第34話
店を閉め、屋敷へと戻ってきた。
服装も整えた後、俺は食堂へと向かう。
食事、か。少し心配だった。
本来、食事というのはマナーが多くある。
今回の相手は冒険者であり、そこまで意識する必要はないのかもしれないが、不安な部分はある。
長机が置かれた食堂には、すでに一人の人物が着席していた。
女性だ。
美しいロングヘアーをなびかせていた彼女は、見覚えのある人物だった。
「やっほー、朝ぶりかしら?」
気軽な調子で手を振ってきた彼女に、俺は驚きながら頷いた。
「Sランク冒険者、だったのか?」
「そうよ。私、Sランク冒険者、ベルティよ。よろしくー」
ベルティは、今朝方鍛冶屋の方に来ていた人だった。
まさか、彼女がSランク冒険者だったなんて。
じっくりと店を観察していたのは、俺の鍛冶師の腕前を確認していたのかもしれない。
「ああ、よろしく」
俺は威圧的にならない程度の口調で、そう答える。
公爵家として、敬語を使う場合は自分よりも目上の相手のみだ。
それ以外では使わないようにとだけは最低限教えられていた。
Sランクとはいえ、冒険者。立場的には公爵の方が上だそうなので、俺の対応でいいらしい。
俺が席に座ると、アリシアもやってきた。彼女もベルティに気づき、少し驚いた様子であったがそのまま俺の隣に座った。
俺たちとベルティは自然、向かい合う形となった。
「ねぇ、あなたってどのくらい鍛冶師をしているの?」
ずいっとベルティが身を乗り出すように肘をついた。
「……物心ついたときくらいから、だな。拾ってくれた親に教えてもらったんだ」
「へぇ、そうなの。なるほど、確かにそれなら納得だわ。あなたの腕、かなりのものよね」
そう褒めてもらえるのは嬉しい限りだ。
俺もホーンドラゴンについて聞こうと思ったのだが、そのタイミングで室内の扉が開いた。
見れば、ゴーラル様が来ていた。
いつものような威圧感のある面持ちの彼は俺たちとベルティを一瞥した後、最奥の席へと腰かける。
さすがにベルティもそのまま俺と話続けるということもなく、少し居座りを整えた。
それを確認したゴーラル様が、口を開いた。
「ベルティ。まずは今回の依頼を受けてくれて感謝する」
「いえいえ、私たちなんて報酬もらえるから受けるんだから、細かいこと気にしないでちょうだい。あっ、私本当に学がないから、ロクに丁寧な言葉も遣えないの。ごめんなさい」
ベルティは両手を合わせ、人懐こい笑みを浮かべる。
ベルティの言葉は、「無礼するかも」という無責任な発言ではあるのだが、嫌な気はしない。
それはもう人柄ゆえのものだろう。
「別に冒険者に礼儀は求めていない。ホーンドラゴンの討伐を行ってくれればそれでいい」
「本当? 良かったわ。それでその話なんだけど……」
「詳しい話は食事をしながらでいいだろう。せっかくの料理が冷めてしまうからな」
「料理! ええ、待っていたわ!」
目を輝かせるベルティ。
どうやら食事が好きなようだ。
そういえば、鍛冶屋に来た時も二回目の朝食とかなんとか言っていたよな。
「それなら良かった。よく食べる冒険者と聞いていてな。大量に用意はしてある。自由に食べてくれ」
「ほんと!? いやぁ、貴族の人でここまで理解ある人は初めてだわ!」
「そうか? まあ、オレはよく他の貴族からしっかりしろと叱られるくらいだからな。あまり貴族らしくはないのだろう」
「全然いいわ。私はそっちの方が接しやすいわ」
ベルティはぐっと親指を立てる。
ゴーラル様も朗らかに微笑み、こちらを見る。
「そういうわけだ。今日は堅苦しい作法は抜きで気楽に食事をしよう。ホーンドラゴンについての話もしたいしな」
ゴーラル様は普段よりも親しみやすい空気で微笑んでいた。
……たぶん、俺のことも考えてのことなんだろう。
まだ食事のマナーなどを理解していないため、自由に食事をすればいいと。
ゴーラル様が俺にそこまでの礼儀を求めてはいない、というのもこういうフォローをする前提だったのかもしれない。
ありがたい限りだ。
俺たちの前に食事が並べられていく。
自由に、とは言われたが最低限背筋をピシッと伸ばし、見た目だけでも誤魔化していた方がいいだろう。
俺は運ばれてきたサラダを口にしていく。
ちらちらとアリシアやゴーラル様を見る。
二人はかなり綺麗に食事をしている。自由に、とは言っていたが彼らにとってはこれが自由な食事なんだろう。
反対にベルティはかきこむように食べている。
なんなら、すでにサラダのおかわりを要求しているほどだ。
凄い食欲だ。
というか、凄い食べ方だ。
さすがにあの通り食べたら、いくら自由とは言え苦言をていされるかもしれない。
俺も、自分なりに丁寧に食べよう。アリシアやゴーラル様を参考に食事をしていく。
次の食事が運ばれてくるのを待っていたベルティが、こちらを見てきた。
「質問をしてもいいかしら。私、フェイクに滅茶苦茶興味があってね」
目をきらんと輝かせ、こちらを見てくる。
ベルティがそう言った途端、アリシアの方でかちゃっとフォークの音がした。
普段、まったく音を上げない彼女にしては珍しい。ちらと見ると、可愛らしく目を見開いていた。
いや、別に興味があるっていっても異性として、とかではないだろう。
「ほぉ、そういえば優秀な鍛冶師たちをリストアップしてほしいと言っていたな。それと関係があるのか?」
俺の代わりに答えたのは、ゴーラル様だ。
「そうなのよ。ちょっとホーンドラゴンの体が硬すぎてね。新しい剣を打ってほしいのよ」
「なるほどな」
ちら、とゴーラル様がこちらを見てくるので、俺は一つ頷いて口を開いた。
「新しい剣を打つのに関しては問題ない。ただ、今俺が保有している魔鉄だとシーレア魔鉄までだ。それ以上の魔鉄が用意できないと厳しいと思う」
現状、屋敷で管理しているのはシーレア魔鉄までだ。
ビーレア魔鉄も購入自体はできるのかもしれないが、この街で売り出すには少々スペックが高すぎる。
「ああ、それなんだけど。私エスレア魔鉄を持っててね。それの加工をお願いしたいのよ」
あっけらかんとそう言った彼女に、俺は思わず声を上げた。
「え、エスレア魔鉄!?」
「ええ、そうよ」
エスレア魔鉄って……そう簡単に入手できる代物じゃないぞ!?




