第60話
馬車から降りた俺は、久しぶりの宮廷を見上げた。
今日はこちらに用事があるわけではなく、社交界が開かれるのはそこに併設された王城の方だ。
ここは帝国レバナンド。
俺たちのように他国から訪れる貴族も多くいる。城内は使用人たちが忙しなく動いていた。懐かしい景色だな。
俺とアリシアはお互い手を繋いで宮廷へと向かって歩いていく。
今日はここで開かれる社交界に参加する予定だ。
俺の立場はアリシアの婿だ。……まだ、ゴーラル様はそこまでは認めていないと言っていたが、その方が分かりやすいからだ。
俺たちは宮廷内に宿を用意してもらっている。貴族の多くは今日の一泊だけはそこで休むことになる。
宮廷内に宿があるのは、人によってはその場で出会った人を部屋に持ち帰るためだそうだ。
俺たちの場合はただ単に一泊休むためである。
アリシアとともに用意された部屋へと向かって歩いていく。
使用人に案内された部屋に俺たちは入り、大きいサイズのベッドを見てため息をつきたくなった。
俺とアリシアは同室だ。
……別に嫌というわけではない。
けど、こんな場所で休めるとは思えなかった。
「……ふ、夫婦という扱いだから、一緒の部屋になっちゃったね」
「……そ、そうだな」
それしか言うことは出来なかった。お互い顔を背けながら、黙り込む。
まだアリシアとはそういう関係まではいっていない。
ゴーラル様が以前言っていた言葉が脳裏をよぎっていたが、それを必死に追い出す。
しばらく室内を沈黙が支配していたのだが、扉がノックされた。
一緒についてきたメイドのレフィだろうか? 彼女には護衛兼、身の回りの世話をお願いするためについてきてもらっていた。
扉の方に向かうと、レフィがすっと部屋へと入ってきた。
「アリシア様、貴族の方々がご挨拶にと来られています」
「……分かった」
アリシアはちらと俺の方を見てきた。
「俺も一緒に挨拶をしたほうがいいか?」
「嫌じゃない?」
「もちろんだ。アリシアの婚約者としてそのくらいはしないとな」
そういうと、アリシアは嬉しそうに微笑んだ。
それから彼女とともに訪れてきた貴族たちに挨拶を行っていく。
一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに貴族たちは表情を取り繕う。それでも、頬の筋肉がひくついているのだから、分かりやすい。
中には、俺が見たことのある貴族もいた。向こうは俺に気づいていない様子だったが。
そうやってしばらく挨拶をしていった時だった。
「失礼します、アリシア様」
聞きなれた声がした。
そちらへと視線を向けると……そこにはモルガンがいた。
目を細めたような笑顔だったからか、彼は俺に気づくのが一瞬遅れたようだ。
「あ、アリシア様!? な、なぜここに彼が!?」
俺がここに来るとは伝えていなかったため、モルガンはえらく驚いたような反応を見せた。
「彼は私の夫ですから」
「む、むむむ婿!?」
アリシアの言葉にモルガンは目を見開いていた。
「し、しかし……アリシア様は優秀な鍛冶師を求めていたのでは……?」
「はい。ですから、フェイクを婿にしたのです」
「か、彼は精々雑用係として有能なくらいで――」
……俺のエンチャントについては考えを改めていたようだ。
「彼の鍛冶能力は優秀ですよ。お父さんも認めてくれました。……そして、こちら。お手紙を預かってきています。どうぞ」
アリシアはモルガンに手紙を渡す。
ちら、ちら、とモルガンは気に食わない様子で俺を見ていたが、やがて手紙を開いて目を見開いた。
「……お、おい! フェイク! 貴様、宮廷に戻ってこないというのか!?」
彼は手紙を持ったまま、怒鳴りつけてきた。




