第7話
「な、なに!?」
想定もしていなかった音に、アリシアが悲鳴を上げ、後ずさる。
この音にはさすがに俺も驚いた。
本当に幽霊が? と考えるよりは強盗などの線を疑っていたが。
それか、ネズミなどが中にいるのではないだろうか?
そう思っていた時、扉がゆっくりと開いた。
「おや? フェイクさん……ですか?」
突然名前を呼ばれ、俺は驚いた。
なんと、扉を開けて姿を見せたのは……いつもお世話になっていた商人のリグだったからだ。
商人リグ。
俺が市で店を開いていた時によく来てくれた商人だ。
そこで俺はゴーラル様から受け取っていた紙を再確認する。
紙には、各店舗を所有している商人の名前も記載されている。
この店の担当者は……『リグ』と書かれていた。
まさか、俺の知っているリグとこのリグが同じだったとは。
決して珍しい名前ではなかったため、まるで意識していなかったな。
リグも驚いたような顔で俺を見ていた。
しかし、すぐにアリシアを見て何か納得したような表情を浮かべている。
「リグ、久しぶりです」
「え、ええ……お久しぶりですが。……もしかして、貴族の鍛冶師で購入を検討されているというのはフェイクさんだったのですか?」
リグは普段よりも丁寧な口調だった。
……俺たちの立場を理解してのものだろう。
俺としてはもっと親しく話して欲しかったけど、仕方ない。
これも貴族になるということなんだろうと自分を納得させた。
「ええ、まあそうですが」
「……な、なるほど。まさか、普段仮面をつけていたのは……アリシア様、でしょうか?」
リグは顔をこわばらせたまま、アリシアを見る。
さすがにリグの理解は早い。だてに商人はしていないようだ。
アリシアも、怯えていた表情が次第に自然な表情へと戻り、にこりと微笑んで答える。
「はい、そうですよ」
そうアリシアが答えたのを確認したところで、リグが頭を深く下げてきた。
「し、知りませんでした。申し訳ございません! ぶ、無礼を働いていたかもしれません!」
リグの反応を見て……ああ、改めてアリシアは普通の人からしたら雲の上のような存在なんだろうと思ってしまった。
俺がこうしてアリシアの隣に並べているのは、ただ運が良かっただけなんだ。
「か、顔を上げてください。私たちは、あくまで身分を隠していたんです。むしろ、ここまで気付かれていなかったのなら私としては大成功なんですから」
そう言ったアリシアに、俺も続けて口を開いた。
「アリシアの言う通りですよ。別に普段通りに接していただいても構いませんから」
「そんなわけにはいきませんよ」
……そんなわけには行かないか。少し残念な気持ちを抱いていると、リグは一つ咳払いをする。
それから、こちらを見てきた。
「……えーと、とりあえず今日はこちらの物件の内見ということでよろしいですよね?」
「はい」
「早速建物を見ていかれますか?」
「ええ、お願いします。……ただ、商人の方が同行するとは聞いていなかったんですけど、リグが紹介してくれるんですか?」
俺の問いかけにリグはゆっくりと頷いた。
「そうですね。やはり、建物の所有者が一緒にいた方が良いと思いまして」
「……でも、いつ来るか分からなかったんですよね?」
「まさか朝一番で来ていただけるとは……。実は来る前に掃除などをしようと思っていたので、驚いてしまいましたよ。それでは、中をご案内いたしますね」
リグは笑顔とともに建物へと向かう。
……これは彼の商人としての気遣いだろう。
いつ来るか分からない客でも、相手のことを考えて店に待機していたに違いない。
これから俺も商売人として、相手を想う気持ちは参考にしたい。
扉をくぐった先は、お店だった。
台座や棚、壁に剣などをかけられるような設備もそのままだ。
「お店として開かれていた時はこちらに商品などを並べていたそうですね」
リグが一つ一つ丁寧に説明してくれる。
資料通り、このままこの店に入っても、商売が開始できそうだ。
リグに簡単に店舗を紹介してもらってから、その奥の通路へと向かう。
扉一つ挟んで入った先の部屋は、鍛冶工房となっていた。
お、おお!
思わず表情が緩む。
そこには、公爵家で用意してもらった工房と同じ程度の設備が準備されていた。
設備にある道具は、全体的に古めのものであったが、それでも十分に使えるものばかりだ。
足りないものは公爵家から移してもいいし、新しく購入したって問題ないだろう。
「凄い設備ですね……前の持ち主もかなり鍛冶が好きだったんですね」
これだけの設備を準備してくれた人だ。俺の言葉に、リグはこくりと頷いた。
「そうですね。この建物を最初に所有していた方が、それこそ伝説の鍛冶師と呼ばれるほどの腕前を持つ方だったとか」
「伝説の鍛冶師、ですか?」
初めて聞いた言葉に首を傾げる。
「はい。バーナスト家の初代の方と拮抗する腕前だったらしく、両者はお互いに切磋琢磨していたらしいですね」
「……へぇ、アリシア、知ってるか?」
俺の問いかけにアリシアはこくりと頷いた。
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