第4話
「オレのところに緊急の仕事が入ってしまって朝のうちしか話す時間がなくてな。これから少し家を空けるから、今のうちに話しておこうと思ってな」
……仕事、か。
ゴーラル様は確か昨日屋敷に戻ってきたはずだ。それでいてまた朝から仕事なんだ。
やはり公爵家の当主ともなると色々大変だろう。
「まず、一つ目だ。フェイク、貴族としての教育を受けたいって言っていたな?」
ゴーラル様の言葉に、俺は以前自分から伝えた話を思い出していた。
舞踏会で無事、宮廷との関係を精算できたのは良かったのだが……その後の舞踏会で色々と恥をかいてしまった。
具合的には、挨拶でのマナーや、ダンスなどだ。
これまでまったく経験してこなかった貴族の世界なので、知らないのは当然だけど……知らないままではダメだとも思った。
俺がアリシアと結婚すれば、俺は貴族として生活をしていくことになる。
俺はもちろん貴族ではないため、まったくと言っていいほど知識がなかった。
アリシアを、そしてこの家の人たちに恥をかかさないためにも、最低限の知識は獲得しておくべきだろうと思い、お願いしていたのだ。
ゴーラル様は、続けて口を開いた。
「はい。お願いしたいです」
「……別にそれほど表に出るわけではないし、フェイクの負担になるだろうからオレとしてはまだいいと思うが」
「それは……ただ、いきなり対応しなければならない可能性もあります。この家に迷惑をかけたくはありません」
「……そうか。分かった。教育に関してはレフィとアリシアに行ってもらおうと考えている。二人とも知識はあるし、身近な人間だ。隙間時間を見つけて指導してもらうことができるだろう?」
レフィとアリシアか。レフィはアリシアの専属メイドであり、今は俺の面倒も見てくれている。
ゴーラル様がいう通り、確かに彼女らならば指導者として接しやすい。
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「ああ。ただ、あまり無理をするなよ。あくまで、お前の仕事は鍛冶だ。いざという時のためにその腕を鈍らせないようにな」
「もちろん、わかっています」
俺は鍛冶の腕を見込まれ、アリシアの婚約者にさせてもらっている。
その立場を忘れるつもりもなかった。
「そして次だ。どちらかというと、こちらが本題になる」
そう言ってゴーラル様が差し出してきたのはいくつかの紙だ。
俺が紙を受け取ると、隣に並んでいたアリシアも紙を覗きこんできた。
紙には絵が描かれていた。
それは、家の絵だ。
外観だけではあるが、お店のような雰囲気の建物たちだ。
ゴーラル様が渡してきた紙のすべてに、絵が書かれていた。
「もう一つ、おまえが戻ってきてから話していたはずだ。これからは店を持ってそこで商売をしろ、と」
「そう、でしたね」
バーナスト家の鍛冶師として、腕を磨くために俺は市で商売をしていた。
ただ、ゴーラル様が店を持って商売した方が鍛冶に打ち込める時間が増えるだろうという話で、俺は店を持つ方向で話が決まっていた。
とはいえ、まだいつから店を持つのか、どこに店を構えるのかなども決まっていなかった。
この資料たちは、恐らく店候補なんだと思う。
「いくつか店の候補を出させてもらった。好きなものを選ぶといい」
「……そうですか」
俺はアリシアとともに渡された資料を見ていた。
するとアリシアが目を見開いた。
「このお店……本当にこんな値段なの?」
アリシアが指さした店を見て、俺も目を見開いた。
というのも、値段は他の物件の三分の一程度。
そして、立地は冒険者通りとなっている。
さらには、元々鍛冶工房として使われていたようで、施設に関しても十分に備わっていた。
今からここに引っ越したとしても、このまま鍛冶を行い、店を開けるような状況だ。
他の物件は、どれも設備、あるいは立地的に問題がある。
もうこの物件で決まりでは? そう思った俺だったが、ゴーラル様の顔は険しい。
この安い物件には何かあるようだった。
「あ、ああそれは……だな。一応候補に出したが、辞めておいたほうがいい」
ゴーラル様の言葉に、アリシアが首を傾げる。
「どういうこと?」
「例の、いわくつきの物件だ」
「……あっ、そうなんだ」
なんだ?
俺の分からないところで二人の会話が進んでいた。
アリシアは何か納得が言ったという様子で、ゴーラル様に返事をしてからは顔が青ざめていた。
……かなり問題がありそうだ。
「どういうことなんだアリシア?」
「ここは……幽霊が出る……」
は?




