第23話
その夜だった。
俺は聞きなれた小槌の音によって目が覚めた。
……なんだ? 誰か、鍛冶工房にいるのか?
気づいて目を覚ました俺だったが、隣にいたアリシアはぐっすりと眠っている。
……聞こえていないのだろうか? まるで、耳元で小槌が振るわれているかのように聞こえるのに。
不思議に思いながらも、俺は体を起こし、リビングを歩いていく。
リビングに出ると、カプリがこちらに気づいた。
「フェイク……様? どうしたんですか?」
「いや……その。何か音が聞こえないか?」
「え? い、いや何も聞こえませんが……」
……マジで?
つまり、この音は俺にだけ聞こえているってことだよな。
少し、体が震えた。
「そうか。昼の作業の後片付けをしたかどうか気になってさ」
「そう……ですか?」
「ちょっと見てくるだけだから護衛は大丈夫だ」
「分かり、ました。何かあれば呼んでください」
カプリに頷き、俺は階段を下りて鍛冶工房へと向かう。
中へと入ると、音は消えた。
そして、そこにあった光に目を見開いた。
若い男性だ。
人によっては冷たい印象を抱くような切れ長の瞳。
それがちらとこちらを見ると、近寄りがたい雰囲気が一変。
にやりと笑った。
「おぬし、鍛冶師じゃな?」
口調はどこか老人めいている。驚きながらも、俺は頷いた。
「そうだけど……」
「ふむ……なるほどな」
彼は何も言わぬまま、ぶしつけにこちらを見てくる。
まるで、値踏みでもされているようだ。あまり良い気はしない。
「ここで店を開くつもりかの?」
「……あ、ああ。あんたは、誰なんだ?」
問いかけると、男性は嬉しそうに目を輝かせ、それから自慢げに胸を張る。
「わしは、ベストルじゃよ! 聞いたことあるじゃろ!?」
「……べ、ベストルさん。もしかして伝説の鍛冶師の!?」
「いかにも、いかにも! 伝説の、鍛冶師じゃよ、はは!」
「思ったよりも若いな」
改めて、じっと観察する。
たぶん、世の女性の八割は彼に見とれるだろう美貌だ。
男として、嫉妬してしまうほどの容姿だ。
「そりゃあそうじゃよ。おぬし、わざわざ死後に老人の姿になりたいかの? どうせなら、一番輝いている若い時の姿になりたいじゃろう?」
……確かに、納得はできてしまう。
死後、か。
つまり、彼がこの鍛冶工房の値段を下げている元凶である……
「この家に住んでいる、悪霊、ってことか」
ゆ、幽霊って本当にいたんだ。それも、これまで散々鍛冶師たちを呪ってきた悪霊だ。
……俺だけあの音が聞こえたということは、もしかしたら鍛冶師にしか聞こえないのかもしれない。
「悪霊とは失礼じゃのぉ。わしは、別に悪霊じゃないぞ?」
「……でも、実際ここに住んでいた鍛冶師たちは、みんな気が狂ったって聞いていたが」
「それはわしが夜寝れないようにしただけじゃよ。別に呪ったわけじゃないんじゃ。ただ、ひたすら小槌の音を響かせただけじゃ」
「悪霊じゃん……」
「悪霊じゃないんじゃよ! わしはただ、信頼できる鍛冶師にこの店を任せたいだけじゃ! ようは試験じゃよ試験!」
試験?
「わしは生半可な鍛冶師にこの店を任せたくはないんじゃ。だから、これまでも試してきただけじゃ」
「つまり……俺も試すってことだよな?」
「当たり前じゃ。才能があると自負するのであれば、ここに残ればいいんじゃ。怖いのならば……去れ」
……ベストルは威圧するような低い声でこちらを見てきた。
「……ダメだったら、呪う、ってことか」
「ああ、そうじゃよ」
「何かあっても、被害が出るのは俺だけだよな?」
「うーん、どうだろうな? あの女子も可愛いかったからのぉ、ぐふふ。悪戯してみるのも――」
「殺すぞ」
「ひ、ひぃいい! もう死んでいるんじゃよ! 冗談じゃ冗談! あくまでわしが見るのは、鍛冶師の腕だけじゃから!」
……それなら、別に構わない。
どちらにせよ、ゴーラル様との約束に世界一の鍛冶師になるというのがあるのだ。
それならば、伝説の鍛冶師に認められるくらいの腕でなければ駄目だろう。
「わしは静かに店の状況を見続けさせてもらうんじゃよ。別に邪魔するつもりもないからの。自由に」
ベストルは笑みを浮かべると、ふわりとその姿が消えた。
手を伸ばしてみたが、もう何もない。
まるで夢でも見ていたかのようだった。
それにしても、ベストル……か。
……なんか、想像していた人と全然違うぞ。
もっとこう、落ち着いた寡黙な職人、というイメージだったんだけど。
まあ、でも、噂には尾ひれがつくものだしな。




