第13話
「あっ、フェイクさん! おはようございます!」
相変わらずの人懐こい笑みとともに、イヴァスがこちらへと走ってくる。
その姿を「やれやれ……」といった様子で見守っていたウェザーだったが、彼はアリシアの顔を見てぴたりと動きを止める。
イヴァスはまったく護衛の兵士たちには目もくれず、俺の前までやってくる。一瞬、兵士の一人がこちらに来たが、それをアリシアが制止していた。
イヴァスは俺の前で足を止める。
まったくもって、周囲の状況は目に入っていないようだ。
俺としては、いつも通りに振舞ってくれた方が嬉しかったので、この反応に何か思うことはなかった。
「おはよう、イヴァス。これから依頼でも受けるのか?」
「はい! そっちはもしかしてデートですか!? こんなに可愛い彼女がいるなんて……羨ましい!」
……アリシアのことも知らないようだ。
イヴァスの言葉に、アリシアが照れくさそうに頬をかいている。
俺とアリシアの反応から、兵士たちも俺たちの友人と思ってくれたようで、警戒こそしているがイヴァスたちを拘束するようなことはなかった。
「デート、じゃなくて少し鍛冶ギルドに用事があってな」
「鍛冶ギルドですか? 鍛冶師の関係ってことですよね?」
俺たちがそんな風に話している中で、ちらちらとウェザーはアリシアへと視線を向けている。
イヴァスが、ウェザーの方を見て呆れた顔を作っていた。
「もうウェザー。相変わらず女性苦手だよね」
「そ、そういうわけじゃなくて、だな……おい、イヴァス。おまえこの方がどなたか知らない……のか?」
ウェザーは信じられないものでも見るかのようにイヴァスを見ていた。
しばらくイヴァスはアリシアの方に視線を向けていたが、小首を傾げた。
「フェイクさんの彼女でしょ?」
「ち、ちげぇよ! この人は、アリシア様だよ! この街出身なんだから見たことくらいあるだろ!?」
「……アリシア様……? はっ! ほ、本当だ! アリシア様に似てる! ほ、本人ですか!?」
領主の娘として市民の前に出ることもあるのだろう。
皆が顔を知っているようで、アリシアはにこりと微笑んだ。
「うん。本物。以前はアリーと名乗ってた。初対面じゃないけど……これからもよろしく」
「アリー! 仮面の人だ! 僕何も知らずに話していました! ごめんなさい!」
イヴァスがぺこりと頭を下げた。それに対して、アリシアは微笑を返す。
「いえ、別にわざわざ身分を隠していたのですから気にしないでください」
「そうですか!」
初めこそ驚いていたがイヴァスはほっとしたように胸を撫でおろしている。
イヴァスの切り替えの速さは目を見張るものがある。俺も何か驚くようなことがあれば、このくらい簡単に切り替えたいものだ。
しかし、イヴァスのように切り替えられないのは、ウェザーだ。
「……も、もしかしてフェイクさん。アリシア様の……婚約者様、なのか?」
「ああ、そうだけど……そんな話も知っているのか?」
「う、噂で……聞きました」
ウェザーは丁寧な口調に切り替え、顔を青ざめていた。
……俺も貴族に近いものなので、無礼を働かないようにということなんだろう。
俺としては、自然に話してもらいたいのだが……そうもいかないよな。
公爵家としての威厳もあるだろうし。
俺たちの話を聞いて、イヴァスが目を輝かせた。
「えと、おめでとうございます? 結婚式とか絶対行きますね!」
「き、貴族の方の結婚式だ! オレたちみたいな平民が行けるはずないだろ!」
「いや、そのうち開くときには来てほしいよ。イヴァスたちがいなかったら、俺はこの街で鍛冶師として成功していなかったかもしれないからな」
まだ成功というのは早いかもしれないが、彼をきっかけに俺の商品が売れるようになったのは間違いない。
ウェザーを紹介してもらった恩もあるしな。
友人くらいなら、平民や貴族関係なく誘うこともできるんじゃないだろうか? ……貴族の結婚式を知らないので、断定はできないが。
「だってウェザー! 良かったね!」
「い、いや……いい……のか? 貴族の方々ばかりの中に参加なんてしたら緊張で吐きそう……」
ウェザーの顔は青ざめたままだ。
……その反応は、よく分かる。
きっと俺がウェザーの立場なら、間違いなく同じような表情になっていたと思う。
イヴァスが細かいこと気にしなすぎなんだ。
「あっ、いけない! ウェザー、依頼を受けに行かないと!」
「そう……だな」
イヴァスがそう宣言し、ウェザーも思い出したように頷く。
このままここで話し込んでしまうと、彼らの邪魔となるだろう。
「それじゃあ、俺たちも鍛冶ギルドに行ってくる。また後でな」
「はい! また今度市にも顔を出しますね!」
「分かった。そういえば、今度店も開こうと思っているんだ。詳しい場所とか決まったら教えるよ」
「本当ですか!? 楽しみです! 必ず行きますね!」
イヴァスが元気良く手を振り、ウェザーは丁寧なお辞儀とともにその場を後にした。
これでまたイヴァスが新しいお客さんでも連れてきてくれたら嬉しい限りだ。
「それじゃあ、アリシア。行こうか」
「うん、いこう」
「……そういえば、アリシアって外でも丁寧語で話すよな?」
「女性は特に気にしなくてもいいっていうのが、貴族の間での決まり事だから」
……なるほどな。
そこから詳しく話を聞くと、元々、男尊女卑の文化が古くから根強かった。
基本的に対外の対応は男が行うため、今のような文化が出来たとか。
最近では、女性当主というのも増え始めてきたため、今後は変わるかもしれない、というわけだ。
色々あったが、俺たちはすぐに鍛冶ギルドへと向かった。




