第8話
「聞いたことある。ただ、私も詳しいところまでは知らない……けど。確かに凄い武器を量産していたって」
「アリシア様のいう通りです。伝説の鍛冶師、彼の造った作品に関しては現代にも残っています。……残っていますが、ただ少しいわくつきのものもありますが」
「……いわくつき、ですか?」
「どうやら老いてからの彼は、恐ろしいまでの執念で鍛冶を行っていたようです」
「もしかして、呪われている、とかでしょうか?」
呪われている武器、というのは聞いたことがある。
製作者の怨念、あるいは所有者の怨念。
それが込められた武器を所持し、戦闘で使うと……所有者の理性を歪めることがあると言われる。
もちろん、呪いに打ち勝てるような強い精神力を持つ場合はその限りではない。
「その通りです。ベストル製の呪われた剣、と言えばどうでしょうか?」
「ベストル! 聞いたことあります!」
その名前に思わず反応する。
俺も現物を見たわけではない。ただ、彼の剣が危険な代物であるというのは聞いたことがあった。
リグは微笑みながら、工房の一か所を指さした。
「こちらに、一本だけ飾られているあれもベストルが作ったものと言われていますね」
そう言って、彼は壁にかけられていた剣を指さした。
その壁にあった剣をじっと見る。
……エンチャントなどが施されているわけではない。
その造りかけと思われる剣をじっと見ていると、ずきんと頭に鈍い痛みが走った。
思わず手で頭を押さえると、アリシアが慌てた様子で肩に手を触れてきた。
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ……」
それからもう一度俺はベストルの剣を見たが……特に先ほどのような痛みは感じなかった。
一体なんだったのだろうか? 分からないが、これ以上この痛みについて考えてアリシアを心配させるわけにはいかない。
顔を上げると、リグが心配そうにこちらを見てきた。
「……やはり、鍛冶師の方が購入するのはやめたほうがいいのかもしれませんね」
そう呟いたのはリグだった。
「どういうことですか?」
これだけの設備が整っているのに、鍛冶師が購入しない方がいい?
この鍛冶工房を有効活用できるのは、鍛冶師だと思うが。
例の幽霊騒ぎなどと関係あるのだろうか。
「鍛冶師の方が以前購入されたのですが、精神を病んでしまって……」
「……精神をですか」
「はい。理由は分からなかったのですが、その方は二度と鍛冶を行うことができなくなってしまったそうなんです」
「……」
ほ、本当の話なのだろうか?
「ただ、原因は分からないんですよね……。一応教会に頼み、聖女様にも見てもらったそうですが何も分からなかったそうです」
呪いに関しては、魔法によってある程度和らげることができる。
聖女様ともなれば、完全なる除去ができることもある。
ただ、世の中にある呪われた武器に関しては、意図的にそれらが施されていないことも多い。
その呪いのおかげで、武器自体の性能が跳ね上がるからだ。
強い精神があれば特に問題ないような呪いに関しては、わざわざ解除して性能を落としてしまうよりは、それらを扱える所有者の手に渡った方がいい。
「そう、ですか。あのベストルの剣も呪われているんですか?」
「いえ、あれは問題ないようです。あちらの剣はベストルの遺言でここに飾っておいてほしいと言われていたそうで、当時の王がベストルに恩義を感じ、そのまま飾っているそうです」
「……なるほど。でも、ベストル製の剣となれば盗もうとする人もいたのではないですか?」
造りかけの剣で、完成品ではない。
だから、剣としては使えないが、売れば金にはなるだろう。
「いたそうですが、皆不慮の事故でなくなっています」
「……やっぱり呪われているんじゃないですか?」
「ですが、聖女様も剣や建物、その他を調べてみても問題ないと言っていたそうなんですよ。私も、色々知り合いに調べてもらいましたが異常は見つからない、と」
いわくつき、か。
幽霊を見たよりもよっぽどこちらの方が信憑性がある。
「ですので、あまり購入は……オススメできません」
「リグがそれをいっていいんですか?」
「今のは商人として、ではなく友人としてです」
リグの心配そうな表情での気遣いに、俺は頷いた。
アリシアも俺の方を不安そうに見ているし、購入はもう少し考えてからにした方が良さそうだ。
ただ、やはり立地、設備、値段……この三つから見てもここは最高なんだよなぁ。
「とりあえず、次の部屋を見に行きましょうか」
「……分かりました。二階は私室になっていますので、そちらの案内をしますね」
リグに案内されるままに、俺たちは二階へと上がっていった。
「二階は居住スペースとして利用できますね」
上がってすぐにリビングがあり、さらに左右に部屋がいくつかある。
それなりに大きいので、普通に生活を送ることも可能だ。
「これは便利ですね」
今後お店を開くとなればここに泊まる機会も出てくるだろう。
その際に、ここはよく利用することになるはずだ。
すべての部屋を確認したところで、外に出る。
「それで、どうしますか?」
「とりあえず保留させてください。他の候補も見にいってみます」
「分かりました。気に入った物件が見つかることを願っています」
リグはぺこりと頭を下げ、微笑む。
俺たちは別の資料を取り出し、次の候補地へと向かった。




