第16話
夕食を頂いた後、アリシアとともに部屋へと向かう。
「これで、準備はできたね」
「後は、あの家で何も起きないことを祈るだけだ」
「大丈夫。だって、もうずっと調べてるのに何もないんだよ?」
「……そうだよな」
この間もベストルの鍛冶工房についてはレフィや兵士たちに調査をしてもらっていた。
その結果は、今のところまったく被害は出ていないということだ。
両者には感謝してもしきれないほどだ。
そして、特に兵士たちとはあまり話す機会自体がなかった。そのために、俺は何かしらの形でお礼を伝えたかった。
「そういえばフェイク、お父さんに聞いていたけど剣のプレゼントはどうするの?」
「明日、三人に相談しようと思ってな。明日は庭で訓練の日なんだろ?」
「そうだね」
「その時間を使って、鍛冶工房にある剣から合うものを使ってもらおうと思ってな」
鍛冶工房にはいくつも剣が置いてある。
どれもそれなりの出来のものだという自負はある。
そして、この屋敷で支給されている剣はイーレア魔鉄を用いたものが多い。
それよりも上の剣を使う場合は自分で用意する必要があるそうだ。
俺たちの護衛に当たっている皆はイーレア魔鉄の汎用的な剣だ。
俺が渡そうと思っているのもイーレア魔鉄で作った剣だったが、エンチャントや魔力製鉄に力を入れているため、ディーレア魔鉄以上の能力はあると思っている。
今よりも護衛たちの剣の質は上がることになる。
……あくまで、剣が優秀になるだけだけど、皆それなりに力のある人たちだからな。
剣を使いこなせると思っている。
「それなら、きっとみんなも喜ぶ。新しい剣を用意しようか迷っている人もいるからね」
「そうなんだな」
アリシアの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
他のプレゼントも考えていたのだが、どういうのが兵士たちに喜んでもらえるか分からないんだよな。
次の日。
俺は早速、一人で三兵士たちが訓練しているという場所へと向かった。
訓練場に着くと、三兵士の一人がこちらに気づいた。年齢は俺より少し上だったはずだ。皆ほぼ二十前後だ。
カプリだ。彼は気さくな笑みとともに片手を上げた。
「カプリ、訓練中か?」
声をかけると、彼はこちらを見た。
カプリの前では残りの護衛の二人が剣を打ち合っていた。
こうしてカプリと向かい合うと、体格の良さが目立つ。やはり兵士なんだなぁ、と思わされる。
「おー、フェイク様。どうしたんですか?」
「昨日ゴーラル様と相談してな。今後も三人には俺たちの護衛をしてもらうことになるだろ?」
「あっ、本当ですか!? いやぁ、フェイク様たちの護衛は目の保養になるからいいんですよ!」
「なんで目の保養なんだ?」
「いやあ、新婚夫婦の幸せ生活を見ていられますからね。幸せオーラ満々じゃないですか」
だ、誰が新婚夫婦だ……!
「まだ、結婚はしてないからな……」
「いやいや、ゴーラル様もお気に入りみたいじゃないですか? 大丈夫ですよ、必ず結婚できますって」
ぐっと親指を立ててくるカプリ。
……まったく。人をからかわないでほしい。
でも、俺としてはそうなれるように頑張るしかない。
「その話はひとまず置いておくとして……三人に俺の剣をいくつか試してほしいと思ってな」
「え、フェイク様の剣ですか!?」
カプリが嬉しそうな声を上げる。訓練の途中だった二人も、一度手を止めてこちらへとやってきた。
彼らの名前も聞いたことがあった。エリアとパイシーズだ。
……こうして、兵士たちに囲まれると俺の身長が低い方なんじゃないかと思わされてしまう。
いやいや、この人たちがでかすぎるだけだ。気にしすぎるな。
「ああ。今後も護衛をするとしたら、商売をしている時にも対応してもらうことになるだろ? だからより良い装備に変えた方が良いと思ったんだ」
「マジですか!? つまり、あのフェイク様の剣が使えるってことですよね!? やった!」
「そんなに喜ばれても……あくまで、少し質が良いくらいだぞ?」
「いやいや! それでも十分です!」
滅茶苦茶三人は喜んでくれている。
……これから、鍛冶工房に連れて行って剣を選んでもらうんだけど、これだけ期待されていると裏切ってしまうことになるかもしれないよな。
少し不安だ。
「それじゃあ、鍛冶工房まで来てくれるか?」
「ええ! どこまでもついて行きますよ!」
カプリたちを後に引き連れ、俺は鍛冶工房まできた。
鍛冶工房につき、俺は事前に用意しておいた剣が入った箱をカプリたちに見せた。
全部で二十本ほどだ。選ばれなかった剣たちは、いずれ店に並ぶ予定だ。
どれも本気で作ったものなので、それなりにいいものたちだ。
カプリたちは剣を手に取り、鞘から抜いてかざしている。
皆、呆けたような顔をしている。
……あ、あれ? 思ったよりも反応が悪い。
「だ、大丈夫か? 悪いな、そこにあるのはイーレア魔鉄で作った剣だから……たぶん今支給されているのと同じ素材だから――」
不安になって俺が声をかけてみると、カプリたちは目を見開いた。
「こ、これ同じ質の剣ですか!?」
「い、いや……これ一段……どころか、もっと上ですよね!?」
「これ本当にもらっていいんですか!?」
カプリたちが剣と俺を何度も見比べてくる。
「ああ……そんなにちがったか?」
「違いますよ! ほら、これオレたちが支給されている剣です! そんなに違いの分からないオレでも分かりますって!」
カプリが差し出してきた剣を受け取り、鞘から抜いてみた。
その剣を見て……確かに、違うと思ってしまった。
これらの剣は量産するために、色々と本来こなさなければいけない過程をすっ飛ばしている。
魔鉄を溶かし、型に流して固めて終わり、というものだ。
そして、エンチャントも雑だ。
エンチャントと魔力製鉄をしっかりこなせば、素材の質はそこまで変わらないのだから俺が支給しようとしていた剣と同じくらいにはなるだろう。
「確かに……そうだな。とにかく、カプリたちには俺の剣を支給するから自由に選んでくれ」
「フェイク様……いや、兄貴! 一生ついていきます!」
「兄貴はやめてくれ……」
深く頭を下げてくる三人に、俺は苦笑する。
それから三人は自分に合った長さ、重さの剣を選び手に取った。
「それでいいのか?」
「はい、これにさせてください!」
三人が選び終わったようで、嬉しそうに剣を抱きしめていた。
鞘に収まっているとはいえ、頬ずりまでしている姿は中々だ。
「それなら良かった。エンチャントが切れたら言ってくれ。いつでも修復するからな」
「分かりました! 何から何まで感謝します!」
ぺこり、と三人が揃って頭を下げた後、エリアが叫ぶ。
「この剣をフェイク様だと思って使いますね!」
「……それだと俺が叩きつけられることになるのか?」
エリアがはっとした顔になったところで、パイシーズが叫ぶ。
「じゃあ、フェイク様だと思って大事に使いますね!」
「……ちゃんと実戦で使ってくれよ?」
俺は呆れながらそう言ったが、三人はとても嬉しそうにしてくれた。
……やっぱり、鍛冶師として一番嬉しいのはこの瞬間だな。
良いものを作れた時も嬉しいが、実際に作ったものを手に取ってくれた人の喜ぶ顔が、俺は好きだった。




