第21話
それから店の準備で数日が過ぎた。
昨日は市で剣の販売を行い、知り合いの冒険者たちに店を開くことは伝えておいた。
そしていよいよ、明日から店を開くつもりだ。
今日は最終確認を行い、特に問題がないことも確認できた。
ただ、明日店を開く上で何か問題があってはまずいとも思っていた。
「そういうわけで、俺は今日泊まろうと思っているんだ」
改めてカプリやレフィ、そしてアリシアたちにそのことを伝えた。
明日の朝早くから準備をするため、俺はここに泊まるつもりだった。
屋敷と鍛冶屋の往復は、さすがに時間がかかりすぎてしまうからだ。
「ええ、分かっています。護衛は任せてください」
俺もバーナスト家からすれば重要人物ということで、俺が泊まる場合は護衛を残す必要があった。
そもそも、今も店に商品を置いているため、カプリたちには交代で泊まってもらっていた。
「ああ、ありがとう。それでアリシアたちなんだが――」
アリシアに何かあっては困るので、屋敷に戻ってもらおうと思っていた。
しかし、俺が言い切るより先にアリシアが割り込む。
「大丈夫。私も泊まる」
「……え?」
「はい。すでに着替えの搬入は済んでおります」
ぐっとレフィが親指を立てた。
「え!? い、いやでも……アリシアに何かあったら困るし……」
「カプリたちがいるから、大丈夫。それにレフィだってそこらの人たちよりもずっと強い」
「ええ、お任せください」
レフィが再び親指を立てた。
そして、カプリたちも同じように親指を立てる。
「大丈夫です! 知っていますか? オレたち、冒険者ランクでいえばAランクくらいはありますよ?」
「ええ! 任せてくださいよぉ! お二人の大事な二人きりの時間!」
「この命にかけてもお守りしますよ!」
三人とも、とても張り切っていた。
……どうやら、アリシアも泊まるという方針で話は固まったようだ。
「ついでに言えば、さらに五名ほど兵士の方が来る予定です。彼らが泊まれるように一階の余っていた一部屋も寝室にしてあります。そういうわけで、特に大きな問題はありませんよ」
レフィがついでとばかりにそう言った。
レフィを含めれば、合計九人の護衛がいるということか。
確かに、頭のいい人間ならばわざわざこの家に強襲することはないだろう。
「……それなら、いいけどさ」
「あっ、一つ言い忘れていました」
「なんだ?」
「フェイク様とアリシア様の寝室もしっかりと準備はしておきましたので、どうぞお好きに使ってください」
レフィの言葉に俺とアリシアは顔を見合わせる。アリシアの顔が真っ赤になり、俺も同じようなテンションでレフィへと叫んだ。
「お、俺とアリシアの寝室!?」
「ど、どういう意味レフィ!?」
「いえ、別に普通に心地よい眠りをと思いまして……お二人は婚約者ですし、一緒の部屋でも問題ないかという判断です」
も、問題ないのか? いや、あるだろ。
確か、貴族の人は結婚するまで異性とそういう関係になってはいけないって……。
ゴーラル様はあまりそういうのを気にしていないが、他の貴族は気にするようなんだ。
い、いや別にそういうことをするわけではない。……ということは、特に問題ないのかも?
思考がまとまらない。
俺がちらとアリシアを見た時、彼女の視線もこちらを向いた。
「ふぇ、フェイクは……いいの?」
「お、俺は別に……あ、アリシアはいいのか?」
「わ、私も……別に」
……という、消極的な意見を二人とも言ってしまったため、俺たちの寝室が確定した。
夕食を頂いた後、一階にあるシャワーを浴びて寝室へと向かう。
と、リビングにいたカプリたちがこちらに気付いてすっと頭を下げてきた。
「フェイク様。何かあればいつでも呼んでくださいね」
「オレたちこちらの部屋に待機していますから」
カプリたちは二階の別の空き部屋を寝室として使うそうだ。
何かあれば、すぐにすっ飛んでこれるようにだ。
それにこくりと頷くと、カプリたちは部屋へと向かった。
夜間は下にいる兵士たちと交代しながら警備を行ってくれるそうだ。
……ほんと、申し訳ない気持ちになってしまう。
と、俺たちの寝室からレフィが出てきた。
「アリシアは……もう中にいるのか?」
「はい。おやすみの準備はできていますね」
「……そうか」
……べ、別に何もしないけど緊張してきてしまった。
いつかはアリシアと一緒に寝るような日も来るのではないかと考えたことはそりゃあもちろんあるけど、まさかこんな形になるとは思っていなかった。
「それではフェイク様、アリシア様。何かあればすぐにお呼びください。私はこのちょうど下の部屋で休んでいますので、床を強く蹴ってくれればすぐに向かいます」
「……あ、ああ分かったけど。確か、レフィの部屋って小倉庫みたいな場所だよな? 滅茶苦茶狭くないか?」
「いえ、大丈夫です」
「他にもまだ部屋余ってるし……別の場所でいいんじゃないか?」
「いえ、あそこがいいんです」
「……わざわざ俺たちのためにか?」
レフィが先程言ったように、俺たちに何かあったとき出来る限りすぐに駆け付けられるようにということだろう。
プロ意識の塊に、尊敬の念を抱いていると、レフィは首を横に振った。
「気になさらないでください」
「気にするよ。俺のことで色々本来の生活を壊しちゃってるからな」
「そんなことありません。フェイク様とアリシア様。お二人が笑顔でいるのが私にとってはとても嬉しいのです」
「……そうか」
……そう言ってもらえる俺はとても幸せな立場にいるだろう。
アリシアを悲しませるようなことは、万が一にもしてはいけないな。
「それに、真下を選んだのは本当に仕事とは関係ありません。あそこなら、二人が何かしたときにもすぐ分かるかもと思いまして」
「……」
レフィはぺこりと一礼と爆弾発言を残し、階段を下りて行った。
前言撤回。
レフィにプロ意識を感じていたことや、感謝の気持ちはすべて放り投げさせてもらった。
ていうか、どんな顔で寝室に入ればいいのだろうか。
アリシアを気遣って先にシャワーを浴びてもらったのは間違いだったかもしれない。
部屋の扉が……とても重く感じる。
じっと見ていると、ぎーっと扉がゆっくり開いた。
シャワーを浴びたからか、それとも羞恥か。
アリシアは顔を赤くしていた。




