
結婚前に手を出してはいけないというのを暗に伝えると、ゴーラル様は考えるように頷いていた。
「そういえば、そんなこともあったな。……まあ、冗談だ。気にするな。ルクス……あー、いや。アリシアの兄たちはおまえよりも少し上の年齢だが、まだ学園でのんびりしていてな」
「学園ですか?」
「ああ、貴族として学んでいるところだ。オレの妻も楽しみにしているだろうさ」
「そういえば、まだお母様には挨拶をしていませんでした」
アリシアの母について、俺はまだ知らなかった。
優しい人、だとは聞いていたが一度も見たことがない。
俺の言葉に、ゴーラル様は少し遠くを見るように顔を上げた。
「体の弱い奴でな。この街ではなく今は故郷で療養中だ。手紙は出していてお前のことも知っている」
「……そ、そうですか」
「そう、緊張するな。是非とも一度会いたいと話をしていた。あそこは泳げる海もあるし、夏の半ばにでも行ってみたらどうだ?」
「……そうですね」
夏、か。
何も気兼ねなく向かうためには、色々と準備が必要になる。
店だってその間は閉じなければならないだろうし……とにかく色々大変だ。




