第12話
夕食の時間になり、ゴーラル様が屋敷へと戻ってきた。
そして俺たちは、例の物件についての話をすることになった。
話題は食事の席で行うことになる。ゴーラル様がちらとこちらを見てきた。
「フェイク。……話は聞いた。あの物件でいいのか?」
「……はい。あそこにしようと思っています。レフィの報告書は確認してくれましたか?」
「ああ、確認した。……しかし、だな。……お化けが」
ゴーラル様が渋るようにそう言った。
一応いつも通り威圧的な表情ではあるのだが、顔は青ざめているのでその力も半減といったところだ。
「一応、報告書を上げてからも調査はしてもらってる。……特に問題はないみたい」
俺の代わりにアリシアがそう言った。
以前に比べ、アリシアはあの物件に乗り気になってくれた。
その理由はやはり報告書のおかげだろう。
ゴーラル様は考えるように顎に手をやった後、ゆっくりと頷いた。
「分かった。……確かにあそこは、オレもいわくさえなければ勧めていた物件だ。あそこにしよう」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ……何かあったら困る。異常が出ればすぐにでも家からは離れるんだ」
「もちろんです。アリシアは必ず守ります」
「……それもそうだが。おまえもだ、フェイク。何かあっては……な」
ゴーラル様がそっぽを向きながらそう言った。
……俺のことも心配してくれるゴーラル様に、嬉しい気持ちはあったが、
「お父さん。もっとちゃんと心配してあげてもいいのに」
「……うるさいぞアリシア。それじゃあ、フェイク。オレから購入の手続きは進めておく」
「分かりました、よろしくお願いいたします」
俺は深く頭を下げた。
やった。これもすべてレフィや兵士たちが調査を行ってくれたからだろう。
あとで皆にも感謝しないといけないな。
夕食の後、俺の頭の中は例の鍛冶工房でいっぱいだった。
これからあそこで商売をするんだ。
興奮しないはずがなかった。
「良かったね、フェイク」
表情に出ていただろうか。隣にいたアリシアが微笑んできた。
少し照れ臭い。少々、子どもっぽかったかもしれない。
「ああ。ゴーラル様の許可も下りたし、これで無事店は確保できそうだな」
「そうだね。ここからもっと頑張らないと、だね」
「そうだな」
あそこまでの物件を用意してもらったのだ。
失敗しました、とはさすがに言えない。
これから、お店も貴族としての勉強も、すべてが上手くいくように頑張るしかない。
そのためには、とにかく努力しないとな。
「あっ、そうだ。お店が決まったら、鍛冶ギルドにいって営業許可を取りにいかないと」
「そうだったな」
鍛冶ギルドというのは、各街にある鍛冶を管理しているギルドだ。
他にも商人ギルドなどもあり、恐らくリグもここに参加しているだろう。
鍛冶ギルドに登録することで、店の営業許可を獲得することができる。
市などでの売買に関しては、鍛冶ギルドへの申請などは必要ない。
毎回市への入場料を払っているが、これがその無許可の代わりの支払い、ということになっている。
とにかく、お店を持つ以上、その辺りはきちんとしておいた方がいい。
それに、鍛冶ギルドに登録しておけば、そこから冒険者、商人ギルドに俺の店の宣伝を行うこともできる。
冒険者ギルドの依頼掲示板に、一定期間の間、うちの店が開いたことなどを載せてもらえるのだ。
「なるべく早いほうがいいよな。明日にでも行ってみるか」
「それじゃあ、明日一日はそれと……時間が余ったらデートとか……どう?」
「そうだな。たまにはのんびり遊ぼっか」
そう答えるとアリシアは嬉しそうに微笑んでくれた。
店を持って商売をする場合、鍛冶ギルド、あるいは商人ギルドに所属した方が良い。
ただ、そのどちらを選択するかは人によって違ってくる。
俺の場合は、鍛冶でも商人ギルドでもどちらでも良いということになっているが、別に商人として活動するつもりはないので、鍛冶ギルドの登録のみで問題はないだろう。
次の日。
俺とアリシアは鍛冶ギルドを目指し、冒険者通りを歩いていた。
もちろん、俺たちの近くには兵士たちがいて、何かあればいつでも対応できるようにもなっていた。
そのため、周囲の人たちからの注目は以前同様に集めていた。
鍛冶ギルドは冒険者通りの近くにあるため、冒険者含めた人通りが多いのも、注目を集めている原因だ。
人によってはアリシアが公爵令嬢であることを知っている人もいるようで、ひそひそと話している姿も見られる。
もう完全に俺とアリシアの関係についても噂されているだろう。
そのせいか、いつもよりも兵士たちの表情も引き締まっている。
いつ、どこで誰が襲ってくるかわからないからな。……いや、そんな物騒な話を聞いたことはないが、可能性がまったくないというわけでもない。
「すみません。皆さんに余計な迷惑をかけてしまって」
近くにいた兵士に気遣って声をかけると、兵士は驚いたようにこちらを見てきた。
「え? あっ、いえ気にしないでください! これがオレたちの仕事ですし、オレたちフェイク様とアリシア様のためならなんでもやりますからね!」
笑顔とともにそういった青年。
えっ、そこまでなの? その兵士だけではなく、他の兵士たちも同じように笑みを浮かべている。
「オレたち、アリシア様の身辺警護をよくやっていたんでずっとアリシア様を見てきているんですよ」
「そうなんです。ですから、今アリシア様が幸せそうにしていて良かったと思っているんです!」
「そういうわけですから、これからもよろしくお願いしますよ!」
「へ、変なこと言わないでっ」
アリシアが顔を真っ赤に叫ぶと、兵士たちはくすくすと笑ってまた少し離れた。
「慕われてるんだな、アリシア」
「……別に、そういうわけじゃない。……というか、フェイク。貴族の勉強」
「……あっ、そうか」
俺は先ほどの兵士への態度を思いだし、頭をかく。
さっきの態度は貴族としては不正解だ。
だから、兵士も少し驚いたような反応を見せたのかもしれない。
これからは気をつけないといけないな、と改めて意識した時だった。
向かいから、見慣れた顔の男性たちがこちらへと歩いてきた。
イヴァスとウェザーだ。
向こうもこちらに気づいたようで、笑顔とともに近づいてきた。




